「疎外感」の精神病理 第5回

超高齢社会と疎外感

和田秀樹

ホワイトカラーの老後と疎外感

 要介護レベルになる前の元気な高齢者が生きづらいという問題も高齢者の疎外感を考える上で重要な問題でしょう。
 現在の高齢者の多くは、現役時代に、第一次産業や第二次産業に従事していた人たちでなく、第三次産業の従事者です。
 植木等が無責任サラリーマンを演じていたのは昭和30年代の後半ですが、役名は平均(たいらひとし)。つまり平均的サラリーマンという意味でしょう。
 植木さんは大正末期の生まれですが、設定上は昭和一桁世代ということになっています。三流とはいえ大学卒で、ゴルフに興じ、夜は銀座に繰り出します。もちろん昼の仕事はホワイトカラーです。
 そういう人が高齢者の仲間入りしたのは、昭和末期くらいからですが、今の高齢者の多くも元ホワイトカラーとその配偶者ということになります。
 しかし、たとえばテレビ局の番組編成を見ていても、高齢者は早起きで、深夜番組などみないということが前提となっていますし、高齢者向けのサービス業、娯楽、エンターテイメントはあまり勃興していると言えません。高齢者が事故を起こすと、免許を取り上げる方向になるばかりで、高齢者向けの安全な車を開発しようとか、自動運転をもっと進めていこうという流れにほとんどなりません。
 私自身、『70歳が老化の分かれ道』(2022年トーハン、日版新書ランキング1位)『80歳の壁』(何カ月も続いてトーハンの書籍全体のランキング1位)というベストセラーが続いたのですが、いろいろな出版社から執筆依頼が殺到して、人生の中でいちばん多忙な日を迎えることになったものの、テレビ局やラジオ局が高齢者向けの番組を作りたいから協力してくださいとか、民間企業が高齢者向けの商品やサービスを出したいので参加してほしいとかいう声はいまだに一件もありません。
 人口の3割が高齢者になり、その85%は自立高齢者なのに、どれだけないがしろにされているのかと唖然としています。
 定年は徐々に延長されていますが、今のところ65歳前後に長年勤めてきた会社に別れを告げることが多いと思います。このような形で元気な高齢者向けのサービスがあまり用意されていない現状の中、会社人間だった人の疎外感はよく聞く話です。
 飲み相手も、麻雀相手も、ゴルフ相手も会社の同僚しかいないし、仕事以外の人間関係を作ったことがないため、上手にコミュニティにとけこむことができなかったり、新たな仲間作りができない人は、引きこもりがちの生活を送ることになりがちです。
 生物学的な観点からみると、加齢に伴い、男性ホルモンが減少してくると、意欲が低下し、人付き合いがおっくうになってしまうという側面もあります。
 実は、女性の場合、閉経後男性ホルモンが増えてくるので、以前より社交的になり、意欲的になることはむしろ通常のパターンなのです。実際、高齢者の団体旅行などをみているとほとんどが女性客です。
 妻しか頼ることができない夫は、もとの関係がよければ、ラブラブでしょっちゅう旅行を楽しむなどできるのでしょうが、そうでない場合、社交的になった妻から邪魔にされ、ぬれ落ち葉といわれることになります。ひどい場合は、熟年離婚をつきつけられます。
 そうでなくても孤独に陥りがちな元ホワイトカラーの高齢者が、妻や家族に相手にされなければ、相当な疎外感をいだきながら、引きこもり生活に近い状態に陥るのは想像に難くありません。とくに元の社会的地位が高かった人ほど、プライドが邪魔をして、高齢者の仲間を作るのが困難です。
 さらにいうと、熟年離婚された男性はなおのこと深い孤独に陥るでしょう。
 そして、多少お金があっても、高齢者が楽しめる場がほとんど用意されていないことも彼らの疎外感を深めてしまうと私には思えてなりません。

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「疎外感」の精神病理

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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