「疎外感」の精神病理 第5回

超高齢社会と疎外感

和田秀樹

家族と同居していても疎外感という問題

 では、家族と同居していれば疎外感を覚えないのかというと、そうとは言えない問題があります。
 実際、家族との同居率の高い福島県の調査では、自殺した高齢者の多くが家族と同居していたという調査結果があります。
 私の知る限り、家族と同居している人のほうがうつ病になりやすい印象も受けています。
 うつ病という心の病の大きな原因として、罪悪感というものが古くから知られています。
 自分が人に迷惑をかけているというような罪悪感が、人間をうつにするのです。
 日本特有の心の病とされる対人恐怖も、人が怖いというより、自分の顔や視線が人を不愉快にさせているという罪悪感が、人に会うのを阻害するとされています。
 一人暮らしなら、確かに孤独かもしれませんが、人に迷惑をかけていると思い悩む必要はないでしょう。
 しかし、お金も稼げず、だんだん身体が弱っていく高齢者は、「家族に厄介をかけている」「家族に迷惑をかけている」「自分のせいで娘や嫁が家事や子育てを十分できない」「自分の世話のために家族が仕事をやめた」などということになると、その罪悪感はさらに増幅するわけです。
 確かにこの罪悪感は遠慮などからきているのでしょうが、見方を変えると、家族に素直に依存できない病理でもあるということです。精神科医の土居健郎先生にいわせると「甘えられない」病理ということになります。
 要するに、家族が自分を愛してくれていると素直に思えれば、そんなに遠慮する必要はないということです。
 子どもの甘えというのは、自分が無条件に愛されていると思えるから、ギブアンドテイクのギブをすることなしに、親からいくらでもテイクできるという心理です。土居先生は、この甘えを経験することで、人間を素直に信じることができるし、言いたいこともいえる「自分」になれると考えました。この「甘え」の経験がないと、人に嫌われることを恐れ、言いたいことも言えなくなってしまう、そして、周りに合わせてしまう。つまり、「自分がない」状態になると土居先生は考えたのです。
 こういう、家族の世話になることに罪悪感を覚える高齢者も、自分が無条件に愛されているという実感が持てないのでしょう。
 だから、家族と同居していても、罪悪感に苦しみ、どうせ自分は邪魔者だとか、生きる価値がないと感じてしまう。
 これはまさに疎外感の病理と言えないでしょうか?

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「疎外感」の精神病理

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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