「手柄」を焦るトランプが陥る「米朝首脳会談のワナ」

米国ニュース解説「トランプ弾劾・解任への道」第4回
矢部武

 特別検察官による追及と弾劾の危機
 トランプ大統領のロシア疑惑や司法妨害などを捜査しているモラー特別検察官は数か月前から、大統領側に直接の事情聴取を求めている。しかし、大統領の弁護団はトランプ氏の虚偽の発言を心配してか、 それに応じようとしない。そこで、モラー氏側は大統領の弁護団に質問内容を口頭で伝えたというが、5月1日付のニューヨーク・タイムズ紙はその内容を詳細に報じた。
 全部で48項目に及ぶ質問では、トランプ大統領がフリン元大統領補佐官(国家安全保障担当)やコミー前FBI長官の解任についてどう考え、どう実行したのか、また、トランプ氏の長男ジュニア氏らがヒラリー・クリントン候補にダメージを与える情報を得るためにロシア人弁護士らとトランプタワーで会合したことをトランプ大統領はいつ知ったのか、などについて細かく具体的に聞いている。
 また、モラー氏の質問には、トランプ陣営の選対本部長を務めたポール・マナフォート被告(ウクライナの親ロシア派勢力との緊密な関係を非難され、共謀罪や資金洗浄などで起訴された)がロシアに協力を求めたことについて、大統領がどういう知識を持っていたのかや、トランプ大統領自身のロシアとのビジネス取引や金融取引に関するものも含まれている。
 トランプ大統領は「ロシアとの共謀はなかった。すべては魔女狩りだ」と主張しているが…。
 元連邦検察官のマシュー・オルセン氏によれば、これらの質問はトランプ氏とトランプ陣営がなぜロシアと「共謀」しようとしたのかの動機をさぐるためのものではないかという。
 オルセン氏はPBSニュースの番組に出演し、こう説明した。
「質問の多くはトランプ氏が何を考えていたのかを問うものです。大統領の意図は何だったのかということ。どんな刑事捜査でも重要なのは、不正行為が疑われる人物の意図は何だったのかという点です。これは証明が非常に難しいのですが、その行為の周辺で起きた出来事によってしばしば状況的に証明されます。しかし、今回の場合は大統領が何を考えていたのかを直接聞いている。それは大統領に不正な目的があったかどうかを理解するためでしょう」
 つまり、トランプ氏やトランプ陣営はクリントン候補にダメージを与える目的でロシアと協力したのか、また、トランプ大統領はロシア疑惑の捜査を止めさせるためにコミー前FBI長官を解任したのかということだ。これらの意図(動機)が証明されれば、トランプ大統領の「共謀罪」と「司法妨害」が成立する可能性が高くなる。
 もちろんトランプ大統領がモラー氏の質問にすべて正直に答えるとは思えない。しかし、特別検察官に対して宣誓した上で嘘をつけば、「偽証罪」に問われる可能性があるし、また、他の人の証言をもとに「大統領の嘘」を暴くことも可能になるだろう。この連載の第2回(4月7日)の記事で述べたように、すでに逮捕されたフリン元大統領補佐官やリック・ゲーツ元選対副部長などを含め、トランプ大統領の元側近4人がモラー特別検察官の捜査に協力しているのである。
   オルセン氏は最後に、「トランプ大統領への事情聴取は捜査の最終段階で行われることになると思います」と述べ、「国民には捜査の進捗状況はわからないが、1つわかっているのは、特別検察官のチームは我々が知らない大量の情報を持っているということです。それは大統領にとって大きなリスクになるでしょう」と話した。
 モラー特別検察官の最終報告書の内容と11月の中間選挙の結果如何によっては、議会での弾劾手続き開始が現実味を帯びてくる。大統領の行動の「違法性」が証明され、また中間選挙で与党共和党が下院の過半数を失うようなことになれば、民主党が大統領に対する弾劾訴追案を提出し、可決される可能性が高くなる。
 最近の「選挙予測」では共和党は劣勢で、下院の過半数割れも指摘されている。象徴的なのは、4月半ばにポール・ライアン下院議長が再選を目指さないと発表したことだ。表向きは「家族と時間を過ごしたい」ということだが、「型破りなトランプ大統領との連携に疲れたのと、中間選挙で苦戦が予想されていること(共和党が過半数を失えば、下院議長ではなくなってしまう)」が本当の理由ではないかと言われている。
 このように特別検察官による厳しい追及と中間選挙の苦戦予想などで追い詰められている状況を考えれば、トランプ大統領が米朝会談で手っ取り早く成果を得ようと躍起になるのは当然かもしれない。

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プロフィール

矢部武

矢部武(やべ たけし)

1954、埼玉県生まれ。国際ジャーナリスト。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。銃社会、人種差別、麻薬など米深部に潜むテーマを描く一方、教育・社会問題などを比較文化的に分析。主な著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)『大統領を裁く国 アメリカ トランプと米国民主主義の闘い』『携帯電磁波の人体影響』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)『大麻解禁の真実』(宝島社)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)。

 

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