「疎外感」の精神病理 第5回

超高齢社会と疎外感

和田秀樹

嫌老社会と疎外感

 日本の産業界全体が元気な高齢者をないがしろにしている話を書きましたが、これは高齢者専門の精神科医である私のひがみかもしれません。しかし、社会全体が高齢者を嫌う風潮がある印象も受けます。
 シルバー民主主義という言葉があります。
 有権者のうちの高齢者の割合が4割に増え、さらに彼らの投票率が高いために、政治が高齢者を優遇し、社会保障費が増大するということを批判したものです。
 確かに高齢者が増えるのですから社会保障費が増えるのは当然のことですが、長年年金を納めてきたのに、勝手に受給年齢が引き上げられるののどこがシルバー民主主義なのかと言いたくなります。
 保育園の待機児童にしても2021年4月現在の国からの発表では、昨年度の半分以下の5634人まで大幅に減少しています。いっぽうで2019年度の厚生労働省の資料によると特別養護老人ホームの待機者数は約30万人です。しかも要介護3以上でないと申し込みを受け付けなくなった上での数で、家族が徘徊で困っていても、本人が歩けるために要介護1などになってしまうとその申し込みもできないのです。
 自殺に追い込まれる家族もいるというのに、高齢者の介護施設は増やさず、保育園だけは一生懸命増やすことの、どこがシルバー民主主義なのでしょう。
 実際、1970年代の交通戦争のときに大量に増やされた歩道橋にしても、エスカレーターやエレベーターがついていることはほとんどありません。
 あるいは、若い世代が交通事故を起こしても、飲酒運転でない限りまずニュースにしないのに、高齢者だと大々的に取り上げ、世界でも例を見ない形で高齢者から免許返納をせまり、高齢者だけに認知機能テストを強制しています。
 コロナ禍でも高齢者のためにほかの世代ががまんしろという強要があり、その反発は小さくありません。実際は老い先短いのに楽しみを奪われている高齢者は多く、それへの同情の声はまったくといってありませんでした。
 テレビの作り手に高齢者が参加できないことをいいことに高齢者を嫌う世論が形成されていると私は考えているのですが、残念ながらこれはさらにひどくなると私は予想しています。
 というのは、高齢者が多くなかった時代に公共事業などで莫大な借金(これも高齢者のせいにすることも珍しくありませんが)を抱えた中、高齢者が増えることで医療費や社会保障費が増えると、給料から引かれる社会保障費がどうしても増えます。また消費税を上げるときも高齢者への支出を言い訳にするでしょう。
 若い世代にとっては、なぜ高齢者のために自分たちが苦しい生活をしないといけないのだと怒るのは当たり前のことになるのもわかります。
 いずれにせよ、高齢者の消費が社会を支えているというのも無視されて高齢者が社会の邪魔者という風潮が強まれば、高齢者の居心地が悪くなって当然です。
 高齢であるだけで肩身の狭い思いをして、深い疎外感を抱える高齢者が今後も増えていくことを、高齢者専門の精神科医として、それが杞憂でないことを願うばかりです。

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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