脳腸相関 第8回

「やせ菌」「でぶ菌」は間違いだった…腸内細菌Q&A 前編

菊池志乃

前回(第7回)、腸内環境の要因である「腸内細菌や腸内フローラのありようが、脳と腸の連絡経路を活性する」こととその理由について述べました。

今回は、患者さんや読者の皆さんにもっともよく尋ねられる、「腸内環境を改善するにはどうすればいいのか。よく見聞きする『腸活』の方法には根拠があるのか。どういう効果が期待できるのか、自分ですぐにできる方法はあるのか」などについて、具体的にQ&Aにして、現時点で科学的に判明しているポイントを押さえながら考えましょう。

■Q1 腸内細菌のうち、「やせ菌」「でぶ菌」と呼ばれていた菌が実は間違いだった、と聞きました。どうなのですか?

そもそも、世界的に腸内細菌がヒトの心身に影響を与えると考えられるようになったのは、アメリカ・ワシントン大学のゴードン博士らが、2006年に科学界で権威のある雑誌「Nature」に発表した研究報告がきっかけです。

その報告には、「腸内細菌が肥満に影響する」、「無菌で育てたマウスに肥満の人の腸内細菌を移植するとマウスが太った」、「肥満のマウスおよび人において、ファーミキューテス門に属する菌が多く、バクテロイデス門に属する菌が少ない」とあります(※1)。

ただし、ゴードン博士らがそれらの菌を、「やせ菌」や「でぶ菌」と呼んだわけではありません。

この呼称や考えかたは一般に理解してもらいやすかったこともあり、多くの指導者やメディアを通して世界中に広がったのだと考えられます。その背景には、「やせてきれいになりたい。健康になりたい」という欲求が多くの人々にあるのかもしれません。

一方で、最近ではゴードン博士らの結果とは異なる研究報告も多数出てきました。たとえば日本人では、肥満の人にはむしろ「バクテロイデス門」の割合が多いことが報告されています(※2)。

ゴードン博士らの研究が「間違っていた」わけではありません。彼らが調べたマウスや移植に用いた人では先述の結果であり、生活環境や食生活が異なる人種や民族で調べた場合において、より複雑な細菌と健康の関係が見えてきたということです。

これに伴い、「でぶ菌」「やせ菌」といった特定の菌と体型を直接に結びつける考えかたは見直されました。

現在では、腸内フローラはこれまで述べてきた「脳腸相関の神経系、内分泌系、免疫系」といった、複雑な体のしくみの一部として考えられるようになっています。

しかし、古い文献やネット上の情報では、いまでも「でぶ菌」「やせ菌」の表現が散見されるので、情報の読み取りには注意をしてください。

■Q2 「腸にはプロバイオティクスがいい」とよく耳にしますが、何のことですか? 本当に腸にいいのですか?

プロバイオティクスとは、世界保健機関(WHO)および国連食糧農業機関(FAO)によって、「適切な量を摂取することで健康に良い影響を与える生きた微生物」と定義されています。

代表的なプロバイオティクスには、「乳酸菌」と「ビフィズス菌」があります。よく知られている名称ですね。それぞれ、ラクトバチルス属とビフィドバクテリウム属に分類されます。

プロバイオティクスは、ヨーグルトや乳酸菌飲料、サプリメント、処方薬などとして使用され、腸内フローラのバランスを整えて腸の働きを助け、病原菌を排除するなどの作用が期待されています。

ただし、注意するべき点もいくつかあります。そもそもプロバイオティクスが働くには、定義にあるように、「生きた」微生物(菌)が十分に存在する必要があります。

食品などで口から摂取した場合、胃を通過する際に大部分の菌が胃酸で死ぬため、菌の「死骸(しがい)」が腸に到達し、逆に腸に有害になる可能性も指摘されていることを覚えておいてください。

さらに海外の研究では、急速な市場拡大に伴い、品質や安全管理が不確かな製品も出回っているとの報告もあります(※3)。日本でも残念ながら、公的医療保険適用の処方薬以外の食品やサプリメントなどには法律による規制が十分ではなく、市場にはこの研究結果同様に、「プロバイオティクス」と表記しながらも品質に疑問がある製品が多いと言われます。

プロバイオティクスとしての有効性の証明について、「査読付き」の研究雑誌に掲載され、有効成分が確認された食品は「トクホ(特定保健用食品)」として承認されることで一種の差別化がされるようになっています。

ただ、販売メーカーによるPRのことばや、安くて手軽だ、通販で海外からの輸入サプリメントが手に入りやすいなどの理由で、市販のプロバイオティクスに飛びつくことには注意が必要でしょう。厚生労働省が運用する公式サイトでも注意が促されています。

また、プロバイオティクスの対になることばに、「プレバイオティクス」があります。プロバイオティクスが微生物を指すのに対し、プレバイオティクスとは、「有益と考えられる腸内細菌の増殖に役立つ、腸まで届く食品成分」を指します。

たとえば、オリゴ糖や食物繊維の一部(人工のポリデキストロースや難消化性デキストリン、ニンニクや玉ねぎに含まれるイヌリンなど)などがプレバイオティクスとしての定義を満たす食品成分となります。

プレバイオティクスの概念は、イギリスの微生物学者・ギブソンらによって1995年に提唱され、時代背景や科学の進歩によって少しずつ変化しつつ、現在のようになっています。

■Q3 「日本人の腸内フローラは独特で、長寿や肥満が少ないことに関係する」と、海外の研究機関から注目されているのは本当?

Q1とも関連しますが、2016年に早稲田大学と東京大学を中心とした共同研究チームが、12か国(日本、デンマーク、スペイン、アメリカ、中国、スウェーデン、ロシア、ベネズエラ、マラウイ、オーストリア、フランス、ペルー)の健康な人を対象に腸内フローラを調べたところ、「106名の日本人ではビフィドバクテリウム属(ビフィズス菌が代表)が多く、バクテロイデス属とプレボテラ属の細菌が少ないという特徴がある」と報告しました(※4)。

この結果には、魚介類の生食や海藻類、発酵食品を日常的に食しているといった食生活が関係している可能性があり、日本人の長寿や肥満が少ないことと関係するのでは、と注目されています。

ただしQ1でも述べたように、対象者を広げると結果は変わる可能性があります。また、ビフィドバクテリウム属(ビフィズス菌が代表)が多く、バクテロイデス属とプレボテラ属の細菌が少ないことと、長寿や肥満の少なさは直接には関係していない可能性もあります。

このため、この研究の報告だけで「日本人は他国に比べると長寿ややせに関係する腸内細菌を持っている」と結論することは早計と言えます。今後の研究に期待しましょう。

■Q4 腸内フローラのバランスが乱れる原因は?

腸内フローラのバランスが変化する大きな原因のひとつが「加齢」です。食事や睡眠といった生活習慣と異なり、加齢は生きている以上避けることはできません。

ヒトの腸内は主に4つの「門」(第7回参照)の「ファーミキューテス門」「バクテロイデーテス門」「アクチノバクテリア門」「プロテオバクテリア門」に属する細菌で占められています。

20~60歳までの人では、そのうちのファーミキューテス門が70%以上を占めるとされています。しかし高齢者ではこの割合が下がり、さらに、腸内フローラの多様性が低下します。

このような変化は、加齢に伴う短鎖脂肪酸(第7回参照)の産生減少、糖を分解する力の低下、タンパク質を分解する力の増加と関連していると言われます(※5)。

そしてこれらの変化が腸管内の老廃物を増加させ、腸管の炎症や、免疫反応の低下(感染しやすくなる)などに影響するのです。

また、「食事」は腸内フローラの変化に大きな影響を与えます。たとえば、食物繊維が豊富な野菜や果物、ナッツなどを意識的に食べることで、腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸が増え、体全体の抗炎症作用が期待されます。

一方、高脂肪で食物繊維が少ない食品を好んで食べる場合は、炎症を引き起こす腸内細菌が優勢になると言われます(※6)。

図1 腸内フローラの改善には、食物繊維が豊富な食材を意識しましょう。

最近では、よく知られてきた健康食と言われる「地中海食や発酵食品と腸内フローラに関する研究」も進んでいます。

さらに、運動・喫煙・飲酒などの習慣、ストレス、衛生状態、抗生物質や抗がん剤の使用など、さまざまな要因も腸内フローラに影響を与えることが報告されています。

ただしこれらの要因の多くは、生活習慣病(がん、心臓病、脳卒中、糖尿病、高血圧症、脂質異常症など)や、さまざまな病気とも関連しています。つまり、腸内フローラのありようとの直接的な因果関係はまだ明確ではなく、今後の研究が期待されます。

■Q5 腸内フローラを改善するために良い薬はありますか? 健康食品やサプリメントは?

Q2で触れたプロバイオティクスやプレバイオティクスが、腸内フローラの改善、そして全身の病気の改善につながっていることがいくつかの動物実験や臨床研究で報告されています。

しかし、研究で用いる無菌動物(腸内細菌がいない動物)などと異なり、ヒトにはすでに腸管に生息している菌があるため、新しい菌を腸管に定着させることは容易ではありません。

たとえば、食べものと一緒に入ってきた菌は、その数が少ない場合には常在している腸内細菌によって排除されます。また、胃酸の影響も考えると、これらの菌がプロバイオティクスの定義となる「腸に生きた状態で十分な量が到達する」ことは簡単ではないわけです。

確かに、ビフィズス菌や宮入(みやいり)菌などを含む、一部のプロバイオティクスは医薬品として使われていますが、健康食品やサプリメントに関しては現時点で「良い」ものを挙げることは非常に難しいのです。

それというのもQ2でも触れたように、医薬品と違って健康食品やサプリメントは法整備が十分ではありません。品質や安全管理が不確かな製品も多いと思われ、「健康のため」に摂取したものが健康を害する可能性もあるからです。

■Q6 腸内フローラ・腸内細菌と大腸がんは関係する?

日本人の大腸がんが増えている理由として、食事の欧米化や、運動不足、高齢化などが挙げられていますが、Q4でも触れたように、腸内フローラ・腸内細菌が影響する可能性もあります。

実際に、腸内フローラ・腸内細菌ががんの発症に関与している研究結果は多数報告されています。たとえば、次のようなことです。

・歯周病菌としても知られるフソバクテリウム・ヌクレアタム(フソバクテリウム門)、バクテロイデス・フラジリス(バクテロイドータ門)、大腸菌(プロテオバクテリア門)などの腸内細菌ががんの発症を促す働きをもつ(※7、 8)。

・炎症を引き起こしたり、免疫の機能を弱めたりして、間接的にがんの発生を促す腸内細菌やウイルスなどの微生物の存在がある(※9)。

・がん治療においても、腸内フローラの影響は注目されている。たとえば、腸内細菌が産生する「酪酸」は抗がん剤治療の効果を高める働きをする(※10)。

・酪酸は「細胞傷害性T細胞」(T細胞の一種で、ヘルパーT細胞からの指示でがん細胞やウイルスに感染した細胞を認識し、破壊する。キラーT細胞とも呼ぶ)の働きを調節することで抗がん剤治療の効果を促進する(※10)。

・試験管での実験だが、大腸(結腸・直腸)がんや乳がんなどいくつかのがんに対し、酪酸を含む短鎖脂肪酸はがん細胞の「アポトーシス」(細胞自身によって増殖を抑制、プログラムされた細胞死)を促すことによってがんの発生を抑える(※11)。

・宿主の腸内フローラの違いによって、免疫チェックポイント阻害剤の治療効果が現れる割合が異なることがある(※8)。

以上のように、腸内フローラはがんの発症に関係する一方で、その代謝産物(酪酸を含む短鎖脂肪酸など)が免疫細胞に働きかけてがんを抑制する、また、抗がん剤の効果を高める働きもしています。

この矛盾した働きも、腸内フローラが宿主(しゅくしゅ)である人間とは別の存在だと考えれば不思議ではありません。これまで紹介してきたさまざまな働きも、本来は宿主のためではなく、腸内フローラが、個々の腸内細菌が、自らすみやすい環境を作るための活動による副産物(ビタミンや短鎖脂肪酸など)を宿主が受け取って、利用しているに過ぎないからです。

この視点から、腸内フローラを宿主であるわたしたちがコントロールすることは簡単ではないだろうことが想像できます。

次回はQ&Aの後編で、「免疫と関係する腸内細菌とは具体的に何?」「酪酸を増やすには何をどのぐらい食べればいい?」「腸内フローラを改善するために自分でできる方法は?」「腸内フローラに睡眠が関係する?」などについて答えます。

参考

(※1) Turnbaugh PJ, Ley RE, Mahowald MA, Magrini V, Mardis ER, Gordon JI. An obesity-associated gut microbiome with increased capacity for energy harvest. Nature. 2006;444(7122):1027-31.

(※2) Yoshida N, Watanabe S, Yamasaki H, Sakuma H, Takeda AK, Yamashita T, et al. Average gut flora in healthy Japanese subjects stratified by age and body mass index. Biosci Microbiota Food Health. 2022;41(2):45-53.

(※3) De Simone C. The Unregulated Probiotic Market. Clinical Gastroenterology and Hepatology. 2019;17(5):809-17.

(※4) Nishijima S, Suda W, Oshima K, Kim SW, Hirose Y, Morita H, et al. The gut microbiome of healthy Japanese and its microbial and functional uniqueness. DNA Res. 2016;23(2):125-33.

(※5) Rampelli S, Candela M, Turroni S, Biagi E, Collino S, Franceschi C, et al. Functional metagenomic profiling of intestinal microbiome in extreme ageing. Aging (Albany NY). 2013;5(12):902-12.

(※6) Bolte LA, Vich Vila A, Imhann F, Collij V, Gacesa R, Peters V, et al. Long-term dietary patterns are associated with pro-inflammatory and anti-inflammatory features of the gut microbiome. Gut. 2021;70(7):1287-98.

(※7) Pandey H, Tang DWT, Wong SH, Lal D. Gut Microbiota in Colorectal Cancer: Biological Role and Therapeutic Opportunities. Cancers (Basel). 2023;15(3).

(※8) Ting NL, Lau HC, Yu J. Cancer pharmacomicrobiomics: targeting microbiota to optimise cancer therapy outcomes. Gut. 2022;71(7):1412-25.

(※9) Sepich-Poore GD, Zitvogel L, Straussman R, Hasty J, Wargo JA, Knight R. The microbiome and human cancer. Science. 2021;371(6536).

(※10) He Y, Fu L, Li Y, Wang W, Gong M, Zhang J, et al. Gut microbial metabolites facilitate anticancer therapy efficacy by modulating cytotoxic CD8(+) T cell immunity. Cell Metab. 2021;33(5):988-1000.e7.

(※11) Zhang J, Yi M, Zha L, Chen S, Li Z, Li C, et al. Sodium Butyrate Induces Endoplasmic Reticulum Stress and Autophagy in Colorectal Cells: Implications for Apoptosis. PLoS One. 2016;11(1):e0147218.

構成:阪河朝美・藤原 椋/ユンブル

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「腸は第二の脳」という言葉が知られてきたが、最近の研究でそのメカニズムが医学的に説明できるようになってきた。そのエビデンスをもとに、ストレス関連消化管疾患の治療に、精神神経系疾患のうつ病や不安障害ケアの心理療法「認知行動療法」を取り入れる治療が始まっている。同治療法の研究者である消化器病専門医の著者によるこの研究成果と治療法、セルフケア法を一般に分かりやすく伝える。

プロフィール

菊池志乃

菊池志乃

きくち・しの 名古屋市立大学大学院医学研究科共同研究教育センター助教。京都大学大学院医学研究科・健康増進・行動学分野・客員研究員。医学博士。消化器病専門医。消化器内視鏡専門医。京都大学大学院医学研究科博士課程医学専攻修了。高知大学・医学部医学科卒。岸和田徳洲会病院、天理よろづ相談所病院、高槻赤十字病院、京都大学医学部付属病院、京都大学大学院医学研究科特定助教を歴任。専門は過敏性腸症候群と認知行動療法。2022年、日本初の過敏性腸症候群に対する集団認知行動療法の大規模ランダム化比較試験を実施し、有効性を報告した。現在、名古屋市立大学にて過敏性腸症候群の臨床試験を実施中(https://suciri.localinfo.jp/)。

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「やせ菌」「でぶ菌」は間違いだった…腸内細菌Q&A 前編