カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第10回

なぜ、ドラマ『SKYキャッスル』が韓国を知るうえで重要と言われるのか?

――「上流階級の妻たち」がモンスター化する、その理由

伊東順子

ドラマの中の嘘と現実社会での実話

 ところでドラマ『SKYキャッスル』を熱心に見たのは、大人たちだけではなかった。中学生や高校生にとっても同世代が登場する物語であり、当事者である子どもたちが見てもリアルな部分があったようだ。

 「それにしてもお母さん、みんな嘘ばかりで、何も信じられないね」

 中学生の娘にそう言われたと、友人は苦笑していたが、たしかに登場人物たちは実にわかりやすい嘘をつく。「いくらなんでも、こんなすぐバレるような嘘をつくかな?」というのもあるのだが、実はそれが実話だったりもする。このドラマの面白いところだ。特に印象的だったのは、「ハーバード大学に通っている娘」の話。これを見ながら、私は実際にあった事件を思い出した。

 それは2015年のこと、あまりにも不思議だったので、はっきりと覚えている。最初のニュースでは「アメリカ在住の韓国の天才高校生がハーバード大学とスタンフォード大学の両校から入学を認められ、2年間ずつ両方の大学に通うことになった」ということだった。アメリカの受験制度では、複数の大学から合格通知をもらうのは普通のことだ。しかし、2つの大学を2年ずつ通うなどという話は聞いたことがない。

 そうしているうちに、韓国にいるお父さんまでがインタビューに登場して、喜びを語っていた。そのお父さんはメディア関係者で、ある程度社会的地位にある人だった。まさか実名で嘘をつくことはないだろうとも思い、なんとも不思議な気持になったのだが、私と同じ疑問を持つ人は少なくなかったようだ。そこで韓国国内の新聞社が両大学に取材したところ、「合格通知書は偽造された」との回答が出され、合格そのものがウソだったことがバレてしまったのだ。

 お父さんは知らなかったのだろう。痛恨の謝罪コメントを発表したが、まあ悲惨だった。この件は韓国社会の受験熱がつくりあげた病理として、アメリカのメディアも取り上げた。それによれば、この学生は以前から成績などに関して、様々な嘘をよくついていたらしい。

 「親の期待に応えようとするあまりにに、嘘をつくようになったんでしょうね」

 その時に韓国の世論は、嘘をついた学生よりも、そうさせてしまった親の責任を追及し、さらにその根っこにある韓国社会の風土を問題にしていた。

 ドラマであるからデフォルメはされているものの、『SKYキャッスル』にはあちこちにそんな実話が散りばめられている。試験問題の流出なども実際に起きた事件だし、何よりも受験によって親子関係が歪んでしまう事例は枚挙にいとまがないのだ。

 

韓国の親たちがモンスターになる理由

 韓国を知るためには、ぜひ『SKYキャッスル』は見るべきだと、韓国人自身が言う。このことの意味はなんだろう? 急速に発展した経済など外観的にきらびやかでも、その内側では互いが猟銃を構えたような状態が続いている。私自身が思うのは、これは日本への警告かもしれないということだ。つい数年前に日本も入試制度改革をするといって、英語の外部試験や、筆記重視の統一試験が検討されたが、いずれもうまくいかなかった。またAO入試や指定校推薦などの「推薦入試」も増えてきているが、むしろ東大や京大などのトップ校ではその比率は抑えられていて、そこは韓国とは逆である。

 決して良いことではないのだろうが、日本ではまだまだ暗記中心の受験対策が行われている。韓国は先にそこから脱却しようと頑張ったのだが、その10年余り後の結果は「さらなる競争の激化」だった。特に「ポートフォリオ」という魔物は、それ専門の受験塾やコーディネーターの出現により、より不公平に、受験に経済格差を持ち込むことになった。そして皮肉なことに、経済的に恵まれ、社会的地位の高い人々も、その罠にはまった。それがドラマで描かれ、また現実社会でも起きた。

 ところで、韓国ドラのファンはよく知っていると思うが、最近の韓国ドラマは最終的には「和解」が訪れる。信じられないほどの意地悪や騙し合いがあっても、「悪人」は打倒されるか、反省して「善人」に変身して手を取り合う。そうやって人間についての希望を失わないようにする。そこには孟子に倣う韓国儒教の「性善説」がベースにある。ドラマ『SKYキャッスル』も例外ではなかったのだが、それはあまりにも力技すぎた。というか、予定調和にしても度を超えていたようだ。

 「これはないでしょう!」

 私自身も一緒に見ていた家族も驚いた最終回、それは我が家だけではなかったようだ。視聴者からの批判が殺到し、なんと大統領官邸の請願コーナーにまで抗議が挙がったという。それぐらい韓国の人々の関心は高かったのである。

 富裕層でも、エリート知識人でも、モンスター化してしまう韓国の教育制度。その根っこは李朝時代以前から続く科挙制度にあるというのはよく知られている。その宿痾をなんとかしたいと、これまで歴代政権は様々な努力を積んできた。

 独裁者といわれた朴正煕大統領の時代には、熾烈化する高校受験を解消するために「高校標準化」(学区制)が導入され、光州事件で悪名高い全斗煥大統領の時代には、学問における経済格差をなくすようにと「塾や家庭教師などの課外授業禁止」が法制化した。

 1987年の民主化以降は、独裁政権時代に比べたら教育分野も「自由」になったが、それでも「学習塾の営業時間制限」等の規制は行われた。そして2000年代に入ってからは、大学の入学試験そのものを廃止しようと、「AO入試制度」への切り替えが始まったのだが、それがさらなる競争の激化や不正の温床となってしまったのは、ここに書いてきたとおりだ。困った文在寅大統領は「AO枠の縮小」を意見したが、そちらもすぐにできるものでもなく、昨年の入試でもソウル大学の新入生の8割近くが「AO枠」での入学となった。

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター。編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房、斎藤真理子訳)の解説を担当。

 
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