著者インタビュー

「普通」がなくなった時代に「好き」を貫くには?

『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』刊行記念対談
谷頭和希×カツセマサヒコ

2004年に刊行された三浦展氏の著書『ファスト風土化する日本』では、「ファスト風土」という言葉とともに「チェーンストアは都市を均質にする」と語られた。

それから18年が経った現在、街中にはコンビニやディスカウントストアが多く立ち並び、今や私たちの生活に欠かせないものになっている。そのような時代においても、チェーン店は都市を均質にしているのだろうか?

そんな疑問に駆り立てられた24歳のライター谷頭和希が、全国にある大手ディスカウントストア、ドン・キホーテを巡りながら、現代日本の都市の姿を論じたのが『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)である。

本記事では小説家、ライターとして、若者たちの日常を緻密に描写し続けているカツセマサヒコ氏と谷頭氏が対談。ライターとしてキャリアを開始し、現在は小説を多数執筆しているカツセ氏と、「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾」の受講をきっかけに執筆活動を開始した谷頭氏は、どのように書くことと向き合っているのか。ライターとしてのデビューから、執筆の題材選び、はたまた「憧れ」や「老い」の話までを語りつくす。

 

谷頭和希氏(左)とカツセマサヒコ氏

 

◆『バトル・ロワイアル』感のあるスクールで見つけたもの

 

谷頭 カツセさんは書くときに何がモチベーションになっていますか? 小説のテーマをどうやって考えられているのかも、お聞きしたいことの一つでした。

 

カツセ よく聞かれるんですが、本当になくて困ってます。無趣味ですし、執着がないんですよ。ものへのこだわりも、街へのこだわりもない。ただ、自分が住んでいる場所だったり、行った場所だったりはぜんぶ好きになれるんです。そこら辺のピュアさは気持ち悪いくらい高くて、だから、すんなりいろんなことについて書くことができるんだと思います。

 

 

 あと、ライター時代、オーダー通りに書きます! っていう姿勢でずっとやってきた結果、めちゃくちゃ受注体質になっているのもありますね。小説を書くことになって初めて、「カツセさんが書きたいものを書きましょう」って言われたんだけど、1年くらい企画が出なかった。

 

谷頭 好きに書いてくださいって言われたら、僕も困ると思う。

 

カツセ いろいろ書いていく中で、たまたま読者から、「カツセさんは人の記憶に踏み込んでいくような文章が上手いよね」と言われて。その言葉がヒントになって、じゃあ、みんなの記憶の中に留まっているものを物語として書いてみようかなと。そこから出てきたのが初めての小説の『明け方の若者たち』です。ただ、谷頭さんにおけるチェーンストアみたいこだわっているものが僕にはないから、不安はありますね。

 

谷頭 でも、実は僕も、入り口はほとんど一緒です。何か書くことをやってみたいなとふと思って「批評再生塾」というスクールに飛び込んだら、けっこうシビアなところで。2週間に1回、課題に沿った批評文を5000文字ぐらい書いて、それを講師の方が点数をつけて順位化していくっていう……

 

カツセ うわ、すごい世界ですね。

 

谷頭 『バトル・ロワイアル』感のあるスクールだった。でも、入っちゃったからには戦っていかなきゃいけないから、戦い方を考えたわけです。自分がオリジナリティを出せる分野はどこだろうと。見渡すと、そのときの同期がみんな得意ジャンルを持っていたんですよね。演劇、美術、文学、音楽……と、あらゆるジャンルに長けた人がいるなかで、「都市」や「建築」だけ、ぽっかり空いていたんです。で、考えたら、昔から街歩きが好きだったなとか、建築に思い入れあるな、と後付け的に自分の得意分野を発見していった。

 

『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』谷頭和希(集英社新書)

 

 ドン・キホーテをテーマにしたのも偶然です。この本の原案は「批評再生塾」の最終課題です。これを書いたのは大学3年生で、その頃、サークルの買い出しでドンキをよく使っていたんですよね。で、ドンキについて大真面目に書いたら面白いだろうと思ってやってみたら奇跡的にいろんな人の受けがよくて。そこから他のチェーンストアについても興味が出てきたんですよね。だからすごく受動的な姿勢から始まっていて。

 

◆馴染みの八百屋の代わりに、馴染みのドンキや富士そばを持つ時代

 

カツセ そうやって聞くと、別バージョンも読みたくなってきますね。

 

谷頭 ほんとですか?

 

カツセ ラーメン二郎とか読みたいですもん。二郎は店舗によって味が違いますよね。

 

谷頭 富士そばもそうなんですよ。出汁が何種類かあって、その組み合わせで違いを出しているそうです。たとえば大森にある富士そばは、周囲に季節労働者の人が多いから、味を濃くしていると、以前、取材で聞きました。そして、そういうアレンジを、トップダウンで決めるんじゃなくて、ドンキの「権限移譲」システムのように、それぞれの店舗が決めているというのも面白くて。

 

カツセ これからは、そういう形で地域性が作られていくのかもしれませんね。「チェーンストアは新たな地域共同体である」ってこの本にありますけど、消えた八百屋の代わりに、なじみのあるドンキとか、富士そばを持つとか。それからカレーチェーンのココイチも面白いですよね。暖簾分けの条件が「夫婦」であること、と聞いたことがあります。夫婦で店を持つことを推奨されているんですよ。夫婦で始めれば、そう簡単にやめられないからだと思いますが。

 

谷頭 セブンイレブンの一号店を豊洲で開いた人の本(『セブン-イレブン一号店 繁盛する商い』山本憲司)を読んでいたら、フランチャイズを始めるにあたって本部から言われた条件が「奥さんを見つけてください」だったことを思い出しました。で、その人はすぐに地元の幼馴染5人くらいに電話して、そのうち一人がOKして、その人が奥さんになったという(笑)

 

カツセ すごい話。そういえば、ヴィレッジ・ヴァンガードの創業者の菊池敬一さんも、夫婦で始めたんですよね。

 

谷頭 はい。だからチェーン店って、ある一面は効率的かつ組織的な近代的なシステムに思えるんだけど、家族のような前近代的なものとつながりが深い面もあるんですよね。

 

 

◆我々は「都築コンプレックス世代」である

 

谷頭 カツセさんは家族をテーマに小説を書こうと思われますか?

 

カツセ これは前から決めているんですけど、家族については40歳を過ぎたら書こうと思っています。10代、20代から作家をやっていたら違ったかもしれませんが、30代から書き始めた僕としては、家族というテーマはもう少し先に書きたいなという感じです。というのも先輩作家さんに、「カツセくんは今のうちに飽きるほど青春ものを書いておいたほうがいいよ」「もう書けなくなるから」と言われたことがあって。「そんなものですかね」って答えたら、「俺なんて、大学生を描こうとすると、すぐ麻雀やらすもん」って言われて。確かに、今の大学生、麻雀やらないっすねって。

 

谷頭 やりませんね。

 

カツセ そうやって若者もどんどんアップデートしていくから、今しか書けないよって言われて、なるほどなと。

 

谷頭 今、若い作家さんもどんどん出てきていますよね。たとえば『推し、燃ゆ』の宇佐見りんさんとか、どう感じられますか。

 

カツセ 僕、小説家としては2作出しただけの2歳児なので、実年齢は無視して考えるようにしているんです。だから、宇佐美さんは同世代の感覚でいます。内容も共感できるし、面白いな、悔しいな、っていう気持ちになりますね。そういう意味で、異業種への転職のいいところって、自分の中で年齢をリセットできるところだと思うんです。それまでのスキルをリセットすることで、年齢とは別の若さを手に入れられる。ただ、胃袋は確実に老いますが。

 

谷頭 あ、身体的なものはリセットできない……

 

カツセ そうそう(笑) ここから急に先輩ヅラしますが、脂っこいものは食べておいたほうがいいよ。

 

谷頭 え、それはやっぱり、30超えたくらいから食べられなくなりますか?

 

カツセ 僕は32から胃に来ました。突然。チェーンストアの話に戻るけど、僕、てんや(天丼てんや)がすごく好きで、元祖オールスター天丼につゆをめっちゃかけて食べるのが好きだったんですけど、今はもう、それを食べたら、次の日の朝まで何も食べられないです。身体的な衰えは筋トレとかで取り戻せても、胃袋だけは戻せないなあって……

 

 

 話がそれましたが(笑) チェーンの話でいうと、この本に、ライター・編集者の都築響一さんが取材した秘宝館の話が出てくるじゃないですか。僕は都築さんの『圏外編集者』という本が大好きなのに、そこに書いてあることが、ひとつも真似できない。

 都築さんってフィールドワークしてなんぼの人だから、怪しい店に入ってみるとか、毎回違う店に食べに行くとかをしている。そういうエピソードを聞いて、うわ、自分に足りないもの全部書いてあるって思いながら、今日もチェーン店に入っていく自分、みたいになっています。

 

谷頭 都築さんにはなれない自分、みたいな意識は、僕もすごくあります。

 

カツセ 我々、都築コンプレックス世代ですね、きっと(笑) 本に出てきたから、やっぱり谷頭さんも都築さんが書いたものを読んできているんだなというのは感じて。で、通ってチェーンストアの話を書くのが面白いなと改めて。

 

◆価値観がアップデートされていく時代に、それでも「好き」を貫くために

 

谷頭 都築さんほどでなくても、いわゆるマニアのような何か突き抜けて一つのことを突き詰めている人って世の中にいっぱいいるんですよね。僕が知っている人でも、カップ焼きそばの蓋をひたすら集めていたり、ブックオフの全店舗をめぐることに命をかけていたり、そういうことを人生を賭けてやっている人がいる。自分はこうなれないな、と自覚したから、チェーンストアという「普通」を考えたいと思った面があります。今、「多様性」が声高に叫ばれる時代になって、皆が享受するコンテンツはなくなったという言われ方をしますよね。「普通」はもうないんだと。

 

カツセ 確かに。

 

谷頭 一方で、それだとキツイ人もいると思うんですね。だから僕は、多様性のなかに、普通もあっていいんじゃないかと。じゃあ、その普通ってなんなのか。この本は、それを考えた本でもあります。ただ、そうするとジレンマに陥るんですよ。普通を考えていくと、考えている自分は普通ではなくなっていく…… 2泊3日で、北海道中のドンキを半分くらい回るっていう弾丸取材をしたりとか。

 

 

カツセ 一人『水曜どうでしょう』ですね。

 

谷頭 そうなるんですよ。もちろん実際に行ったことで、元テーマパークだったドンキに出会えて、この本にも書けたんですが。

 

カツセ 僕も普通であろうと思っています。というより、そういう作品を作るために、自分自身が大衆的な人間であろうと。

 

谷頭 でも、小説を書いている時点で、すでに普通じゃないんですよね。以前、カツセさんと三浦崇宏さんの対談(『「何者」かになりたい 自分のストーリーを生きる』)を読んだのですが、対談の締めくくりにこう書いてあります。「カツセさんの発信するメッセージは「何者かなんかにならなくていいんだよ」だ。(中略)だが、カツセさんは「何者」かになってしまった。自分が「何者」かとして活躍しているのに、「君たちは何者かにならなくていい」と言うのは、受け取り方が難しい。」と。つまり、カツセさんは普通であることを考えているが、そのカツセさん自体が普通でないことについてはどう思っているのだろうか、と三浦さんは言っている。あくまで大意ですが。

 

カツセ 嫌なこと言いますよね(笑)

 

谷頭 でも、すごくわかるなと思ったんです。

 

カツセ 谷頭さんも普通でありたいと思っているから、対象物はドンキなんでしょうね。普通の人が行く場所。でも、普通の人は、ドンキで1冊書かないですもんね。っていうジレンマが生まれますよね。話はちょっとズレるんですが、ジレンマつながりでいうと、僕、『君の名は。』を映画館で8回観たんです。毎回、ちゃんと泣けたんです。まだ若くて、何も知らなかったんでしょう。そのあと、映画批評をたくさん読むようになったら、『天気の子』が途中で苦しくなってしまった。人はこんなにピュアさを失えるんだと苦しくなってしまって。

 

 ここ数年、知識や価値観のアップデートがすごいスピードで進んでるじゃないですか。社会もそうだし、自分自身もそう。それによって、価値観が揺らぐ瞬間が多いんです。『おおかみこどもの雨と雪』もすごく好きな映画だったんですけど、母子家庭における母親像が現実と乖離しすぎていることなどもあり、感動作なんてとても思えないという感想をたくさん読んじゃって、確かにそういう側面もあるな、と思った。それ以降、好きだったものを、素直に好きと言えなくなっている自分に気づくんです。

 

谷頭 わかります。僕も、勉強して知識を得ることが本当にいいことなのか、勉強すればするほど、わからなくなっています。最初にあそこまで論理的に飛躍があるドンキ論を書けたのは、さまざまなことに無知だったからで、ある種の蛮勇でした。でも、都市論や社会学をちょっとずつ勉強していくうちに、はたして自分がこれを書いていいのだろうかという迷いも膨らんでいきました。

 

カツセ でもそういう迷いと向き合って、いろんなところに配慮して、自分と違う考えを認めながらも、谷頭さんは自分の好きを貫いてこの本を書かれたわけですよね。だから僕も、価値観はしょっちゅう揺らぐけど、自分の好きに立ち返っていいんだと思えたし、谷頭さんの勇気を、見習いたいなと思いました。

 

谷頭 カツセさんは小説で、僕は新書で、ジャンルは違うにもかかわらず、勝手に似たものを感じていたので、この対談でそれが実感できて感動しました。ありがとうございました。

 

 

 

取材・構成:砂田明子

撮影:内藤サトル

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プロフィール

谷頭和希×カツセマサヒコ

谷頭和希(たにがしらかずき)
ライター。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。本作が初の著書。

 

カツセ マサヒコ

1986年、東京都生まれ。一般企業勤務を経て、2014 年よりライターとして活動を開始。2020年刊行の小説家デビュー作『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、映画化。2021年にはロックバンドindigo la Endとのコラボレーション作品として二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)を刊行。東京 FM でのラジオパーソナリティや雑誌連載など、活動は多岐にわたる。

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「普通」がなくなった時代に「好き」を貫くには?