「手柄」を焦るトランプが陥る「米朝首脳会談のワナ」

米国ニュース解説「トランプ弾劾・解任への道」第4回
矢部武

トランプ大統領が相変わらず外交で派手な動きを見せ続けている。南北首脳会談の成功で「その実現に貢献したトランプにノーベル平和賞を!」という声が上がったニュースに続き、5月8日にはイランとの核合意からの一方的な離脱を宣言。半島情勢が一段落と思ったら今度は再び中東情勢がきな臭い状況だ。だが、この派手な動きの裏には何があるのか? 『大統領を裁く国アメリカ トランプと米国民主主義の闘い』(集英社新書)の著者、矢部武氏が解説する。

 

イラン核合意からの一方的離脱を発表したトランプ大統領。あまりにも重大な決断を唐突に下した感があるが…これは外交的話題を作ることで❝不都合な真実❞から目を逸らそうとしているのか?(写真 ユニフォトプレス)

 

 米国東部時間の8日午後2時、トランプ大統領はホワイトハウスで演説し、「イラン核合意からの離脱」を発表した。この決定は米国とイランを衝突させかねないだけでなく、イギリス、フランス、ドイツなど同盟国にも大きな緊張をもたらしかねないものだ。
 だが、トランプ大統領はそのようなことは全く意に介さないかのように、こう述べた。
「この合意は恐るべき、一方的なもので、決してあるべきではなかったというのが事実だ。平和をもたらさなかったし、これからももたらさないものだ。(中略)米国は核の脅しに屈しない。米国の町が破壊にさらされることを許さない。米国に死をもたらしうる政権が、最も危険な兵器を手にすることを許さない……」
 演説を聞いていると、トランプ氏の選挙戦中からの公約である「アメリカ第一主義」の一貫として、「アメリカを再び安全にするキャンペーン」を始めたかのようだ。
 しかし、トランプ大統領が外交で威勢のいい声をあげる背景には、国内で抱える重大な問題から国民やメディアの目をそらそうとする狙いがあるように思われる。それは北朝鮮の核ミサイル問題をめぐる米朝首脳会談についても同じことが言える。
 
「トランプ大統領にノーベル賞を!」
 まさにブラックジョークではないかと思うような、信じられない出来事だった。白人至上主義者を擁護する発言をして非難され、イスラム圏などへの入国禁止令を発して連邦裁判所から「憲法違反の疑いがある」と執行を差し止められ、「メキシコ人は犯罪者で、レイピストだ」と暴言を吐き、メキシコ国境の壁建設を主張しているトランプ大統領に「ノーベル平和賞を与えたらどうか」というのだから。
 北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐる南北首脳会談が行われた翌日(4月28日)、トランプ大統領はミシガン州の支持者の集会で、「韓国の文在寅大統領から、“南北会談がうまくいったのはトランプ氏のおかげだ”と言われた」と自らの功績を自慢した。すると支持者たちから「ノーベル賞!ノーベル賞!」と連呼され、大統領は「うれしいですね。ノーベル賞だって! ハハハ」と親指を立てながら、満面の笑みを浮かべた。
 精神科医などから、「自分の実績や才能を誇張する“誇大妄想症”や、“過剰な賞賛欲求”などの傾向がある」と指摘されているトランプ大統領だけに、支持者の声を本気にしたとしても不思議ではない。それからトランプ氏は、北朝鮮の非核化の実現を自らの功績として残したいという強い意欲を示すようになった。
   そして、金正恩朝鮮労働党委員長の非核化に向けた動きについて、「非常に率直で、尊敬に値する」と評価した。しかし、国民を飢えさせ、親族を殺害したとされる北朝鮮の指導者を「尊敬に値する」と思っているのかと記者から問われると、トランプ氏は「北朝鮮と率直に尊意をもって交渉できることを希望している」と言葉を濁した。
   その数日後、トランプ氏は「米朝会談の候補地として、板門店の韓国側施設“自由の家”を考えている」とツイートし、理由を「会談がうまくいけば、すぐにその場で大々的な祝賀行事を行うことができるから」と説明した。頭の中ではすでに米朝会談を成功させたような気持ちになっているのかもしれない。
   自らを「精神的に安定した天才」と呼ぶトランプ氏は、「過去25年間のひどい失敗を見て、北朝鮮との交渉の仕方がわかりました。ワクワクします。我々はいま、とてもうまくやっている。何か劇的なことが起こるかもしれません」と自信満々だ。しかし、それとは裏腹に会談を数週間後に控えて不安ばかりが目立つ。
   まずは準備不足だ。1994年に北朝鮮と「米朝枠組み合意」を結んだクリントン政権は、調印にこぎつけるまで1年近く交渉を重ね、北朝鮮の核開発の凍結を検証できるような仕組みを作ったというが、今回、トランプ政権はこのような準備を入念に行っているとは思えない。しかも、北朝鮮との事前協議は韓国の文在寅大統領にほとんど任せてしまっている状況だ。

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プロフィール

矢部武

矢部武(やべ たけし)

1954、埼玉県生まれ。国際ジャーナリスト。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。銃社会、人種差別、麻薬など米深部に潜むテーマを描く一方、教育・社会問題などを比較文化的に分析。主な著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)『大統領を裁く国 アメリカ トランプと米国民主主義の闘い』『携帯電磁波の人体影響』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)『大麻解禁の真実』(宝島社)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)。

 

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