腹から金玉 39歳、目が覚めたらオストメイト ep.24

5年後の生存率が30%台だとわかってしまったが、気にしないことにした

2024年7月9日(火)の記録
かわむらまみ

ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。

タイトルの通りで、わたしが5年後に生きている確率が30%台ということが、今日わかってしまった。そして、それを気にしないことにした。

事の発端は、わたしが受けている抗がん剤治療「CAPOX(XELOX)療法」の2クール目開始に伴う、主治医との会話だった。抗がん剤オキサリプラチンの点滴を受けた後に、前回同様に吃音の症状が出たため、様子見で病院に残る中で、わたしはふと思い出してしまったのだ。

「そういえば、がん腫瘍のタイプを聞いておくといいって、誰かが言ってたな」

……と。誰かって、誰かのブログに書いてあったとか、Xのポストで読んだとかだけれど。

待合室でぼーっと過ごすわたしのもとへ、看護師さんがタイミングよく様子を伺いに来てくれる。「ひとつ聞きたいことがあるんですけど」と腫瘍タイプについて尋ねると、間もなく診察室へと案内された。

先生が「タイプっていっても、大腸を突き破っているとしか言いようがないんですけれど、」と前置きした上で「強いて言うなら中分化型腺癌」とわたしに告げる。それがいいとも悪いとも、彼の主観は何も伝えないあたりが、この先生らしくて好きだなと思った。ちゅうぶんかがたせんがん……と呟くわたしに、看護師さんがそっとメモを渡してくれた。

そもそもの大前提として、わたしは以下の理由によって、自分のがん治療に際しては全面的に今の病院に委ねると決めている。

わたしは今の主治医が大好きだし、自分ががんや治療法について調べたところで先生の知識を超えることは逆立ちしたってありえないので、「先生が言うならそうしまーす」というスタンスでがん患者をやらせてもらっている。「先生の言う通りにすれば治ると信じている」というより「先生についていくと決めたのは自分なので、どう転んでも文句はないです」という感じ。

本連載ep.16「CAPOX? XELOX? それともティファニーのネックレス?

だから病院が「気にしなくていい」とするなら、額面通り、気にしなくていいのだ。それなのに、わたしは帰りのバスで調べてしまう。中分化型腺癌とはなんなのかを。

大腸癌の大半を占める腺癌は組織学的に高分化型、中分化型、低分化型に分けられ、高分化型に比べて中分化型は予後が悪いとする報告もある。
(中略)
高分化型に比べ、中分化型の生存率は低く、特に高分化型でKRAS遺伝子変異がない場合に比べて、中分化型でKRAS遺伝子変異を有する場合は有意に予後不良だった(p=0.0285)。
掛地氏は「中分化型腺癌は進行例が多く、リンパ節転移や肝転移も多く認められるため、厳重な経過観察と手術、化学療法による集学的治療が必要と考える」とまとめた。

大腸中分化型腺癌は増加傾向、環境因子によるKRAS遺伝子変異が原因か【消化器外科学会2009】

直腸癌治癒切除例の5年生存率は,リンパ節転移の有無や深達度を一致させても,中分化腺癌の方が高分化腺癌より低かった.
(中略)
1974年から1981年までの,横浜市立大学第2外科で切除が行なわれて,5年以上経過した大腸癌408例(結腸癌133例,直腸癌275例)を対象とした.
(中略)
十分な症例数がある高分化腺癌,中分化腺癌,粘液癌について生存率を比較すると,高分化腺癌では76.6%,粘液癌では61.1%でいずれも高く,中分化腺癌では32.5%で低かった(P<0.05).

大腸癌の組織型と治療成績

スマートフォンって便利だね。バスの座席で、ハンカチを何度かそっと目に当てた。

引用元にあった「KRAS遺伝子変異」が何を意味するのかわたしにはわからないし、特に2つ目の古い論文は今現在においてどこまで参考になるかも定かではないけれど、いずれも次回の通院で先生に確認する気はない。なぜなら「がんの状態を知る」のは「自分がとるべき行動を知る」ための手段に過ぎず、そして、その目的ならすでに果たされているからだ。

「でも、気にしなくていいよ。」

わたしにとっては、メモにあった、この言葉こそがすべてだ。抗がん剤治療を続けながら、このまま変わらず日々を送る。とるべき行動なんて、ただ、それだけだ。

先生がこれまでがん腫瘍のタイプについて触れなかった配慮を思ってか、どうせわたしが調べるだろうと案じてメモを渡してくれた看護師さんの優しさに対してか、あるいは親への申し訳なさからか、それとも死への恐怖なのか、もう、自分が何に泣いているのかわからなかった。

AirPodsから流れる『ディズニー・ハーモニー・イン・カラー』では、ズートピアのキャラクターが「Try! Everything!」と繰り返し歌っていて(病院の行き帰りは、なぜかだいたいディズニーのプレイリストを聴いている)、そのやたらとポジティブなフレーズに対して、うるせぇなと無性にイライラした。

けれど、理不尽すぎる苛立ちを感じるのと同程度には、まあその通りだよなぁ、とも思う。すべてを試してみよう、たくさん挑戦してみよう、やれることはやってみよう。トライ・エヴリシング、冷静になってみればいい言葉なのでは? そもそも、偶然流れてきた曲の歌詞にここまで情緒を乱されるのは、あまりいい状態じゃないのかもしれない……とようやく気づき、右耳のAirPodsを2度タップして次の曲にスキップした。『ハピネス・オン・ハイ』が流れ出したので一瞬テンションが上がったけれど、「みんなのハピネスがここにあるよ! ハハッ」というミッキーの能天気なセリフに対して、苛立ちが再燃した(いい曲なので最後まで聴いた)。

しかし、ミッキーは正しい。わたしのハピネスはここにある。というより、むしろ、ここにしかない。わたしは今の自分が置かれた場所をできる限りハピネスで満たす必要がある。そのために、わたしはこのまま日々を送る。生存率が何%だろうが、わたしがやることは変わらない。ただ、今日できることをやるだけだ。

今のなんでもない日常そのものが、わたしにとってはトライ・エヴリシングであって、だからわたしは今日もこの後シャワーを浴びるし、読みかけの小説『アンソーシャルディスタンス』を読むし、処方された薬はすべて飲む。夜に飲むだけでも、抗がん剤のカペシタビンを含めて8種類もある。そして明日はいつも通りに仕事をする。えっ、結局トライ・エヴリシングに帰結するの? ディズニーってすごいな。

もっと大変な人がいるのだからとか、あるいは若いのに可哀想だとか、もし誰かにそんな言葉をかけられたとしても、わたしにとっては取るに足らない。わたしは主観でのみ生きる。何度だって繰り返す。昨日までとなんら変わらず、自分が今日できることをやるだけだ。

AirPodsからはずっとディズニーの明るい歌が流れている。わたしはバスの車窓から、にじんだ街路樹を何本も見送った。

(金曜更新☆次回は4/11公開)

 ep.23
腹から金玉 39歳、目が覚めたらオストメイト

ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。

プロフィール

かわむらまみ

ライター

1985年生、都内在住。2024年5月にステージⅢcの大腸がん(S状結腸がん)が判明し、現在は標準治療にて抗がん剤治療中。また、一時的ストーマを有するオストメイトとして生活している。日本酒と寿司とマクドナルドのポテトが好き。早くこのあたりに著書を書き連ねたい。

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5年後の生存率が30%台だとわかってしまったが、気にしないことにした