歴史の狭間に埋もれた声を紡ぎ上げる 在日コリアン母娘の果てなき戦い

映画『よみがえる声』朴壽南監督・朴麻衣監督が語る(前篇)
ヤンヨンヒ

朴壽南(パク・スナム)監督は、1964年から在日朝鮮人1世への聞き取り取材を開始する。1985年からは、映像作家としてカメラを回し始めた。広島と長崎で被爆した朝鮮人、長崎の軍艦島や筑豊の炭鉱へ強制連行された徴用工の朝鮮人、沖縄戦に参加させられた朝鮮人の元軍属、従軍慰安婦ら100人の証言をフィルムや録音に残し続けた。

10万フィート(約50時間分)にのぼる16ミリフィルム、それとは別に音声が記録された6ミリテープをもとに、このほど148分のドキュメンタリー映画『よみがえる声』が完成した(2025年8月2日、日本初公開)。

御年90歳を数える朴壽南監督(1935年生まれ)、そして娘の朴麻衣(パク・マイ)共同監督に、映画監督ヤンヨンヒがロングインタビューした。

(8月5日、神奈川県茅ヶ崎市の自宅にて収録/構成・文=荒井カオル)

公開中の映画『よみがえる声』。©『よみがえる声』上映委員会

軍艦島と三菱長崎造船所の徴用工

ヤンヨンヒ 『よみがえる声』には、朴壽南監督が記録しなければ歴史の谷間に埋もれ消えていたオーラル・ヒストリーが、これでもかと次々と収録されています。14歳のとき、軍艦島の海底炭鉱へ強制動員された男性の証言もそうです。彼は軍艦島で過酷な労働を強いられたあと、三菱長崎造船所へさらに強制動員され、あろうことか作業中だった1945年8月9日に長崎で被爆しました。

【※2015年07月、軍艦島(端島〈はしま〉炭坑)や三菱長崎造船所を含む「明治日本の産業革命遺産」がユネスコ(国連教育科学文化機関)の「世界遺産」に登録された。「工場萌(も)え」「インスタ映(ば)え」「エモい」といった文脈で「世界遺産」が美化される一方、軍国日本が朝鮮人に強制労働させた歴史に目が向けられる機会は皆無に等しい】

ヤンヨンヒ 正直言いまして、重く辛い証言が続く映画を「2回観たい」と思わない人が多いはずです。私は朴壽南監督にお会いするまでに映画を2回観ましたが、3回目のチケットを買いました。編集・構成があまりに素晴らしく、映画を観終わったあと、すぐにまた観たくなるんです。

この作品を「重い証言が詰まったドキュメンタリー映画」と紹介するのは適切ではないでしょう。作品の隅々にまで、朴壽南監督の人間性と人生が織りこまれています。また、娘さんである朴麻衣(パク・マイ)共同監督との母娘の関係も描きこまれていて実に素晴らしい。コンサートホールで何重にも音楽がハーモニーを紡ぎ出す交響楽のようです。クリームとパイ生地の層が何重にも積み重なったミルフィーユのようで、噛めば噛むほど味がじわじわ出てくる。そんな作品です。

劇場で148分座りながら、全然しんどい気持ちにはなりませんでした。こんなに辛い話が記録された映画なのに、「しっかり生きていこう!」と元気が出てくる不思議な映画です。

朴壽南 ありがとう! そう言っていただいてうれしいわ。

ヤンヨンヒ 2023年10月、『よみがえる声』は韓国の釜山(プサン)国際映画祭で上映され(ワールドプレミア)、ドキュメンタリー映画部門で最優秀賞を受賞しました。韓国ではどんな反応がありましたか。

朴壽南 韓国では「こんなに長い映画を作ったあなたのエネルギーはどこにあるのか」と質問されました。そこで私はこう答えたものです。

「私のエネルギーがキムチにあることは、あなたたちが一番よく知っているじゃありませんか。もしキムチを食べていなかったら、私にはこんなエネルギーは出なかったと思います。キムチのおかげで、もっともっと映画を作ろうという力が私の中で湧いてきます。皆さん、私の仕事はこれで終わりじゃありませんよ。もうちょっと長生きして、次の作品を待っていてください」

証言者と軍艦島に向かう朴壽南(パク・スナム)監督。©『よみがえる声』上映委員会

植民地統治時代の埋もれた歴史

ヤンヨンヒ 『よみがえる声』には、日本軍による虐殺事件の生存者も証言しています。

【※三・一独立運動の嵐が吹き荒れた1919年4月15日、朝鮮半島中西部に位置する京畿道(キョンギド)の農村・堤岩里(チェアムリ)で虐殺事件が起きる。朝鮮総督府の憲兵隊がキリスト教の教会に村人を閉じこめて銃撃し、教会に火を放って集団虐殺したのだ。

 虐殺事件唯一の生存者である女性チョン・ドンネさんの証言により、1983年に虐殺跡地から23体の遺骨が発掘された】

朴麻衣 チョン・ドンネさんの証言を撮影したのは1990年7月です。それから2年後の1992年、彼女は96歳で亡くなりました。

チョン・ドンネさんはかなりの高齢だったため、どこまで詳しく証言していただけるか難しい状況でした。ところが母がカメラをもって到着すると、チョン・ドンネさんはシャキっとして「チマ・チョゴリをもってきてちょうだい」とおっしゃり、ピンク色のチマ・チョゴリ姿で滔々(とうとう)と当時の記憶を証言してくださったのです。

ヤンヨンヒ 結婚してからわずか3カ月の夫が教会に連れて行かれたと言って、女性が泣いていたそうです。するとチョン・ドンネさんが見ている目の前で、憲兵隊がその女性の首を斬りつけました。一刀で首を斬り落とすことができず、二度、三度と繰り返し刀を振り下ろして首を斬り落としたそうです。『よみがえる声』では、チョン・ドンネさんが目にした日本軍の蛮行が語られています。

こうした歴史ひとつとっても日本の教科書には記述がなく、歴史教育ではまったく教えられることがありません。『よみがえる声』は日本史や世界史のテキストとして、すべての中学生や高校生が鑑賞するべきだと思います。

証言するチョン・ドンネさん。©『よみがえる声』上映委員会
次ページ 制作期間65年以上 人生をかけた映画作り
1 2

プロフィール

ヤンヨンヒ

映画監督。1964年、大阪市生野区鶴橋生まれ。コリアン2世。米国・ニューヨークのニュースクール大学大学院コミュニケーション学部メディア研究科で修士号を取得。2005年、デビュー作のドキュメンタリー映画「ディア・ピョンヤン」を発表。2009年、ドキュメンタリー映画「愛しきソナ」を発表。2012年、初の劇映画「かぞくのくに」を発表。2021年、「スープとイデオロギー」を発表。著書に『兄 かぞくのくに』(小学館文庫、2013)、『朝鮮大学校物語』(角川文庫、2022)、『カメラを止めて書きます』(CUON、2023)がある。

プラスをSNSでも
Instagram, Youtube, Facebook, X.com

歴史の狭間に埋もれた声を紡ぎ上げる 在日コリアン母娘の果てなき戦い

集英社新書 Instagram 集英社新書Youtube公式チャンネル 集英社新書 Facebook 集英社新書公式X