掛け値なしに、「面白い!」と断言できる本である。
本書によると、美術品のオークションのエスティメイト(落札予想価格)は、保守的な方が良い結果になりやすいそうだが、それでも、読み終えて、原稿を書かなければならない私は、とにかく、そう言わぬことには、先を続けられないのである。
クリスティーズという世界最古のオークション会社の日本支社代表を務める著者は、業界では、知らなければモグリというほどの有名人である。
三十年に亘る仕事の経験から語られる数々の逸話と思考は、どこを切ってもリアル。美術愛好家は勿論のこと、ビジネスマンから学生まで、「こんな世界があるのか。」と、ページを捲る度に目を瞠るに違いない。
芸術とお金、という組み合わせには、何となくやるせない響きがある。実際、昨今のアートのブームに投機対象としてのバブル的な過熱があることは周知の通りである。しかし、お金というのは、見方を変えれば、下品なまでにキレイ事の通じない世界であり、芸術作品の評価が、実作者や批評家たちの創造的な努力と、この身も蓋もない欲望との綱引きによって決定される、というのは、正しいことのように思われる。
一体、ある日、唐突に鑑定を依頼されたオークション会社のスペシャリストは、その作品の何を見てどう感じ、来歴や研究のどこに注目して、評価を下すのか?豊富な具体例と共に語られるそのプロセスは非常にスリリングで、一つ一つ仕事をこなしては、最後にそれが、幾らで競り落とされた、という結末に至る本書の構成には、連続ドラマを見ているような興奮がある。
コレクターという、愛すべき〝変人〟たちの素顔や、時には彼らとのやりとりで冷や汗を流す場面など、ユーモアにも事欠かず、それを伝える著者の筆は自由闊達で心地良い。
業界のことがよくわかるだけでなく、美術館に飛んでいって、是非とも本物を見たい!という気持ちにさせられる好著である。
ひらの・けいいちろう●小説家
(2020年 青春と読書2月号「本を読む」より)