ガザの声を聴け! 第35回

第2のナクバ(大災厄)

清田明宏
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最初に書いたが、この原稿を書いている時点(2018年1月29日 )で、パレスチナをめぐる状況は非常に厳しい。そして、全く予想不能だ。エルサレムをイスラエルの首都と認定する方針を示した時点から米国の政治的影響力はなくなった、という意見もあるが、実際は違う。米国の資金援助は非常に大きく、その継続か否かはパレスチナ自治政府にとって死活問題だ。これは我々UNRWA「ウンルワ」にとっても同じである。それがパレスチナの現実であり、世界の現実だ。

八方塞がりのこの状況の中で、国際社会がパレスチナのために何ができるのか、この問いは重い。パレスチナ人・パレスチナ難民の命が関わっているからだ。もちろん、米国に対して対パレスチナ支援・対UNRWA「ウンルワ」支援の重要性を強調していくことは大事だ。パレスチナ自治政府に対しても、カイロで行ったパレスチナ自治政府のファタハとガザを実効支配するハマスの和解合意の早期実現を支援・要請することも重要だ。そして今まで以上に、国際社会がパレスチナ・パレスチナ難民の支援を続けていくこと、増強していくことが必要だ。しかし、残念ながら現状を直ちに解決する方法は、今は無い。国際社会も、米国が対パレスチナ支援をどうするか、そして2018年初頭に米国が出すという新たなパレスチナ支援の政策を、固唾を呑んで待っている。これも世界の現実だ。

私にはやるべきことがある。たとえ米国の資金援助が止まっても、国際社会がパレスチナ難民支援を忘れても、私にはパレスチナ難民の支援を続ける義務がある。できることを最大限続けていく責任がある。私に何が本当にできるか、それはわからない。ただ、UNRWA「ウンルワ」の先輩はもっと厳しい状態を乗り切ってきた。

1967年、第3次中東戦争が起こった。たった6日間で終わったため6日戦争とも呼ばれるこの戦争の戦禍は、甚大であった。ガザとヨルダン川西岸がイスラエルに占領されたのだ。その時私のUNRWA「ウンルワ」の先輩の気持ちはどうだっただろうか。間違いなく深い絶望感に覆われていたはずだ。それでも彼らはサービスを提供し続けた。パレスチナ難民の命を守り続けていた。

1950年の設立から68年間、何度も戦争があり、幾つもの危機があった。しかしその間、一度もその活動を止めたことはない。それを今止めるわけにはいかない。UNRWA「ウンルワ」の先輩たちに申し訳ない。アマルさんたちの声に応えなければならない。ガザの人々の声を聴いた私の義務であり、責任だ。

激動で始まった2018年、揺れる心を決意で支えながら、この原稿を書いている。次回、どうなっているか、全くわからない中で。

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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第2のナクバ(大災厄)

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