「疎外感」の精神病理 第5回

超高齢社会と疎外感

和田秀樹

役場不信と疎外感

 素直に福祉に頼ろうというのをなかなか高齢の方に受け入れてもらえない背景に、人の世話になりたくない、迷惑をかけたくないという「かくあるべし思考」もさることながら、役場不信とか、公に対する不信も重要な要素のように思えます。
 子どもに迷惑をかけたくないという心理から、終の棲家に老人ホームを自分で選ぶ人は確かに以前より増えてきました。
 しかし、ホームには入りたくないと思う高齢者もまだまだ少なくありません。
 とくに、ある程度の金額を支払う有料老人ホームならまだいいけれど、公的な老人ホームでは嫌だと思う人が多いようです。
 認知症や寝たきりになったら仕方ないけれど、それまではかなり足腰が弱っていても嫌だという方も珍しくありません。
 アメリカ留学中に現地の特別養護老人ホームに相当するナーシングホームを見学したり、実習のような形でグループセラピーを定期的に行っていたことがあるのですが、日本と比べるとまさに悲惨と言っていい状況でした。それでも入居している方々は「ここは世界一のアメリカなのよ、これに文句を言ったら、わがまますぎる」などと言って、たとえば日本や北欧の福祉を知らないために、それにむしろ感謝しているのには驚かされました。
 それと比べると、日本の特別養護老人ホームははるかにアメニティもよく、またスタッフの対応もよいのですが、私の留学から30年以上経った今でも認識が大きく変わった印象を受けません。
 介護保険が始まったのが2000年ですから、20年以上経つわけですが、ずっと高齢者福祉をみてきた私の目からみて、いちばん変わったのは介護に従事するスタッフでしょう。
 昔は建物だけが立派で、高齢者に「~~ちゃん」などという呼び方が当たり前にされていたのですが、今は彼らの要介護高齢者に対する接し方は本当に見事です。プロとはこういうものだと感じさせられることが多いし、おそらく家族ではまねができないでしょう。
 しかし、施設に入るとみじめな暮らしになると信じている高齢者や家族が実に多いのです。
 実は、この不信感が高齢者本人だけでなく、高齢者と介護家族というユニットの疎外感も生んでいます。
 周囲はあてにならないからと、自分が頑張ることで親や配偶者の介護をしようとして立ちいかなくなり、いわゆる共倒れの状況になるのです。
 はっきりと遺書のような形で介護が原因とわかる自殺は年間200~300件起こっているのですが、私のみるところ介護うつのための自殺はもっと多いでしょう。
 介護心中や要介護者を殺してしまうという形の介護殺人は年間50件は認知されています。
 殺人事件が年間1000件も起こらない国で、その5%が介護にまつわるものなのです。
 疎外感による人間不信を脱却して、もっと素直に人に頼れればいいのにと思いますが、それは決して簡単なことではないのでしょう。

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「疎外感」の精神病理

コロナ孤独、つながり願望、スクールカースト、引きこもり、8050問題……「疎外感」が原因で生じる、さまざまな日本の病理を論じる!

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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