腹から金玉 39歳、目が覚めたらオストメイト ep.26

オストメイトだけど銭湯に行きたい

2024年7月12日(金)の記録
かわむらまみ

ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。

復職してやがて1ヶ月、そろそろ身体が石化し始めてきました。

肩こり、腰痛、眼精疲労。デスクワーク不調のオンパレードを通り越してエレクトリカルパレード。1日6時間のリモート勤務でこの有り様。がん云々は関係なく、単にわたしが「そういう歳」というだけの話かと思われる。

こんなときはスーパー銭湯やサウナへ行くのが定石だったのですが……行けないんですよね〜。お腹から金玉が生えているので。

オストメイトになる以前は、月に1、2回は銭湯やサウナを利用して、心身ともに疲れをリセットしていた。特にここ1年ほどは「サウナが趣味」と言っても差し支えなかっただろう。しかし、5月にオストメイトとしてバージョンアップして以来、趣味やリフレッシュの手段がいきなりすべて断たれてしまった。これは由々しき問題である。

いや、もちろん行けるっちゃ行ける。当然のことながら、オストメイトにだって銭湯へ行く権利はある。でもさ、隣で髪を洗っている人のお腹から金玉が生えていたら、実際問題びっくりするでしょう。というか、金玉金玉言っていますが、実のところ腸だしね。しかも、ふよふよと踊る腸が2本も。バージョンアップ前のわたしだったら三度見するね。えっ、すご! 何それ!? ってなる。めちゃくちゃ失礼。でも、ごめんなさい、それでもやっぱりチラチラ見てしまうんじゃないかと思う。だって、わたしはオストメイトの存在を、自分がなるまでまったく知らなかったから。

知っていれば「ああ、あれか」で済むことでも、知らないことによって過度な興味や困惑、不安が引き起こされてしまうケースは、世の中少なくないように思う。わたしの場合、ひと昔前は、夜道を一人でブツブツ喋りながら歩いている人が怖かった。今はBluetoothイヤホンで通話をしているのだなとわかるので、特段なんとも思わない。

銭湯に話を戻す。わたしはこれまでにそこそこ銭湯の類へ通ってきたけれど、過去にオストメイトと思しき方とは一度もお会いしたことがない。きっと、ストーマを見せることへの抵抗感から、公衆浴場へは行かない人が多いのだと思う。あるいは、オストメイトの入浴を断る施設も、残念ながらまだ少なくないと聞く。傷や障害、手術痕などを理由にそのような差別があってはならない。わたしたちは、望めば誰でもいつだって、銭湯に、温泉に、サウナに行っていいはずだ。

その一方で、特にオストメイトにはやっかいな事情が多いのも、また事実だと思う。それは、ストーマが「自分で制御できない排泄器官」であることに所以する。とはいえストーマ装具さえつけていれば、基本的には排泄物が外に漏れ出す心配はない。それは湯船に浸かっていても同様だ。けれど、それはあくまで「基本的に」であって、どうしても例外は起こりうる。だからこそ、オストメイトは未然防止のために配慮しなければならない。たとえばストーマ装具を事前に新しいものに交換したり、食事を控えて排泄そのものを極力抑えたりとか。ただし、それができていないから漏れやすいというわけではないし、逆にできていれば必ず漏れないわけでもない。まあ、そういう原理はどんな人にも適用されるものだけれど。オストメイトじゃなしに大人になってから漏らした知人を、わたしは2名ほど知っている。

多くのストーマ装具が透明であることも、入浴にまつわる懸念のひとつだと思う。透明な装具はストーマや排泄物の観察がしやすいメリットがあると同時に、時としてそのメリットはデメリットに転じてしまう。自分の腸や排泄物を見せたい/人の腸や排泄物を見たいと考える人は、おそらくほとんどいないだろう。不透明の装具や入浴用の防水カバーもあるけれど、わたしは使い慣れた装具をほかのものに取り換えるのはちょっと怖いし、防水カバーは使い捨てなのに決して安いものではない。やっぱり、少なくとも「気軽に」公衆浴場に行くのは難しい。着たままで入浴が楽しめる「湯浴み(ゆあみ)着」がもっと普及してくれたらいいのに。

さて困った。わたしが石化する前に、代替リフレを早急に見つけなければならない。マッサージや整体なども考えたけれど、うつ伏せになれない時点で選べるメニューに制限が出てしまう。排泄物の入ったお腹の装具に圧をかけるわけにはいかない。あと、大丈夫なのかもしれないけれど、金玉たちを潰すのにも抵抗があるし……。そもそもこやつらがいなければ、こんな悩みを抱く必要だってなかった。金玉たちと仲良くなってから初めて、ちょっとお腹に帰ってほしいなぁ……と思っている。今日も元気にふよふよとご活動されているようですが、たまにはご実家(腹の中)に帰省されてはいかがですか?

とはいえ、今は治療費捻出のため節約に徹しなければならないので、呑気にスーパー銭湯やらマッサージやらへ行っている場合ではまったくないし、これでよかったのかもしれない。あと、金玉たちからすれば、わたしががんになったせいで不本意ながらお腹から引っ張り出されているわけなので、やはりここはわたしのほうが彼らを気遣わなければならないだろう。しょうがない。当面はストレッチとセルフマッサージ、あとは家の長風呂でやり過ごそう。

あなたたちがいることで行動の制限はあるけれど、ふよふよと動いている姿は見ていて飽きないし、ちゃんと元気で過ごしてもらえるように、できることはサポートしたいなって思っているよ。なんかあれだな、子育てってこんな気持ちなのかもしれない。違うか。

(毎週金曜更新♡次回は4月25日公開)

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写真は、2023年12月のフィンランド旅行時に訪れた市営サウナ、Löyly Helsinki(ロウリュ ヘルシンキ)にて。写真のラウンジのようなスペースでビールやカクテルを飲んだり、すぐ横のサウナ室で談笑したりと、日本のサウナよりもコミュニケーションの場としての側面が強くて、わたしはなんだか好きだった。フィンランドでは3つのサウナを巡ったが、男女別の施設には、裸の人もいれば水着姿の人もいた(男女混合のLöylyは水着着用)。入浴時のスタイルを問わないフィンランドのように、日本でも湯浴み着文化が広まってくれることを願う。

 ep.25
腹から金玉 39歳、目が覚めたらオストメイト

ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。

プロフィール

かわむらまみ

ライター

1985年生、都内在住。2024年5月にステージⅢcの大腸がん(S状結腸がん)が判明し、現在は標準治療にて抗がん剤治療中。また、一時的ストーマを有するオストメイトとして生活している。日本酒と寿司とマクドナルドのポテトが好き。早くこのあたりに著書を書き連ねたい。

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