宇都宮直子 スケートを語る 第21回

小さい子たち

宇都宮直子

 すべてがそうではないのだろうが、ロシアの人たちはなんだか、だいぶ「大まか」だ。
 たとえば、翌日に会う予定の人がロシアにいない。ドイツにいたり、キプロスにいたりする。
 ロシア語の通訳(私の親しい友人だ)は、電話、メール、インスタグラム、フェイスブックなど、あらゆる方法で連絡を試みる。
 携帯は何度掛けても、
「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません」
 という状況だ。
 仕方がないので、関係者に連絡を入れる。その結果、取材対象者が「今、飛行機に乗っている」と判明するのである。
 関係者はまったく動じずに、言う。
「帰国中だから、だいじょうぶ。間に合うと思うよ」
 ものすごく不思議なのだが、彼らはなんだかんだで、「間に合う」のだ。いったいどういう仕組みなのだろう。
 
 こうした乱暴にも似た大まかさは、ある種の強さにも繋がっていると、私は思う。たとえば、アレクサンドラ・トルソワの拠点の変更もそうかもしれない。
 彼女の動向は、当初スキャンダラスに取り上げられた。
 飛ぶ鳥を落とす勢いの「女帝」エテリ・トゥトベリーゼのところから、「皇帝」エフゲニー・プルシェンコのところへ移るのだ。騒ぎにならないわけがない。
 もちろん、世界的なニュースになる。二〇二〇年五月のことだった。
 しかも、騒ぎはそれで終わらなかった。彼女は一年後に、エテリ・トゥトベリーゼのところへ戻る。
 選手がコーチを変えるのは普通のことだ。責められるべきことではない。ただ、トルソワの動向には、正直驚かされる。エゴイズムを感じる。
 でも、だからこそ、彼女は天才なのだ。あるいは天才でいられるのだ。
 今年九月、彼女は四回転四種五本に挑み、すべてを成功させている。男子でさえ、そんなには跳べない。
 その構成で試合をしようと考える男子は、世界中に何人いるだろう。そうはいないはずだ。
 トルソワが世界ジュニアを二連覇していたころ、ジャッジからこんな話を聞いた。
「ロシアの小さな子たち、今はいいけれど、年齢を重ねて体型が変わってくると跳べなくなると思う。そうなると、表現力が足りないから……」
 あまり脅威ではないというニュアンスだった。
 だが、どうやらそれは見当違いだったようだ。トルソワは一七歳になっても進化し、ジャンプを跳び続けている。
 フィギュアスケートは、決してジャンプだけの競技ではない。しかし、このままでは誰も彼女には勝てないだろう。そういう域に、トルソワはいる。

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 第20回
宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

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プロフィール

宇都宮直子

ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また4月には『三國連太郎、彷徨う魂へ』が刊行されている。

 

 
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