RENEWの始まり
「前に衝突した相手からすると、火に油だったと思います。でも自分の思っていることはおそらく間違っていない確信みたいなものがあって。ブランディングの仕方次第で、このまちはよくなるって」
TSUGIとして独立したその年、新山さんは河和田漆器に関わる有志10人ほどで行われていた会「河和田とびら」で、ある提案をする。この会は谷口さんの呼びかけで地区の将来を考えるために、まちのリーダー的な企業が集まっていた。新山さんが衝突したメンバーとは異なり、Hacoaの市橋さんやUターンで戻った土直漆器の土田さんなどが参加していた。
この場で新山さんが提案したのは、工場見学のイベントを開催するというものだった。「オープンファクトリー」と呼ばれる、その日だけ工房をはじめ産地を公開して、多くの消費者に知ってもらう。新潟県燕市・三条市の「工場の祭典」などが先行して開催されていた。
「どうすれば産地に突破口が見えるかと考えたら、お客さんに直接このまちに来てもらうことじゃないかって思ったんです。お客さんが工房に来るなんて、それまでの職人の常識からすると考えられないカルチャーショック。少し荒っぽいやり方かもしれないけど、僕らが100万回言葉で伝えるより、実際に知らない人が工房に来た方が人は変わったりする」
目的は大きく二つ。一つは知られていない産地の認知度を上げること。お客さんに来てもらって、ファンになってもらう。そしてもう一つは、産地の内側、職人や問屋の意識を変えること。外から見てどれほど価値ある技術をもっているか。それに自分たち自身で気付いてもらうためのインナーブランディングだった。
ポイントは行政のお金を入れずに、自分たちの持ち出しでやる。やる気のある会社だけで熱量をもって開催する。
初めてオープンファクトリーの案を聞いたメンバーの反応はさまざまだった。
もともとものづくり関係のイベントは多く「またイベントか」といった反応もあった。自社でオリジナル商品を手がける土直漆器の土田さんなど「まぁ言ってることはわかる、やったらいいやん」という人がいた一方で、「自社製品がないんで、売るもんもないのに作業だけ見せる意味がわからん」という人もいた。
このとき、新山さんの提案を後押しし、みなを説得したのも谷口さんだった。「失敗してもいい、くらいの気持ちでまずやってみようや。一社持ち出し2万円くらいなら一回の飲み代を我慢すれば済む」。そう皆に声をかけてくれたことで、第一回目の開催が決まった。
イベントの名は「RENEW」。「再び始まる」「新しくする」「取り戻す」といった意味が込められている。
以前勉強会に参加していた漆器の関係者にも、声をかけた方がいい。谷口さんの助言で、新山さんは谷口さんとともに、2年前に居酒屋で衝突した相手も含めて、一軒一軒参加してほしい相手の元をまわった。
角物木地をつくる井上徳木工の井上さんはその一人だった。
「うちは分業制の中間仕事で自社製品があるわけじゃない。お客さんに作業を見てもらって、それでどうなるんやろうって。出展料まで払って、何のためにやるんかわからんかった。それでも協力してほしいってお願いしに来てくれたのは嬉しかったです。なのでやるからには3年間は協力しようと決めたんです」
2015年10月の3日間、RENEWは河和田地区の21社が、一社あたり2万円を持ち出す手弁当の形でスタートした。初日にみなで「エイエイオー」と手を上げる姿が写真に残っている。だが今その写真を見て新山さんは「みんな腕が上まで上がりきっていない」と笑う。半信半疑のまま参加した人もいた初回だった。
このイベントが、じわじわまちへ浸透するように人々の気持ちを変えていくことになろうとは、この時はまだ誰も想像していなかった。
次の世代につなぐ入り口に
第1回目からRENEWに参加した工房の一つに、ハヤカワメガネがある。
メガネ職人の早川善徳さんは現在64歳。率直でぶっきらぼうな物言いをする職人気質の人物だ。
「うちのようなメガネ屋は、つくっとる品もよそのもんやし、直接売れる商品はないで、じつは(RENEWに)参加しても何のメリットもないんやて」と当初は出展を渋っていた。大好きな釣りの時間が取れなくなるのも出展したくない理由の一つだった。
それでも「親方(発注元のメガネメーカー)が出るのに子方が協力せんわけにいかん」と渋々参加。だが始まってみると、河和田の中心部から離れたハヤカワメガネの工房まで若者が訪れ、熱心に見ていく人がいることにまず驚いた。「わざわざ来てくれる人がおるんなら、いい加減な説明はできん」とメガネづくりの工程を丁寧に説明した。
早川さんの工房には手工業の機械が何台も並び、ものづくりの濃密な雰囲気が漂っている。ボタン一つですべてが済む工場と違って、微妙な調整を手作業で続ける繊細で根気のいる仕事である。
朝から晩までこの工房に居座って見学するメガネ好きの若者もいた。「他に行けと言っても、ここの雰囲気が好きやと言うてな」。そして工房の壁に貼り付けてあった封筒を大切そうに差し出した。「最初の年にうちに来た子。こんな子もおるでよ」。
何枚もの便箋にぎっしり細かい文字が並んでいる。詳細を読むのは憚られたが、若い女性からの手紙で、どうしてもメガネをつくりたいからここで働かせてくれという内容だという。
「こういうのがRENEWやってよかったなと思う一つ。うちではとても雇えんけど、今この子は鯖江の別のメガネ屋で働いとる。いつか独立して自分のメガネをつくりたいって。そんな人が現れたらこの工場一式売ってもいいと思うんよ。そんな風によ、鯖江に人が増えたり、メガネ好きな子らに何か教えてやれるんならできることはしたい。ただもう今が最後よ。俺も歳取るからな」
RENEWへの参加に及び腰だった早川さんが、打ち上げの席では「参加してよかった」と涙ぐんだという。ちょうどこの時期、実の息子さんが跡を継がないと決まったばかりだった。若い人が自分の仕事に興味をもってくれる。自分のしていることを見てくれる人がいる。たったそれだけのことが、これほど人の気持ちを動かすものなのだと、多くの人が気付いた。
プロフィール
フリーライター。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で昔の日本の暮らしや大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動、ライフスタイル、人物ルポを雑誌やウェブに寄稿している。Yahoo!ニュース個人「小さな単位から始める、新しいローカル」。ダイヤモンド・オンライン「地方で生きる、ニューノーマルな暮らし方」。主な著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス・2019年)『暮らしをつくる~ものづくり作家に学ぶ、これからの生き方』(技術評論社・2017年)