ニッポン継ぎ人巡礼 第2回

ひらかれた産地、「ものづくりの聖地」へ

甲斐かおり

「考えたこともなかった気持ちが湧いてきた」

さらにRENEWが第1回、2回と続けて開催されるうちに、じわりと変化をもたらしたのが、産地の核となる中堅どころ、40〜50代の職人の意識だった。その一人が、前述の井上徳木工の井上孝之さん。角物木地屋の2代目で、今年54歳。漆を塗るお盆や重箱などの下地となる木地をつくる職人である。

「ここらの産地はほとんど分業制なんで、俺らのような職人は下請けで、メーカーから仕事を受注して木地をつくる。それが普通なんです。うちらが直接お客さんに販売するルートなんてまったくないのが当たり前で」

井上さんは高校を卒業後、あまり深く考えずに家業の木工所を継いだという。淡々と均一に同じものをつくるのが職人の仕事。そう思って疑わなかった。価格も発注側の言い値になることが多く、自分の仕事に価値を置かれていると感じたことはなかった。

井上徳木工の井上孝之さん。漆器の下地をつくる角物木地師。(撮影/Rui Izuchi)

「正直にいえば、新山とか周りの移住者がわかったように産地批判するのは面白くなかった。お前らに産地の何がわかるんやって思ってました。でも河和田町に移住してきた時からの知り合いだし、一回目のRENEWで出展してほしいと頼みに来てくれた時、できることはしたいと思ったんです。でも最初は職人としてまったくやる意味がわからんかった」

初回、せめてワークショップで出展料ほどは取り戻そうとカッティングボード(*1)をつくるプログラムを提供したところ、思った以上にお客さんが入った。さらに忘れられないのは、RENEWを通じて知り合ったデザイナー数名が遊びに来た際。2階にストックしてあった試作品の山を見せたところ、みなが食い入るように見入ったという。

井上徳木工、2階のストック部屋(撮影/Rui Izuchi)

井上さんの仕事の特徴は、お盆など角物の角がぴしっと整った、洗練された木のラインの美しさにある。それまでは、上から漆が塗られるのが当たり前で、木地は見えなくなる前提で下地をつくってきた。

(提供/井上徳木工)

だが少しずつ、井上さんの気持ちに変化が生まれていった。

「それまでは考えたこともなかったんやけど、自社の木工技術だけでつくったものを販売したいって気持ちが湧いてきたんよね。お客さんにつくり方を説明するだけじゃなくて、何か自分のところの名前のついたものをつくって売りたいなって」

嫌われていると思っていた井上さんから、TSUGIにロゴデザインの依頼の電話があった時、新山さんは「震えるほど嬉しかった」という。

「一度は嫌っていた自分に、必要だと思えばそうして依頼できるのが、徳さんのめちゃくちゃカッコいいところだとも思った」

ロゴマークを必要とする。それは自社ブランディングの第一歩でもある。

井上徳木工は第6回目にはRENEWラボという企画に参加してデザイナーと組み新しい商品を開発。井上さんの技術力を生かした、角が柔らかく婉曲した洗練されたフォームのトレイや重箱など、独自のプロダクトを発信するブランド「Lr」が生まれた。

井上さん(左)とトランクデザインの堀内康広氏(右)(提供/RENEW実行委員会)

「それでもやっぱり大変。これまでは後から漆を塗るつもりで木地をつくるので、そこまで形が整ってなくても漆でカバーしてくれるけど、これは形がそのまま見えるものやで、神経使うんです」

いまも仕事の大半は、問屋からの受注が占める。それで手いっぱいの時は、自社製品の製作は滞る。それでも直近のRENEW2021では数を揃えようと奮闘した。
美しいラインの重箱やトレイなどの木工品が、新作を含めて並んでいた。

(提供/RENEW実行委員会)
Lrの新シリーズ。角や丸のトレイ、木箱(撮影/Rui Izuchi)

(*1)まな板より堅い木でつくられる、パンやチーズなど食材を切るために使う板。そのまま食卓に並べられる。

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プロフィール

甲斐かおり

フリーライター。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で昔の日本の暮らしや大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動、ライフスタイル、人物ルポを雑誌やウェブに寄稿している。Yahoo!ニュース個人「小さな単位から始める、新しいローカル」。ダイヤモンド・オンライン「地方で生きる、ニューノーマルな暮らし方」。主な著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス・2019年)『暮らしをつくる~ものづくり作家に学ぶ、これからの生き方』(技術評論社・2017年)

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