■はじめに 体重減少・血糖値低下に効く薬が続々と登場
糖尿病の治療に用いるいくつかの「新薬」が、欧米で数年前から「体重減少」および「血糖値改善効果」において強力な効果を示すことが知られ、世界的に大きく注目されています。欧米では日本に比べて肥満症や糖尿病の患者が多く、それらの新薬が爆発的に売れていることから、医療界のみならず経済界でも話題を集めています。
そして日本でもここ数年で、糖尿病や肥満症の患者に対していくつかの薬が公的医療保険適用になり、処方される患者さんは現在、日ごとに増えています。その新薬の具体的な働き、目的、用途、処方の条件、副作用などはこれから詳細に述べていきます。
最近の医学のさまざまな基礎研究で判明した知見が、画期的な創薬につながっています。「肥満症」という病気は、心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞を引き起こす動脈硬化や、腎不全にいたる慢性腎臓病の原因となります。しかしいま、その肥満症をまねく過剰な食欲や体重を効果的にコントロールできる時代になりつつあります。
そこで本連載では、「健康維持のために科学的に適切な減量」をテーマに、そうした新薬の効用とメカニズムの知識をも得て、病気の人はもちろん、病気ではない一般の人にとっても、健康維持のための減量とはどういうことか、なぜ必要なのか、どのように実践すればいいのかを追求します。
我々は科学的にやせることができること、それには、こうした薬が必要な場合や、いまのところ薬は不要だけれど減量が必要な場合、また薬を使うとむしろ危険な場合があり、それぞれにどの人にどういう方法が適しているのか、共通の方法はどうなのか、薬が不要な場合はどのように減量すればいいのかについて明確にしていきます。
また減量の治療の最前線からの知恵、新たな科学分野「時間栄養学」の取り組み、「遺伝子解析」の急進歩で明らかになった「腸内細菌」の実態、減量に関わる「行動経済学」や「心理学」に踏み込み、さらに、糖尿病の病名変更の動きや「体重スティグマ」(スティグマとは偏見や否定的な決めつけの意味)の撲滅運動といった社会的概念の変化についても考えます。
古い医療情報はアップデートし、エビデンスが確立されている肥満症・糖尿病・脂質異常症・高血圧症の治療法(主に食事・運動・睡眠・行動療法)を手本とした論拠で順を追って述べていきます。薬品名や医療の独特の表現の専門用語には解説を加え、わかりやすい話しにします。また、以前に説明した情報にはその回へリンクをし、思い出してもらいやすいようにもしていきます。
第1回はまず、減量効果が注目される新薬についての時事的トピックスと、どの薬がどういう効果を発揮し、何の病気に適応するのかを整理しておきます。なぜ薬の話を先にするのかというと、現時点で科学的に減量を理解するための決め手は、注目の新薬のメカニズムや作用を把握することにあるからです。薬が必要な人はもちろん、いまは薬を必要としない減量希望の人にも、これから伝えていく「減量の科学をもとに実践する方法」をより深く理解していただけるでしょう。
■日本でも保険適用になった減量のための新薬
その新薬とは現時点(2025年1月)で、肥満傾向にある糖尿病の治療薬「オゼンピック」(一般名はセマグルチド 注射薬 日本での公的医療保険適用開始は‘20年6月から)、「リベルサス」(一般名はセマグルチド 経口薬 同‘21年2月から)、「マンジャロ」(一般名はチルゼパチド 注射薬 同‘23年4月から)、また、肥満症治療の新薬「ウゴービ」(一般名はセマグルチド 注射薬 同’24年2月から)があります。
さらにアメリカでは、マンジャロと同一成分の肥満症治療の新薬が「ゼップバウンド」(週に1回・注射薬)という薬品名で使用されていて、日本でも昨年末(‘24年12月)に厚生労働省が製造販売を承認しました。’25年中には公的医療保険適用となる見込みです。
ゼップバウンドの日本での製造販売承認を得た日本イーライリリー社の‘24年10月の発表によると、ゼップバウンドの最終段階の臨床試験(新しい薬や治療法などを、ヒトに対して実際に使用し、評価すること)では、肥満症の日本人に対して「被験者の体重が平均17.8~22.7%減少した」としています(※1)。
なお、患者さんからこれらの「薬品名や成分名がわかりづらい」という指摘も受けるので、簡潔に豆知識を記しておきます。薬の作用の理解に、こうした基礎知識も役に立つでしょう。
<豆知識1> 薬品名の「一般名」と「商品名」の違いは?
薬品の「一般名」とは、主成分(主な有効成分)の名称のことです。
一方、「商品名」とは、各製薬会社が付けた固有の名称です。例えば、「スマートフォン」は一般名ですが、「iPhone」「AQUOS」「Galaxy」などはそれぞれ発売するメーカーが名付けた商品名です。同じスマホでも、商品によってデザインや使い方がそれぞれ違うように、薬も商品によって特性が異なります。
主成分(一般名)をどのぐらいの量を含んで、どのように摂取するのか(皮下注射なのか筋肉注射なのか静脈注射なのか、内服なら錠剤かカプセルか粉末か、貼付なら塗布なのか経皮吸収なのかなど)、いつどう飲むか(1日に食後ごとに3回など)、ある病気や症状に用いたときに効能はどうなのかなど、主成分が同じであっても各薬の作用には違いがあります。
さて、ウゴービの場合、保険適用の肥満症薬としては1992年以来の新薬であり、その効能は臨床試験段階から世界中で注目されていました。実際、現在のところ、ウゴービもゼップバウンド(前述のように日本では近々発売)も治療効果における評価はとても高くなっています。ただし、どの新薬でも、希望すればだれもが処方されるわけではありません。処方される患者さんにはそれぞれに医学的な条件があります。
それに、減量を考えるにあたって重要ポイントであるにもかかわらず、よく混乱される「肥満」と「肥満症」は医学的に別の状態であり、それぞれに対処法や治療法は異なります。その定義や違いと、新薬の処方の条件、各薬の効果に関する評価については第2回で伝えます。
また、市販薬でも、日本初として内臓脂肪減少の効能をうたう「アライ」(大正製薬)が‘24年4月に発売開始となりました。広告等で知られているように、医師の処方箋がなくても、薬剤師がいるドラッグストアや薬局で、症状に関する複数の条件に適合すれば購入することが可能です。その条件はメーカーの公式サイトで詳細が公表されているのでそちらを確認してください。
・糖尿病治療薬の「マンジャロ」(一般名:チルゼパチド)
・肥満症治療薬の「ウゴービ」(一般名:セマグルチド)
ウゴービは食欲と胃のぜん動運動も抑えるので、肥満症に対して減量効果が高い薬です。0.25mg~2.4mgまでの5段階があり、最大用量は糖尿病治療薬のオゼンピック(次の写真参照)の2.4倍になります。また、マンジャロと同様に、週に1回、自分でおなかかふとももに注射すればよいという手軽さもメリットです。
・糖尿病治療薬としての「オゼンピック」(一般名:セマグルチド)
・リベルサス(一般名:セマグルチド)
■「血糖値を抑えるインスリンの活動を促すホルモン」に注目
これらの薬のメカニズムを理解するために、まず、ヒトの体は食事をしてからどのように脂肪をため込むのか、その過程を知っておきましょう。減量を科学的に理解するはじめの第一歩の知識です。
・食事をすると、血糖値(血液中のブドウ糖の割合)が上昇する。
食事中の炭水化物(後述の「豆知識2」参照)は、口腔や胃、小腸でアミラーゼなどの消化酵素によってブドウ糖(グルコース)に分解されます。そのブドウ糖は小腸で吸収されて、血液中に入ります。これが血糖です。
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・食後5~20分で、小腸から消化菅ホルモンのGLP-1とGIPが分泌される。
GLP-1(ジーエルピーワン:グルカゴン様ペプチド−1)とGIP(ジ―アイピー:グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)は、小腸から分泌される消化管ホルモンです。総称してインクレチンといいます。
実は、先述の新薬は、この2つのホルモンのGLP-1とGIPの働きを模して製剤化されているのです。順に紹介しますが、この2つのホルモンこそが、減量を科学的に考えるうえで最重要となる存在です。GLP-1の働きは、従来の2型糖尿病の治療薬の「GLP-1受容体作動薬」(後述)として、また、GLP-1とGIPの両方の働きは新薬の「GIP/GLP-1受容体作動薬」(後述)として活用されています。
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・すい臓からインスリンというホルモンが分泌される。
前述のGLP-1やGIPの働きで、次にはインスリンというホルモンがすい臓のβ(ベータ)細胞から分泌されます。インスリンは血液中のブドウ糖を筋肉などの細胞へ取り込むように働き、それによって血糖値は低下します。細胞へ取り込まれたブドウ糖はエネルギーとして利用されます。
インスリンの存在はよく知られているように、「血糖値を調整するホルモン」であり、糖尿病や肥満症の治療にも関係します。前述のインクレチンと名称が似ていますが、別のホルモンなので混同しないようにしましょう。
<豆知識2>「炭水化物」と「糖質」の違いは?
炭水化物と糖質を混乱することはありませんか。これらはイコールではなく、「炭水化物とは糖質と食物繊維を合わせたもの」です。このうち、糖質が全身のエネルギー源となります。
炭水化物の組成式はCn(H2O)m[n、m=係数]となるものが多く、炭素と水からなる化合物であることがわかります。それゆえに「炭水化物」と呼ぶわけです。
糖質は、「単糖類」(ブドウ糖や果糖)、「二糖類」(単糖が2個つながった砂糖、乳糖、麦芽糖など)、「多糖類」(単糖が3~10個つながったオリゴ糖、10個以上つながったもの)に分類されます。
■やせる新薬の実態は「GLP-1受容体作動薬」
先述の、食事をしたら小腸から分泌されるGLP-1という消化管ホルモンに注目してください。GLP-1は、我々の脳と体に存在する、いわば天然のホルモン、自家製のホルモンです。多くの細胞に多様に働きかけますが、現在わかっている主な働きは先述の「すい臓からインスリンを分泌させること」と、「胃の働きをゆっくりにし、血糖値の急上昇を予防する」、また「脳に作用して、満腹感を覚えさせ、食欲を抑えること」です。この働きは、減量の科学において「食欲の正体」を知るための必須の知識となります。後の回で詳述します。
GLP-1のこうした働きを模した薬を総称して、「GLP-1受容体作動薬」(略してGLP-1RA薬と称されることもある)といい、これこそがやせる新薬の実態のひとつです。
「受容体(レセプター)」とは、細胞の表面に存在する特異な3次元構造をもつ分子のことで、多くの種類が脳と体のあちこちの細胞にあります。受容体の働きとして、鍵穴をイメージしてください。鍵の役割をするのは神経伝達物質やホルモンです。鍵穴(受容体)は、自らの形にぴったりとはまる鍵(神経伝達物質やホルモン)のみを受け付けるようになっています。受容体が、ほうぼうから届く神経伝達物質やホルモンとガチッと結合すると、その細胞の活動を刺激したり、抑制したりして影響を与えます。
そのような、受容体を標的にする薬には「作動薬」と「拮抗(きっこう)薬」があります。作動薬のほうは結合した受容体を活性化し、細胞の活動を刺激します。一方、拮抗薬はその逆で、神経伝達物質やホルモンが細胞の受容体に結合することを阻止し、活動を抑制するように働きます。
つまり、「GLP-1受容体作動薬とは、体の外からGLP-1という消化管ホルモンを補って、すい臓の細胞のGLP-1受容体に結合し、すい臓の細胞を活性化させる薬」です。こうして先述のように、すい臓からインスリンの分泌を促進するように作用するわけです。「GLP-1やGIPは、我々の体に存在するホルモンなのだ」と思えば、薬の作用をイメージしやすいのではないでしょうか。
■肥満症の薬は糖尿病の薬から転用された
先述の肥満症の治療薬のウゴービは、「GLP-1受容体作動薬」の一種です。主成分をセマグルチドといい、これまでにもあった糖尿病の治療薬のオゼンピック、リベルサスと同じです。では、その違いは何なのでしょうか。
糖尿病治療薬としてのオゼンピックは皮下注射で最大投与量が1.0mgであるのに比して、肥満症治療薬のウゴービは最大2.4mgの投与が可能という点です。要するに、ウゴービとは、糖尿病治療薬の主成分を高い用量で投与し、肥満症の治療薬として転用した新薬というわけです。
なお、リベルサスは内服する錠剤であり、最大投与量が14㎎となっています。用量が多いのは、錠剤は胃からの吸収の効率が皮下注射に比べると低いため、大量に摂取する必要があるからです。
オゼンピックは糖尿病治療薬としてよく用いられています。アメリカで先行して発売されたときから、「GLP-1受容体作動薬」として広く世界中で知られるようになりました。
オゼンピックも、糖尿病の患者さんにとって体重減少の効果が認められています。ウゴービでは、そのオゼンピックの主成分を最大2.4倍の投与ができるため、食欲の抑制や胃のぜん動運動を抑制する効果がさらに高くなります。そうして肥満症の治療に適合し、しかも非常に効果があるのです。ただしその分、副作用である吐き気や胃腸症状のリスクも大きくなります。
また、GLP-1とGIPの2つの消化菅ホルモンの作用を持つ薬のことを、「GIP/GLP-1受容体作動薬」と総称します。これまで、糖尿病の治療には前述の「GLP-1受容体作動薬」が用いられてきましたが、新薬のマンジャロは、これにGIPの作用も加えた「GIP/GLP-1受容体作動薬」として登場しました。
GIPは体内では脂肪を増やす役割がありますが、大量に注射で投与すると逆に脂肪組織が減る効果もあり、そのメカニズムには「レプチン」(脂肪細胞から分泌され、食欲を抑えるホルモン。後の回で詳述)が関係しているとも言われます。
■糖尿病薬の2大メーカーが肥満症薬でも激しく競争中
マンジャロを開発したメーカーはアメリカのイーライリリーで、ウゴービはデンマークのノボ・ノルディスクファーマです。両社とも大手の製薬会社で、冒頭で述べたようにそれらの新薬は発売当初から欧米で驚異的に売り上げ、両社の株価が一時うなぎ昇りとなったことが世界的なニュースとなりました。その現象からも、減量の薬効がうかがえるでしょう。
この両社は、以前から糖尿病の治療薬において世界の二大巨頭として互いにしのぎを削り合ってきました。先ほど、さらに新しい肥満症治療薬の「ゼップバウンド」がもうすぐ日本でも公的医療保険適用になると述べましたが、こちらはイーライリリーの開発です。
‘24年末には、製薬や医療業界のトピックとして、「イーライリリーは、『ゼップバウンド』を投与した患者は、『ウゴービ』を投与した患者と比べて47%多く体重が減少したとする大規模臨床試験の結果を発表」というニュースが飛び込んできました(※2)。
一方、ノボ・ノルディスクファーマは、さらに新しい肥満症治療薬の「カグリセマ」を開発中で、ゼップバウンドを上回る体重減少効果を目指しています。この連載中に進展が公表されれば報告したいと考えています。いずれにしろ、両社のさらなる良薬の研究開発に期待したいものです。
そして現在、日本も含めたほかの製薬会社も追随して同等か同等以上の効果を持つ薬の開発を進めています。その情報も追って伝えていきます。
ここまで、GLP-1やGIPの働きと、それらを模倣した薬のしくみについて説明しました。次回は肥満と肥満症の違いや各薬を処方する条件などに続きます。
参考
※1 SURMOUNT-J試験(NCT04844918)第45回日本肥満学会学術集会(2024年10月19日横浜)で発表 https://mediaroom.lilly.com/PDFFiles/2024/24-33_com.jp.pdf
※2 https://investor.lilly.com/news-releases/news-release-details/lillys-zepboundr-tirzepatide-superior-wegovyr-semaglutide-head
(日本語版リリース)https://mediaroom.lilly.com/PDFFiles/2025/25-01_com.jp.pdf
構成:阪河朝美/ユンブル
現在、世界ではダイエット目的にて、自由診療での「やせ薬」の購入や個人輸入によるニーズが急増している。もちろんそれは、日本も例外ではない。こうした動きを背景に、従来の「食事がまんダイエット」は「薬に頼るダイエット」に変わりつつある。しかし、果たして健康への影響はどうか。人体にとって必要な減量とは何か、どうすれば減量できるのか、減量治療の最前線から、それらを紹介する。
プロフィール
大阪府生まれ。医学博士。日本糖尿病学会専門医。日本臨床内科医会専門医。大阪府内科医会名誉会長。日本臨床内科医会副会長。全国臨床糖尿病医会理事ほか。医療法人弘正会ふくだ内科クリニック院長。滋賀医科大学卒。大阪大学医学部老年医学講座(第四内科)入局後、ハーバード大学・ジョスリン糖尿病センターに留学。所属学会:日本糖尿病学会、日本内科学会、日本臨床内科医会、日本病態栄養学会、日本肥満学会、日本老年病学会、全国臨床糖尿病医会。著書に『糖尿病は自分で治す!』『糖尿病は「腹やせ」で治せ!』『専門医が教える 糖尿病ウォーキング!』『専門医が教える5つの法則 「腹やせ」が糖尿病に効く!』『専門医が教える 糖尿病食で健康ダイエット』ほか。医学会、一般向き講演、テレビ等のメディアでの出演も多数。