韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第1回

またしても世界的な大ヒット、ドラマ『今、私たちの学校は…』

しかし韓国国内の評価は分かれる。そしてホラーは苦手な人への特別解説
伊東順子

高校が舞台でありながら、高校生は見てはいけないドラマ

 とはいえ、高校生が全て純粋で完全に善良なわけではない。ドラマでも「校内暴力」の問題は重大なテーマとなっている。ここで扱われるような「校内暴力」を、日本では「いじめ」という言葉で表現することも多い。韓国でも90年代までは日本語をそのまま利用した「이지메」という言葉を使っていたこともあったが、今ははっきりと「暴力」と規定しているし、ドラマに登場する「校内暴力」の描写もまさに「暴力」そのものだ。集団で一人に対して連続される嫌がらせや暴力、また女子生徒への性的な暴力や脅迫などの行為も、非常にリアルに描かれている。

 ゾンビによる残酷シーンよりもむしろ、生身の人間がする現実の暴力の方が恐怖である。見る側がそれを感じることは、つまりドラマの演出的には成功しているのだろう。

 「この世が地獄の子にとって、すでに周囲はゾンビだった」

 これは、ウィルスの開発者の発言だ。

 だとしても、こんなにあからさまでいいのだろうか? 

 心配になるのは私だけではないだろう。だから韓国でこのドラマはR18指定となっている。18歳以下は観覧不可、つまり高校が舞台のドラマでありながら、実際の高校生は見てはいけないドラマなのである。

 配信の場合はあまり意識されないのだが、映画館や地上波ドラマと同じように作品にはそれぞれ「等級」がある。子どもや青少年への悪影響が認められば、それは12、15、18歳などで年齢を区切って観覧不可となる。『今、私たちの学校は…』は12月1日の韓国政府文化観光部傘下の映像コンテンツ等級委員会で「青少年観覧不可」(R18指定)が決定された。理由は以下のとおりである。

 「繰り返される殺傷シーンは刺激的であり、極めて暴力的である。また暴言や卑俗語の使用頻度も高い。恐ろしい姿のゾンビたちが人々を攻撃する場面、流血や切断された死骸などの場面も多い。さらに制服姿の青少年の喫煙、学校内での暴力や自殺などのシーンは、いずれも具体的かつリアルであり模倣の危険性がある……」(映像コンテンツ等級委員会)

 制作側にとって、それはすでに織り込み済みだろう。韓国の放送局ではなく、ネットフリックスのオリジナル作品として製作する理由は潤沢な資金もそうだが、表現の幅が広がることにある。高校を舞台にしたドラマが高校生閲覧不可とは何か違うような気もするのだが、「今、私たちの学校がどうなっているか」を知る必要があるのは「大人たち」だと言うのが制作サイドの意図なのだろう。

 とはいえ、実際には「視聴年齢の制限」など、ほとんど意味がないだろう。それはすでに『イカゲーム』などで実証済みだ。中高生どころか小学生も見ており、それに対する親世代の憂慮の声も大きい。残虐シーンもさることながら、やはり卑俗語や校内暴力、特に性的暴力のシーンが大きな議論になっている。

 ここで留意すべきは、子どもたちへの悪影響といった次元に留まらない。むしろ大人たちが問題である。

 「地獄のような現実を明らかにするという美名のもとに、残酷に捨てられ、殺され、墜落する若者たちの姿をエンタメとして消費しているのではないか」(2022年2月25日付『京郷新聞』)という、テレビ評論家のキム・ソンヨン氏の意見に同調する人も多い。この作品に限らず、最近配信が始まった『未成年裁判』(ネットフリックス)なども含めて、「ティーンエージャーの苦しみを成人向けジャンルとして楽しむこと」を警戒する声も少なくない。

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プロフィール

伊東順子
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』『続・韓国カルチャー 描かれた「歴史」と社会の変化』(集英社新書)好評発売中。
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