拙著『羽生結弦は助走をしない』を発表してから、自分では予想もしなかった数の読者の皆さまにお読みいただき、物書きとしてこれ以上ない幸せを味わわせていただきました。
2015年に肝臓がんが見つかり、2018年に大きな手術をして、2020年の春には、こちらの想定を超えるスピードで、骨や肺、リンパに転移していました。
自分なりに戦ってきたつもりですが、そろそろ幕を引くタイミングかな、と。
今までお読みいただき、本当にありがとうございました。
思えば「高山真」のキャリアは
「読んだ前と後とでは、読者の皆さんの目に映る景色、世界が少しだけ、それもポジティブな方向に変わっている…。そんなものを書きたい」
という思いから始まりました。
恋愛でも、ファッションでも、フィギュアスケートでも、書くときの動機は同じでした。もし、その「思い」が少しでも実現化していたら、これほど幸せなことはありません。
フィギュアスケートは、選手それぞれが胸に抱く「美」を、氷の上で現実のものとすべく格闘する、そんな孤独で激しいスポーツだと思います。
選手ひとりひとりが、孤独に耐えながらそれぞれの「美」を作ろうとしているのなら、それを見て、書く仕事についている私は、何をすべきだろうか…。
それぞれの選手のオリジナルな美、オリジナルな努力を、可能な限りフラットな視線、えこひいきのない視線で見て、それを文章にすること…と、自分なりに最大限の努力をしてきたつもりです。
ここから私は、すでに召されたレジェンドスケーターの演技を会場で眺め、こちらの世界の競技会を遠くからのぞく日々になるのかもしれません。
羽生結弦をはじめとするすべてのスケーター、スポーツという枠の中で自分の美を貫こうとするすべてのスケーター…。そして、そんなスケーターたちを一心に応援する、美しき観戦者、ファンの皆さま。
すべての人が、コロナが完全に収束した世界で、自らの美と自らの幸福を追い求められる…。そんな人生が全ての人に降り注ぐことを、陰ながら、しかし一心に願っています。
数々のご厚情、厚く御礼申し上げます。
高山真
※この原稿は、2020年9月24日にご執筆いただき、編集部にてお預かりしておりました。高山真さんには『羽生結弦は助走をしない』『羽生結弦は捧げていく』、そして連載で多くのご執筆を頂きました。平昌で見上げた美しい青空、小雨降る代々木の帰り道……いくつもの試合をともに観戦し、フィギュアスケートの話をたくさんさせていただきました。高山さん、どうぞ安らかにお眠りください。残された本を、メッセージを、我々は大切に守ってまいります。心からご冥福をお祈り申し上げます。
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『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。
プロフィール
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。