「手柄」を焦るトランプが陥る「米朝首脳会談のワナ」

米国ニュース解説「トランプ弾劾・解任への道」第4回
矢部武

「非核化」をめぐる認識のズレ
 実は米国と北朝鮮の間には、「非核化」の認識や実現方法をめぐって溝(ズレ)がある。米国側は「完全かつ検証可能で、不可逆的な廃棄」(CVID=Complete, Verifiable and Irreversible Dismantlement)を、半年から数年の早い段階で実施することを求めている。トランプ政権が「半年」という背景には、11月の中間選挙前に何らかの成果を示したい思惑が透けて見える。
 一方、北朝鮮はゆっくりと段階的に非核化を進め、措置を取る度に経済制裁解除や体制保証、米朝国交正常化などを求めたい思惑のようだ。北朝鮮が完全に非核化するまでに10年以上かかるのではとの指摘もある。
 また、両国が首脳会談に応じた理由についても認識のズレが目立つ。米国は北朝鮮に対して強い制裁と圧力(軍事的脅威を含めた)をかけ続けたから、北朝鮮が交渉のテーブルについたと考えている。一方、北朝鮮は核兵器と長距離弾道ミサイルを開発したからこそ、米国が会談に応じたのだと考えているようだ。もし北朝鮮が本当にそう考えているとすれば、多くの専門家が指摘しているように金委員長は決して核兵器を手放さないだろう。
 クリントン政権とブッシュ政権で北朝鮮問題を担当し、その後も10年以上にわたって北朝鮮側と水面下で接触してきたエバンス・リビア元国務省次官補代理はNHK BSの番組「国際報道2018」で、「現実に私が見る限り、北朝鮮は核兵器を放棄するつもりも、核とミサイルの開発をやめるつもりもありません」と語り、こう続けた。
「私も北朝鮮が方向転換をして、核兵器とそれを発射する手段を放棄したと考えたいですが、こうした決断をしたと示す証拠はありません。北朝鮮は何十年もの間、核と弾道ミサイルの開発に巨額の費用を投じてきた。とてつもない経済的、政治的、外交的代償を払って、核開発を進めてきたんです。米国の経済制裁解除や体制保証という曖昧な約束と引き換えに、北朝鮮がこうした全てを放棄するという意見は、私には疑問です」
 トランプ政権がそれを約束しても「絶対に守られる保証」はないし、政権が変われば米国の対北朝鮮政策も変わってしまうかもしれないのだから、それも当然だ。
 また、冷戦時代の米ソの核兵器開発競争を研究した経験を持つ歴史学者のアレックス・ウェラーステイン博士は、私の取材でこう指摘した。
「歴史は非常に複雑で、時には誰も予想しなかったことが起こります。たとえば、ソ連崩壊のように。だから、“絶対に起きない”ということは言えません。それでも、北朝鮮の金正恩が核兵器を手放すことは信じがたい。彼は“核の力”を高く評価しているからです。1つだけ考えられるとすれば、核放棄に見合うだけの見返りを得られると確信が持てた時ではないかと思います」
 しかし、金委員長はその確信が持てないからこそ、非核化を段階的に進め、その度に見返りを得たいと主張しているのであろう。そう考えると、以前と同じように北朝鮮は西側諸国の制裁を逃れて、核ミサイル完成までの時間稼ぎのために、非核化の「口約束」をしている可能性はある。 
 
 軍事攻撃か、「不完全な核合意」に署名か
 トランプ大統領は米朝会談の見通しについて、「もし会談が公平かつ合理的でないなら、過去の政権とは違って、私はテーブルを離れる」と述べている。そうなるのは両者の非核化への認識のズレが決定的になった時ではないかと思われるが、元々予測不能な2人による会談だけに何が起きても不思議ではない。
 米朝会談が決裂すれば再び両国間の緊張が高まり、トランプ政権が北朝鮮への軍事攻撃に踏み切る可能性も出てくる。しかし、各国のメディアが北朝鮮の非核化と南北融和を歓迎しているなか、米国が軍事攻撃をするのはさすがに難しいだろう。
 そこでもう1つの選択肢として考えられるのは、トランプ大統領が「会談の成果」をアピールするために「不完全な核合意」に署名すること。つまり、北朝鮮が主張する段階的な非核化を認め、長距離弾道ミサイルの放棄と引き換えに(日本と韓国を射程とする中短距離は含めず)、北朝鮮に見返りを与えるというものだ。
 さらにこの合意には在韓米軍の部分的撤退(縮小)も含まれるかもしれない。北朝鮮は以前から、朝鮮半島の非核化には北朝鮮の核放棄だけでなく、在韓米軍の撤退も含まれると主張しているからである。中短距離弾道ミサイルの扱いや、在韓米軍の縮小は日本の安全保障にとっても重要な問題なので、日本政府はトランプ政権に北朝鮮側に譲歩しすぎないように求めるべきであろう。
 「交渉の達人」を自負するトランプ大統領がそこまで譲歩して「不完全な核合意」に署名することは通常では考えにくいが、米国内の諸問題で追い詰められている状況だけにその可能性は否定できない。

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プロフィール

矢部武

矢部武(やべ たけし)

1954、埼玉県生まれ。国際ジャーナリスト。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。銃社会、人種差別、麻薬など米深部に潜むテーマを描く一方、教育・社会問題などを比較文化的に分析。主な著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)『大統領を裁く国 アメリカ トランプと米国民主主義の闘い』『携帯電磁波の人体影響』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)『大麻解禁の真実』(宝島社)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)。

 

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