9月16日に集英社新書から発売された『歴史から学ぶ 相続の考え方』(神山敏夫・著)。同書は「相続マニュアル」や「相続税の節税対策」といった本とは違い、「相続とはそもそも何なのだろうか」を、家族、法律、歴史…など、さまざまな観点から考察した一冊である。
著者の神山氏は、税理士・公認会計士歴50年以上、また家庭裁判所の調停員としても、「お金と人の不思議な関係」「相続の現場で家族・一族が争う“争族”の姿」を数多く見てきた。
つまり「金が絡むと、人間はなぜこんなにも豹変してしまうのか」。
そこで、ご自身も相続で大変な思いを経験し、かつ「年収が低くても(お金がなくても)幸せに生きられる」的な本も出されている、経済アナリストの森永卓郎さんをお招きし、両氏に、この「人を振り回すお金とは何なのか」を考察してもらった。
お金ではなく、人間の幸福の視点から相続の話をしている本
森永 神山先生の『歴史から学ぶ 相続の考え方』(集英社新書)を拝読いたしました。感想をひと言で言いますと、「内容が広くて意味が深い本だな」という印象でした。単なる節税のハウツー本とは違う。わたし自身も相続を経験し、『相続地獄 残った家族が困らない終活入門』(光文社新書)という本にまとめましたけれど、この本を読むと、当時は相続というものをまったくわかっていなかったことを学びました。
神山 そうですか。私の本はこうすれば相続税が安くなりますよ、といった単なる節税の本ではありませんからね。
森永 意味が深いですね。相続というのは、旧民法でいう家督相続と関係していて、お金だけを受け継ぐということではないんですね。先生が一貫して主張されているのは、税の歴史や文化をとおして、どのように相続したらみんながハッピーになれるかを、お金を軸に据えるのではなく、あくまで人間の幸福という視点から問題を提起しておられる。これがこの本の大きな特徴だと思いました。
神山 そう言っていただけると本当にありがたいです。税理士・公認会計士という仕事を50年もやっていますので、そこから見えてきた、どうしたら人生を楽しく終われるのだろうということが主眼でした。もちろん何をどうすれば節約できるかという細かいことも書いてはありますが。
森永 わたしの知っている税理士さんやコンサルタントの人たちは、みんながみんな「相続には100パーセント遺言状が必要だ」というわけです。だけど先生の本には遺言状があっても揉めることがあると知りました。
神山 「争族」のことですね。
森永 冷静に考えてみるとそうだなと。遺言のおかげで損する人がいて、争いに発展することもありますしね。うちの父には遺言状の類は一切無かったので、弟と法定通り折半にしたため揉めることはなかったですが。
ただ、うちの場合は特殊で、父の財産がどのくらいあるのかがわからない状態だったので、調べるのが大変でした。
神山 私は家庭裁判所の調停委員をやっていましたので、相続でお金の多寡の争いはよく見ました。「生前、父親は長男に厳しく、次男は自由奔放にさせていた」とか、「長男だからといって親の面倒をみせられていた」とか、争いの原因が人間の心の機微の問題にまで及んでいることを経験しました。
森永 この本を読むと、相続の全体像が見えてくる。だからこの本は、相続に向き合うにあたって最初に読むべきガイドブックの役割を果たすと思います。この本を読んで全体を俯瞰しておいて、自分の問題と照らし合わせて相続に取り組むのが賢いやり方かなと。
神山 ありがとうございます。うれしいお言葉をいただきました。
プロフィール
(かみやま としお)
1941年、東京生まれ。中央大学在学中に会計士補開業登録。1969年に公認会計士及び税理士登録。大手監査法人で上場会社の監査、中堅企業の株式公開支援、中小企業の事業継承や経営相談などに従事。東京家庭裁判所調停委員として20年にわたり奉職。公認会計士試験委員をはじめ、各省の委員会委員に任命される。郵政民営化に当たって検討委員会委員を務める。オイスカ、警察協会、日本相撲協会等の監事、日本公認会計士協会監事、中央大学評議員などを歴任。
(もりなが たくろう)
1957年、東京都生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。日本専売公社、日本経済研究センター、経済企画庁に勤めた後、1991年より三和総合研究所を経て、2006年より獨協大学経済学部教授を務める。専門分野はマクロ経済学、労働経済学。2003年の『年収300万円時代を生き抜く経済学』が大ベストセラーに。他に『長生き地獄』(角川新書)『森永卓郎の「マイクロ農業」のすすめ:都会を飛び出し、「自産自消」で豊かに暮らす』(農山漁村文化協会)など多数。