このように外交に精を出す大統領だが、自身に次々と降りかかる難題から逃れることはいよいよ難しいだろう。トランプ氏のために様々な工作を行ってきたコーエン顧問弁護士が当局の捜査対象になったことが、コミー氏の回顧録以上のダメージを与えるはずだからだ。
顧問弁護士への強制捜査で窮地に
コーエン弁護士はトランプ氏が性的関係を持ったとされるポルノ女優、ストーミー・ダニエルズさんに口止め料13万ドル(約1400万円)を支払ったとされる件などで、FBIによる強制捜査を受けた。捜査令状は選挙資金法違反の可能性と個人財産に関する証拠をめぐるものだという。当時、コーエン氏はトランプ陣営の正式な一員ではなかったが、トランプ氏を守るために選挙直前にダニエルズさんと取引を行ったのかどうかが焦点になるという。
コーエン氏はダニエルズさんに13万ドルを支払ったことを認めているが、大統領はそれについては知らなかったと主張している。FBIが押収した書類にはトランプ氏とコーエン氏の通信記録も含まれているとみられ、大統領は「これは弁護士と依頼人の間の守秘義務(秘匿特権)に反する」と抗議している。
しかし、専門家によれば、すべての通信記録が守秘義務で守られているわけではなく、犯罪を隠蔽する目的などで行われた通信には例外措置が適用されるという。両者の通信が保護の対象になるかどうかは、第三者による捜査チームが決定することになるとみられている。
コーエン弁護士への強制捜査はニューヨークの連邦検察官がモラー特別検察官の委託を受けて行ったもので、捜査全体を監督するローゼンスタイン司法副長官によって許可された。民主党のリチャード・ブルメンソール上院議員によれば、この種の家宅捜索は異例のことで、証拠隠滅や司法妨害などの恐れがあったから、実行されたのではないかという。
一方、トランプ大統領は怒りを露わにし、モラー特別検察官の解任をほのめかしている。家宅捜索の直後、大統領は「モラーを解任するのはどうだろう。いま恥ずべきことが行われている。多くの人が彼を解任すべきだと言っている」とツイートした。
そして翌日(4月10日)、サンダース報道官が「大統領は捜査は行き過ぎで、自分にはそれを終わらせる権限があると考えている」と語った。これはきわめて重要なことだ。なぜならそれまでホワイトハウスは、「大統領はモラー氏の解任を考えていない」と言い続けており、この発言は大統領の考えが変わったことを示唆しているからだ。
一方、法律の専門家からは、大統領がモラー特別検察官を解任すれば憲法の危機に発展しかねないとの懸念が出ている。司法省の規則では、大統領は直接特別検察官を解任することはできず、司法省の指揮系統を経なければならないとされているからだ。
トランプ大統領はまた、家宅捜索を許可したローゼンスタイン司法副長官に対しても激怒し、モラー氏とともに解任するのではないかとの憶測が出ている。ABCニュースによれば、ローゼンスタイン氏は毎日いつ解任されるか懸念しながら出勤しているそうだが、政権に対するよりも検察官として受けてきた訓練や法の支配により忠実にとのスタンスなので、何が起きても平静ではないかという。
議会上院では現在、両党の議員が超党派で特別検察官を解任できないようにする法制化の準備を進めている。トランプ大統領と距離を置いているスーザン・コリンズ上院議員(共和党)は、ABCニュースの番組でこう語った。
「モラー氏を解任できるのは司法副長官だけですが、重要なのは、たとえモラー氏が解任されたとしても、捜査は続いていくということです。モラー氏が解任されたからといっても、捜査が終わるわけではありません」
身内の共和党議員からこのような警告を受けては、トランプ大統領も簡単にはモラー氏とローゼンスタイン司法副長官を解任することはできないだろう。
実はトランプ大統領がいま一番心配しているのは、コーエン弁護士が刑罰軽減のための司法取引をして捜査に協力することではないかと思われる。コーエン氏は長い間「フィクサー役」として、トランプ氏が抱える様々な問題を何も聞かずに解決してきたと言われている。トランプ氏や大統領の弁護士チームが知らない「秘密」を持っているかもしれない。もしコーエン氏が捜査に協力すれば、それらの情報が当局側に渡ってしまう可能性があるのだ。
ABCニュースは4月15日、「トランプ大統領に近い人物が家宅捜索の前に、“もし大統領を引きずり下ろすことができる人がいるとすれば、それはマイケル・コーエン氏だ”と語っていた」と報じた。
コーエン弁護士が「第二のジョン・ディーン」になる可能性が現実味を帯びてきたようだ。1974年に辞任したニクソン大統領の法律顧問だったジョン・ディーン氏はウォーターゲート事件の首謀者だったが、後に司法取引をして大統領に不利になる重要証言をしたのである。
そんななか、モラー特別検察官による「トランプ大統領の司法妨害」に関する報告書が6月か7月に発表される、との報道が出た。「トランプの弾劾・解任」が少しずつ近づいていることは間違いないだろう。
プロフィール
矢部武(やべ たけし)
1954、埼玉県生まれ。国際ジャーナリスト。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。銃社会、人種差別、麻薬など米深部に潜むテーマを描く一方、教育・社会問題などを比較文化的に分析。主な著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)『大統領を裁く国 アメリカ トランプと米国民主主義の闘い』『携帯電磁波の人体影響』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)『大麻解禁の真実』(宝島社)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)。