ニッポン継ぎ人巡礼 第2回

ひらかれた産地、「ものづくりの聖地」へ

甲斐かおり

「ものづくりの聖地」へ

数年前、河和田での取材で、新山さんや周囲の若い人たちが「この地域をものづくりの聖地にしたい」と真剣な面持ちで語り合っているのを聞いたことがある。じつはこの土地には十分そのポテンシャルがあった。

河和田を含む越前市、鯖江市、越前町の丹南エリアには、越前漆器、越前和紙、越前打刃物、越前箪笥、越前焼の5つの伝統的工芸品に加えて、メガネ、繊維といった地場産業が半径10キロ圏内に集まっている。そんな地域は日本広しといえど、ほかにない。

だから木工やメガネ、漆器に限らず、ものづくりに関心のある若い人たちがここに集い、マーケットが開催され、学び、働き、刺激しあって新しい商品や情報も多く発信される「ものづくりの聖地」のビジョンは、決して夢物語ではなかった。

現在のRENEWの開催範囲。越前市、鯖江市、越前町と市町を越えて、漆器、和紙、打刃物、箪笥、焼き物、メガネ、繊維といった地場産業が半径10キロ圏内に集まっている。(提供/RENEW実行委員会)

実際、河和田の漆器とメガネを中心に始まったRENEWは、こうした近隣のほかの産地も巻き込みながら、規模を拡大していくことになる。

2015年、第1回目のRENEWは、来場者数が1200人と初回としてはまずまずの結果を得た。来客数はまだまだながら、感度の高いお客さんたちに来てもらえたことで、出展者たちには手応えがあったという。

それが大きなうねりになり始めるのが、2017年の第3回、中川政七商店(*2)と共同開催をした年からである。眼鏡・漆器・和紙・打刃物・箪笥・焼物・繊維と7つの産地から111社の工房・企業・ショップが参加するようになった。

来場者数は一気に一桁増えて、4万2000人に。その後、4年目の2018年には延べ3万8000人。2022年3月の開催では2万6000人だった。いまや3日間で延べ 2万人が来場する、国内最大級の産地イベントになっている。

(撮影/Tsutomu Ogino)

(*2)1716年創業の麻織物の製造小売業に始まり、現在は生活雑貨工芸品の製造小売、工芸メーカーへのコンサルティングなども行う。


「これは産地の小さな産業革命だ」

RENEWの始まる前から鯖江市では「メガネの鯖江」のブランド力を上げようと、市をあげて全面的にバックアップしてきた。2009年の東京ガールズコレクションとのタイアップを皮切りに、市内のメガネ業界ではオリジナル商品を開発する動きも活発化した。

だがそうした動きに比べても「RENEWは別格。間違いなく今後の産地の在り方を変える」と言い切るのは、鯖江の前市長、2020年10月まで4期を務めた牧野百男氏である。

「鯖江市、越前市、越前町などの福井の丹南エリアにとって『伝統五産地』はほんとに大きい財産なんです。全国どこを見ても、5つの産地が集中して残っていて、眼鏡や繊維もあるのはここしかない。

何十年間も前から、行政でもこの5産地連携は悲願でした。私もずいぶん尽力しました。県の協力を得て伝統5産地の会までつくって、世界遺産登録を目指す運動もやってきた。でも全くうまくいかんかった」

牧野百男前市長(撮影/筆者)

組合同士のつばぜり合いや市町間の競争心、エゴがあってうまくまとまらなかったのだという。

「正直に言えば、悔しかったですよ。自分たち行政にはできんかったことがRENEWではあっという間。嫉妬したほどです。ああやっぱり民間はすごいもんやと腹の底から思いました。若い人らのパワーはすごい」

だが、長年牧野氏を見てきたある職員は「行政は黒子に徹したのだ」とも話す。

「行政は金も出さんし口も出さんというのが牧野前市長の方針でしたが、職員は黒子に徹して支援をしてきました。初回は行政職員が駐車場の案内をやったり看板の設置をしたり。今年も駐車場の除雪に行っていました。手足を動かす支援に徹してきたんです」

RENEWがそうした陰の支援に支えられてきた面は大きい。
一方で「行政や組合などの組織とは関係なく、個々の事業者が自主的に参加しているのが、一番の成功要因だ」と牧野さんは何度もくりかえした。

実際、RENEWのもっとも大きな特徴ではないかと思うのが、出展者を意図的に選んでいる点にある。河和田の民間事業者のなかでもセンスある若手や中堅どころのいるトップランナー21社を、事務局が独断と偏見で選んで声をかけた。

一般的に産業振興のイベントは、行政や組合主導で行われることが多い。すると平等性が求められ、皆のキャパの最低ラインにイベントの質を合わせざるを得ない。新山さんたちはそれでは熱量が薄まると考えた。

重視したのは熱量と志を共有できる仲間かどうか。自社のメリットだけでなく、産地のこと、公共性を考えて動くことができるかどうか。

少数精鋭のメンバーで、まずは産地全体を覆う空気感を突破する機運をつくる。その後に近隣市町やほかの産業とも広域連携し、機運の範囲を広げていったのである。

その結果、すべてが直接的にRENEWの影響ではないにせよ、新しく30ものファクトリーショップがオープンする気運につながった。

「大袈裟に言えば、これは産地の小さな産業革命だと思う」と、新山さんいう。

RENEW当日、漆琳堂の前。(撮影/Tsutomu Ogino)
次ページ RENEWを歩いてみた
1 2 3 4 5 6 7
 第1回
第3回  

プロフィール

甲斐かおり

フリーライター。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で昔の日本の暮らしや大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動、ライフスタイル、人物ルポを雑誌やウェブに寄稿している。Yahoo!ニュース個人「小さな単位から始める、新しいローカル」。ダイヤモンド・オンライン「地方で生きる、ニューノーマルな暮らし方」。主な著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス・2019年)『暮らしをつくる~ものづくり作家に学ぶ、これからの生き方』(技術評論社・2017年)

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

ひらかれた産地、「ものづくりの聖地」へ