ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。

昨日から、抗がん剤治療「CAPOX(XELOX)療法」のシーズン2、もとい2クール目がスタート。腫瘍タイプの判明に感情を揺り動かされて、つい抗がん剤点滴の記録を後回しにしてしまった。今回は抗がん剤オキサリプラチンの点滴中に、リアルタイムで変化のメモを残している。
10:23、血液検査の結果に問題がなかったため、化学療法室へ。点滴中は飲食OKであることが前回わかったので、通院途中にスタバへ寄って、アイスラテとドーナツを買った。ラテはもちろん氷抜きでオーダー。オキサリプラチンの副作用である、冷感刺激によるしびれを抑えたいからだ。バリスタさんが「氷がない分、ミルクを増やしましょうか?」と尋ねてくれたので、ぜひ、とお願いした。
化学療法室には8台のミニテーブル付きソファベッドが並んでいて、空いていればどこでも好きなベッドを選んでいいようになっている。「今日はここにしまーす」と窓際のベッドに腰掛けて、採血をした左腕と反対の右腕を差し出す。名前を確認された後に手際よく点滴の針が刺され、わたしの右腕は氷枕のあったかい版のような保温ジェルをクッションにして、ふんわりとタオルをかけられた。
まもなく、透明なチューブを通って点滴薬がポツポツと落ち始める。ただし、これはオキサリプラチンではなく吐き気止めの点滴だ。オキサリプラチン点滴前には、毎回15分ほど吐き気止めが投与される。
「それじゃあ、何かあったら声かけてくださいね」
看護師さんがカーテンを閉めた。
11:10、吐き気止め点滴の投与が終わり、オキサリプラチン点滴が投与されて20分ほどが経ったあたり。オキサリプラチン点滴はたっぷり2時間コースなので、まだまだ序盤だ。あてがわれた専用のベッドでラテを飲み、ドーナツを食べる。優雅といえば優雅、退屈といえば退屈。本を持ってこようと思っていたのに忘れた。仕方がないので、左手でこれをスマホのメモ帳にポチポチと打っている。
11:54、オキサリプラチン点滴が始まって、やがて1時間。右腕がじわりと痛くなってきた。
点滴、どうして右腕にしちゃったんだろう。わたしは右利きなので、点滴は左腕にしてもらったほうが絶対に楽だった。腕の痛みは、コロナワクチンを打った後の筋肉痛のような痛みに似ている。耐えられない痛みではまったくなくて、ただ「なんだか痛いなぁ」という程度。痛みは温めると和らぐため、手元のボタンを押して看護師さんを呼んで、保温ジェルを追加してもらった。
12:07、ベッドまで薬剤師さんが来てくれた。
点滴を受ける前に、外科の担当看護師さんへシミが嫌だという思いをこんこんと語った結果が、薬剤師さんが両腕に抱える量の薬となって、今、目の前に現れた。今回は抗がん剤カペシタビンや整腸剤に加えて、肌の乾燥対策の外用薬としてヒルドイドローションとヘパリンクリームを、シミを防ぐ内服薬としてシナールとトラネキサム酸を処方してもらうことに成功。へパ放プレミアムプラン。肌管理に興味のない方はなんのこっちゃという感じかもしれませんが、関心がある方からすれば、保険適用でこの処方はきっと羨ましい布陣だと思う。
薬剤師さんが話しやすい方だったので「副作用でできた手足のシミって、ビタミン美容液とか効くんですかね?」と尋ねてみたところ、彼女は「持論ですけど」と前置きした上で、顔と手足では皮膚の厚さが違うため成分の浸透性に疑問があることと、できたシミには外用薬より内服薬が有効であることについて教えてくれた。
「今回は内服薬が出ているので、それを飲みましょう! 高い化粧水を手に使うの、もったいないじゃないですか?!」
そう力説する彼女の朗らかさがなんだかいいなと思って「たしかに」と笑い返した。そういえば、この病院の人は誰も「シミくらいで」なんて言わない。わたしはそれが、とても嬉しい。
12:33、一度お手洗いに立って戻ってきたら、点滴の時間は残り20分を切っていた。しびれは右腕全体に広がっている。まるで正座した後の脚みたいだ。
しびれが出ても、保温以外に講じられる手立ては何もない。痛み止めを飲むほどではないので放っておく。そういえば、今日は主治医の診察がなかった。担当の看護師さんとお話ししたときに「先生に何か伝えておきたいことはありますか?」と聞かれたので、とっさに「手術のとき、おへそを綺麗に切ってくれてありがとうございます、って伝えたいです」と答えたけれど、そういうことじゃなかったかもしれない、と今さらなんとなく思った。ストーマ外来の診察はあったので「一昨日、ついに漏れちゃったんですよ」と相談し、装具を貼り替えてもらいながら、考えられる原因と対策をとても丁寧に教えてもらった。おみやげに新しい装具までいただいた。やっぱり毎回なんかくれる。
12:45、点滴も残り5分。ついに、喉に違和感が出てきた。
ラテの残りをぐいと飲み込むと、喉の奥に何かしこりがあるように感じる。これも別に痛くはない。ただ気になるだけ。
左手にもしびれが出ていることに気づく。
手が震えて、スマホのフリック入力がうまくできない(この一文を打つのに30秒近くかかった)。
12:53、看護師さんがカーテンを開け、点滴の終わりを告げる。
ありがとうございます、と言葉を発したときに、前回の点滴後のような違和感を覚えた。「まだ吃音はないんですけど、なんだか喋りにくい感じはありますね」と伝えると、看護師さんが外科へ連絡をとってくれた。様子見のため、今回もしばらく病院に残る流れになりそうだ。
そして、この話に続く。
(金曜更新♡次回は4/18公開)
プロフィール

ライター
1985年生、都内在住。2024年5月にステージⅢcの大腸がん(S状結腸がん)が判明し、現在は標準治療にて抗がん剤治療中。また、一時的ストーマを有するオストメイトとして生活している。日本酒と寿司とマクドナルドのポテトが好き。早くこのあたりに著書を書き連ねたい。