制作期間65年以上 人生をかけた映画作り
ヤンヨンヒ 『よみがえる声』の制作期間は何年にのぼりますか。
朴麻衣 映画『もうひとつのヒロシマ』につながる撮影を広島で始めたのが1985年ですから、丸々40年です。その前までさかのぼると、オモニ(※朝鮮語で「母」)がカメラを回し始めるまでに20年かかっているんですよ。オモニが広島のハルモニ(※朝鮮語で「おばあちゃん」)やハラボジ(※朝鮮語で「おじいちゃん」)の取材を始めたのは、1964年のことでした。
ヤンヨンヒ 最初の取材のときはカメラは回していなかった。
朴麻衣 ええ。1964年の時点では録音とメモのみです。つまり『よみがえる声』が完成するまでに、私の人生(1968年3月生まれ)以上の長い時間がかかっています。
【※1958年4月と8月、2人の女性が殺される。東京都立小松川高校(夜学)に通っていた在日朝鮮人2世の高校生・李珍宇(イ・チヌ)が実行犯として逮捕された(1962年11月に死刑執行)。朴壽南監督は獄中の李珍宇と最後まで文通を続け、1963年に往復書簡集『罪と死と愛と』(三一書房)を発刊した。同書はベストセラーとなる】
ヤンヨンヒ 映画には小松川事件の話題も出てきます。李珍宇が逮捕されたのは1958年9月です。朴壽南監督と小松川事件の関わりが往復書簡から始まっていることを考えれば、『よみがえる声』の製作期間は65年間を超える計算になります。
朴麻衣監督が生まれる前から取材が始まり、すさまじい量の音声記録と映像記録を残された。フィルムのアナログデータをデータ化し、ノイズやバグを修正するデジタル・リマスタリングの作業にも挑戦されています。幾多の困難を乗り越えて、よくぞ『よみがえる声』を完成されました。

恐れるものなど何もない
ヤンヨンヒ 2025年8月2日に『よみがえる声』の上映が東京と横浜で始まり、猛暑の中、劇場での舞台挨拶に何度も参加されています。超満員の劇場で観客と対面したご感想をお聞かせください。
朴壽南 火事になろうが地震が起ころうが、私は劇場に駆けつけます。「バンザイ! バンザイ!」「トゥエサラナヌン モッソリ、マンセー! マンセー!」(※朝鮮語で「よみがえる声、バンザイ! バンザイ!」)と叫び、小躍りしながら劇場に行きますよ。
この映画を作る間、私の肝っ玉は怪物のような肝っ玉になりました。暴漢に殺されそうになったり、駅のホームで何者かに突き落とされそうになったことは一度や二度ではありません。肝っ玉がふてぶてしい女になりましたから、もう怖いものなんて何もありません。
この映画を批判し、上映に反対する人がいてもけっこうです。過去に映画の上映会を妨害され、右翼の街宣車を回されたことがありました。右翼の人が騒いでくれれば、それだけ私の映画の宣伝になります。大勢の右翼が騒いでくれたおかげで、私の映画は有名になりました。「右翼さん、ありがとう」と感謝の気持ちです。『よみがえる声』は釜山国際映画祭でもベルリン国際映画祭でも上映されました。これからさらに世界中の国々で上映されるでしょう。
ヤンヨンヒ 娘である朴麻衣監督について、普段は正直な気持ちをなかなか口にされないと思います。朴麻衣さんはどんな娘さんですか。
朴壽南 この子は、私が結婚しないで生んだ子どもなの。私は在日朝鮮人であり、未婚の母なんです。つまり、日本社会においてはマイノリティの中のマイノリティです。まるで「スキャンダルの大女王」のように、私は日本社会で何重もの屈辱と阻害を受けながら生きてきました。それが映画を作る私のエネルギーになっています。
ヤンヨンヒ まさかその娘さんが映画監督になるとは夢にも思わなかったでしょう。
朴壽南 私の仕事を手伝ってもらいながら、いずれ私以上の映画監督に育てようと思ってきました。ここではっきり言っておきます。麻衣は実質的に、すでに母親の私を超えています。実はこの映画の監督は朴壽南ではなくて朴麻衣なんです。
この映画の監督は麻衣であって、私は麻衣のアシスタントとして麻衣を助けただけです。有り体に言えば、実はこの映画の監督は朴麻衣であって、私は朴麻衣の助監督にすぎないんです。朴麻衣のおかげで『よみがえる声』は完成した。だから、私の名前を外してもいいんですよ。「監督:朴麻衣」。これで世界に通じると私は思っています。

インタビュー後記(ヤンヨンヒ)
40年以上にわたり母のドキュメンタリー制作を支え、押し入れで眠っていた映像までも甦らせその全てを駆使し『よみがえる声』という作品に昇華させた娘に対する、母からの感謝と敬意の言葉だった。ダイレクトに娘を褒める母を初めて見たのか、麻衣監督の驚く表情が印象的だった。世界には、ダルデンヌ兄弟、コーエン兄弟などの著名な共同監督がいるが、ここに素晴らしい母と娘の共同監督が生まれたのだと確信し心が踊った。
(後篇へ続く)
作品情報
映画『よみがえる声』
2025年/日本・韓国(合作)/上映時間 148分
2025年8月2日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次公開中
監督:朴壽南、朴麻衣(共同監督)
配給:「よみがえる声」上映委員会
https://tinmoku2025.jp/
今後の上映スケジュール
2025.9.1(月)〜9.7(日)【東京】シネマ・チュプキ・タバタ(*9.3 休映)
2025.9.10(水)〜9.19(金)【東京】シネマハウス大塚
2025.10.15(水)山形国際ドキュメンタリー映画祭 クロージング上映
2025.10.25(土)〜【大阪】第七藝術劇場/ほか、続映
プロフィール

映画監督。1964年、大阪市生野区鶴橋生まれ。コリアン2世。米国・ニューヨークのニュースクール大学大学院コミュニケーション学部メディア研究科で修士号を取得。2005年、デビュー作のドキュメンタリー映画「ディア・ピョンヤン」を発表。2009年、ドキュメンタリー映画「愛しきソナ」を発表。2012年、初の劇映画「かぞくのくに」を発表。2021年、「スープとイデオロギー」を発表。著書に『兄 かぞくのくに』(小学館文庫、2013)、『朝鮮大学校物語』(角川文庫、2022)、『カメラを止めて書きます』(CUON、2023)がある。