ニッポン継ぎ人巡礼 第2回

ひらかれた産地、「ものづくりの聖地」へ

甲斐かおり

手工業は、伝統工芸の流れを受け継ぎながら、技術改良をかさねて量産の時代を支えてきた日本の底力の一つだ。ところが流通や小売の立場が強くなり、職人やつくり手の技に価値を置くものづくりが続けにくい構造ができあがってしまっている。後継者不足と高齢化が進むなかで、個々の事業者や工房が新たな形でつながり「ものづくりの聖地」を目指す地域がある。

福井県の丹南エリアは、漆器、和紙、打刃物、箪笥、焼物の伝統的工芸品の5産地であり、かつ眼鏡や繊維といった地場産業が半径10キロ圏内に集まる、ものづくりの集積地だ。ここに今新しいものづくりの潮流が生まれ、これからの産地のあり方の一つを示す動きが始まっている。

(撮影/Tsutomu Ogino)

2021年秋。福井県鯖江市河和田で聞いた話に、耳を疑った。
「この5〜6年で30軒、ファクトリーショップなど新しい店ができているんです」

観光地や商業都市の話ではない。周囲に民家、田畑の広がる、普通の田舎まちである。

初めて鯖江市の河和田を訪れた時は、車を走らせながら本当にこの道でいいのかと不安になった。道路脇に「うるしの里通り」の看板を見つけてほっとしたほどだ。江戸時代から続く漆器の産地。ただしつくるまちであって売るまちではない。6年前には、お店らしいお店はほとんど見当たらなかった。

それがわずか数年で、河和田地区を中心に漆器やメガネなど20軒以上の工房がショップを始め、工房見学の門戸を開いているという。さらに広い範囲でみると鯖江、越前市界隈に30軒。予約すれば工房を見学できる。田園風景はなにも変わらないが、いつのまにか河和田にはおしゃれなショップやカフェもできていて、週末には若い女性が多く集まるようになっていた。

一体このまちで何が起きているのだろう?

(撮影/Tsutomu Ogino)


今に続く分業制

新たなイベント開催について河和田の職人たちに右から2番目の新山直広さんが説明している際の写真。その隣が谷口さん。(新山さん提供)

殺風景な会議室で、一人の青年が必死で周りを説得しようと話している。10名ほどの男性が興味なさそうに聞いている。後からふりかえばこれが岐路だった。
「うまくいくかどうかわからんけど、まぁやってみようや」
メガネ会社の社長であり、河和田地区の区長でもあった谷口康彦氏の一言で、その後が大きく変わった。

福井県鯖江市河和田地区は、越前漆器およびメガネの産地。地区内に関連の工房や工場がぎゅっと集積していて、市の就業人口の6人に1人がメガネ産業に従事している。メガネも漆器も、もとは貧しい農村の収入を増やすための手段だった。両者とも特徴として、分業制でつくられる。

1500年以上の歴史をもつ越前漆器では、漆器屋と呼ばれる産地問屋やメーカーが、木地をつくる木地師、下地・中塗り・上塗りをやる塗師、蒔絵などの加飾、塗装などそれぞれの職人に仕事を発注し、流れ作業で生産が進む。価格決定権は問屋側にあることが多く、何十年と携わってきたベテラン職人でも工賃制で仕事を請け負う。

(撮影/ittosakai)

一方、明治時代に始まったメガネづくりも同様。フレーム、材料、部品、加工、仕上げ…と、多いものでは200を超える工程それぞれを担当する専門業者が分かれており、いくつもの工程を経てメガネが完成する。「鯖江のメガネ」はメガネの産地として発展し、今では国産メガネの生産シェア9割を誇る。

バブルの最盛期にはおおいに儲かり、自社ビルを建てた会社も多かった。田園にぽつぽつと背の低いビルが建っているのはそのためだと地元の人が教えてくれた。

ところがバブル崩壊の後、市場には海外産の安価なメガネが増え、出荷額は最盛期の3分の1に落ち込み、事業所数も減っている。

漆器も需要が減り、事業所数はここ20年で半減。生産額は2005 年の120 億円から2017 年には49 億円程度まで落ち込んでいる。

そんな不景気のなか、このまちに移住してきた一人の奇特な青年がいた。新山直広さん。大学を卒業してすぐの頃だ。

新山直広さん(撮影/Rui Izuchi)
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プロフィール

甲斐かおり

フリーライター。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で昔の日本の暮らしや大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動、ライフスタイル、人物ルポを雑誌やウェブに寄稿している。Yahoo!ニュース個人「小さな単位から始める、新しいローカル」。ダイヤモンド・オンライン「地方で生きる、ニューノーマルな暮らし方」。主な著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス・2019年)『暮らしをつくる~ものづくり作家に学ぶ、これからの生き方』(技術評論社・2017年)

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