■ホルモンによる脳腸回線がある
前回(第2回)、脳と腸の連絡網を会社に例えて、「本社である脳」と「支社である腸」は「通信の外線にあたる自律神経」でつながっていること、そのうえで、腸内だけをつなぐ「内線といえる腸管神経」が働いていることを伝えました。
今回と次回では、それらの神経ネットワーク以外にも存在する、「内分泌」と「脳腸ホルモン」について述べていきます。脳腸ホルモンという呼称は厳密には医療用語ではありませんが、ここでは便宜上、脳と腸をつなぐホルモンという意味で用いています。
もしも、脳と腸の連絡網がうまくいかなくなると、ヒトの生命維持に重大な食事の消化、栄養の吸収、排泄(はいせつ)、免疫などが適切に機能しなくなります。そのため、脳と腸は神経以外にもいくつかのネットワークを持っているのです。
そのひとつが「内分泌(内分泌代謝)」です。そして、内分泌で働く伝達物質を「ホルモン」といいます。
内分泌も、ヒトの健康を維持するために、自律神経系や腸管神経系と共に働いています。この点は脳腸相関を理解するうえで大変重要になります。
前回、神経伝達における自律神経や腸管神経を固定電話に例えました。すると、内分泌におけるホルモンはメールのようなものです。情報を伝えるとき、神経は原則1対1であるのに対し、ホルモンは伝達する相手の器官や細胞が「受容体(receptor)」を持っていれば、10でも100でもいっせいに伝えることが可能です。
ホルモンは現在、100種類以上が報告されており、そのすべてはそれぞれに異なる役割を担っています。近ごろ、メディアでよく耳にする例を挙げると、成長ホルモン、オキシトシン、アドレナリン、メラトニン、インスリン、グルカゴン、ガストリンなどでしょうか。
参考まで、俗称「幸せホルモン」といわれる「セロトニン」は神経伝達物質であり、ホルモンではありません。そのためここでは触れませんが、セロトニンの多くは脳ではなく腸でつくられることがわかっていることもあり、腸から分泌される幸せを呼ぶホルモンなどと形容されることが多いようです。セロトニンの正体についてはのちの回で詳しく述べます。
■ホルモンには3つの種類がある
「脳腸ホルモン」を理解するにあたって、まずは内分泌とホルモンの作用について整理しておきましょう。
ホルモンとは、「内分泌腺」という器官でつくられる化学物質(生理活性物質)です。全般に分子量は小さく、化学構造によって主に3種類に分類されます。次に簡潔にまとめておきます。
<ホルモンの分類>
・ペプチドホルモン…ペプチドおよびタンパク質からなる水溶性ホルモン。成長ホルモンやインスリンのほか、多くのホルモンがこれに分類される。
・アミノ酸ホルモン…アミノ酸の1つの「チロキシン」から生成される。水溶性のアドレナリンやノルアドレナリン、脂溶性の甲状腺ホルモンがある。
・ステロイドホルモン…ステロイド核を持つ脂溶性ホルモンで、コレステロールから生成される。コルチゾールなど副腎皮質ホルモン、エストロゲン(通称・女性ホルモン)、テストステロン(通称・男性ホルモン)、活性型ビタミンD3などがある。
■ホルモンを分泌する内分泌腺は全身にある
次に、内分泌腺について見ていきましょう。
主な内分泌腺には、脳の視床下部(ししょうかぶ。後述)や脳下垂体(のうかすいたい。後述)、甲状腺、副甲状腺、副腎、すい臓(ランゲルハンス島)、生殖腺(卵巣・精巣)があります。また、内分泌腺以外にも、心臓、消化管、肝臓、腎臓などからもホルモンが分泌されています。
さらに近年では、脂肪細胞からもホルモン(食欲抑制に関わるレプチンなど)が分泌されていることが報告されています。これについては患者さんからの質問が多いのでのちの回で取り上げます。ここでは、全身にこうしたさまざまな内分泌腺があるのだなとイメージしてください。
「内分泌」とは、それらのホルモンが血管「内」に「分泌(放出)」されることをいいます。分泌されたホルモンは血液にのって特定の器官や組織に運ばれ、その部分の活動に影響を与えます。
ただし現在では、一部のホルモンは血液を介さずに近くの細胞に直接分泌されること、また、ホルモンをつくった分泌細胞自身に働きかけることもわかっています。
一方、「外分泌」とは、汗や唾液(だえき)、涙などの分泌物を外分泌腺の導管を通じて体の「外」に分泌(放出)することをいいます。
胃やすい臓は内分泌腺と外分泌腺の両方を持っていますが、消化液やすい液は導管を通じて腸管の内腔(くう)に分泌されるため、外分泌になります。腸管の内腔は口と肛門で外部とつながっているため、体内ではなく「体外」という扱いなのです。
図1 外分泌腺(左)と内分泌腺(右)
■ホルモンは特定の器官や細胞にのみ働く
ホルモンという用語は、ギリシャ語の「刺激する」を意味する「hormao」が由来です。余談ながら、焼肉のホルモンは「放(ほう)るもん」が語源と言われ、言葉の韻は同じでもまったくの別物だということを伝えておきます。
最初に発見されたホルモンは「セクレチン」という十二指腸から分泌されるホルモン(後述)です。1902年、イギリスの生理学者であるベイリスとスターリングの実験で報告されました。この発見は、ロシアのパブロフ博士に代表される神経生理学が大勢を占める時代に、神経以外のネットワークがほかにあることを証明しました。
もうおわかりのように、ホルモンは前回に述べた神経伝達物質と同じく、内分泌の情報伝達を担う物質です。その主な特徴は次のとおりです。
<ホルモンの特徴>
(1)内分泌腺で作られて、血液中に分泌(放出)される。
(2)ホルモンをキャッチする受容体を持つ、特定の器官(標的器官)や細胞(標的細胞)にのみ作用する。
(3)ごく微量で働く。
(4)神経伝達物質に比べると伝達速度は遅いが、長く作用する。
■ストレスがあると脳からホルモンが分泌される
では、内分泌のネットワークはどこでどのように管理されているのでしょうか。
脳腸相関において重要な役割をもつ「副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH:corticotropin releasing hormone)」を見ていきましょう。名称が長いですが、「『副腎皮質刺激ホルモン』の放出を促す」という役割そのものが名付けられています。医療系の試験によく出題され、その働きとともにさまざまなゴロ合わせ暗記法もある物質です。
副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンは、ストレスに反応して、先述の脳の視床下部(図2参照)から分泌されます。視床下部とは自律神経系や内分泌をコントロールする部位であり、その分泌量は朝に多く、夜には少なくなります。
このホルモンは、視床下部のすぐ下にある脳下垂体(図2参照)に働きかけ、そこから「副腎皮質刺激ホルモン(ACTH:adrenocorticotropic hormone)」の分泌を促すのです。
図2 脳の視床下部と脳下垂体(赤の囲み)
そしてその副腎皮質刺激ホルモンが副腎(腎臓の上部に接着している臓器。図3参照)の外側部分の「副腎皮質」(図3参照)に到達すると、そこから「コルチゾール」という体にとって重要なホルモンが分泌されます。
コルチゾールの主な働きは、肝臓での糖の生成、筋肉でのタンパク質の代謝、脂肪の分解などを促進し、炎症を抑えたり免疫を抑制したりすることです。ストレスに反応して分泌されるため、俗称「ストレスホルモン」とも呼ばれます。
図3 腎臓と副腎。右は副腎の断面図。
また、視床下部や脳下垂体からはコルチゾール以外にも、最初に挙げた成長ホルモン、オキシトシン、アドレナリンなど、生命維持に必要なホルモンが分泌されています。
すべてのホルモンが脳だけで管理されているわけではありませんが、内分泌ネットワークの中心は脳であり、中でも視床下部と脳下垂体が中枢(ちゅうすう)を担っているといえます。
■視床下部―脳下垂体―副腎皮質の「軸」
以上のように、ストレスを感じると、視床下部―脳下垂体―副腎皮質(HPA:hypothalamic-pituitary-adrenal axis 「HPA軸」とも呼ぶ)の伝達経路を通じて、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンや副腎皮質刺激ホルモン、そして副腎皮質ホルモン(コルチゾールなど)が分泌されます。
なぜそのように働くのかというと、体を健康に保つために他なりません。
HPA軸はイメージとして、地方支社の問題(ストレスなど)を聞きつけた本社の社長(視床下部)が、部長(脳下垂体)にメールをし(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンを分泌)、次に部長から支社(副腎)にメールが届いて(副腎皮質刺激ホルモンを分泌)、支社が問題に対処する(コルチゾールを分泌)といったところです。
社長が支社に直接連絡をしないで部長にするのは、支社のメールアドレスを知らない(受容体を持たない)のと、部長と役割分担がなされているためです。
逆に現場の立場からすれば、問題にすでに対処しているのに、上層部(視床下部や脳下垂体)から「対処するように」とのメールがくり返し届くのは困ります。このため、支社(副腎)はある程度対処できたら、上層部に「こちらは対応できています」とメールを返信し、連絡をストップしてもらいます。
この仕組みを、「フィードバック機能」といいます。
この言葉はビジネス用語としてもよく用いられているようですが、医学ではこれは、ホルモンの分泌量の情報が、分泌元である内分泌腺(視床下部や脳下垂体など)に戻って働きかけ、分泌量を調整する作用を表します。
例えば、ストレスが過剰となってコルチゾールの分泌が慢性的に増えると、うつ病や生活習慣病などのストレス関連疾患につながると考えられています。
HPA軸ではコルチゾールの分泌が増えると、副腎皮質刺激ホルモンや副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの分泌が減少し、結果的にコルチゾールの分泌が減ることから、「ネガティブフィードバック(負のフィードバック)」とも呼ばれます。
こうして体内のホルモンの量が一定に保たれるように、恒常性(ホメオスタシス。環境に関わらず生体の生理機能が一定に保たれること)が維持されているのです。
図4 ストレスに対するコルチゾールの分泌
副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンはHPA軸だけではなく、自律神経や胃腸にも作用して、消化管の生理機能に関与しています。
疲労やストレスがあるとき、便秘、下痢、胃痛、腹痛、胃もたれなどの不調が生じることは日常的にあるでしょう。経験者は多いと思います。その原因は、前回のテーマの自律神経の問題だけではなく、ホルモンの影響があるのです。それについて、次回に続きます。
構成:阪河朝美/ユンブル
「腸は第二の脳」という言葉が知られてきたが、最近の研究でそのメカニズムが医学的に説明できるようになってきた。そのエビデンスをもとに、ストレス関連消化管疾患の治療に、精神神経系疾患のうつ病や不安障害ケアの心理療法「認知行動療法」を取り入れる治療が始まっている。同治療法の研究者である消化器病専門医の著者によるこの研究成果と治療法、セルフケア法を一般に分かりやすく伝える。
プロフィール
菊池志乃
きくち・しの 名古屋市立大学大学院医学研究科共同研究教育センター助教。京都大学大学院医学研究科・健康増進・行動学分野・客員研究員。医学博士。消化器病専門医。消化器内視鏡専門医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。高知大学・医学部医学科卒。岸和田徳洲会病院、天理よろづ相談所病院、高槻赤十字病院、京都大学医学部付属病院、京都大学大学院医学研究科特定助教を歴任。専門は過敏性腸症候群と認知行動療法。2022年、日本初の過敏性腸症候群に対する集団認知行動療法の大規模ランダム化比較試験を実施し、有効性を報告した。現在、名古屋市立大学にて過敏性腸症候群の臨床試験を実施中(https://suciri.localinfo.jp/)。