兼業ファーストレディを続ける決断
ニューヨーク・タイムズによると、ジル・バイデンに対するカレッジでの生徒からの評価は、かつてのセカンドレディ、現在のファーストレディであるかどうかに関わらず、「ドクターBは、採点が厳しい」ということで有名だそうだ。
筆者がジル・バイデンを間近で見たのは、2020年1月、アイオワ州での党員集会の前だ。党員集会は、各州で民主党、共和党の候補を一本化する予備選挙のひとつ。選挙年の最初にアイオワ州で行われるため、全米の注目を浴びる。
その日のジョー・バイデンの集会に行ったところ、他の民主党候補よりはるかに少ない人数しか集まっていなかった。ピート・ブタジェッジ元インディアナ州市長(現運輸長官)や、バーニー・サンダース上院議員に比べ、バイデン集会があまりに盛り下がっているのに驚いた記憶がある。
その中でジルは、簡単に夫を紹介した前座であったが、もっと彼女の話を聞きたいと思うオーラがあった。さまざまな生徒にリーチできる教育者で、人々を惹きつけることができる人物という印象を植え付けた。
ファーストレディとして、彼女はすでにいくつかのプロジェクトを発表している。
■ 退役軍人に対する支援プロジェクト
■ ミシェル・オバマが、主に黒人など低所得層の子供が健康的な食生活をするようにホワイトハウス内の庭園に立ち上げた「ホワイトハウス・キッチン・ガーデン」の継続。ミシェル・オバマが庭園から受け取った野菜の写真をインスタグラムにアップし、「大好きよ、ジル」とコメント。(https://www.instagram.com/p/CKzAfWbrOJ0/)
カリスマ的ファーストレディといえば、暗殺されたジョン・F ・ケネディ第35代大統領の妻、ジャッキー(ジャクリーン)・ケネディ・オナシス。そして、オバマ第44代大統領の妻で圧倒的な存在感があったミシェルが思い浮かぶ。
2人はファッションアイコン的存在でもあったが、専業のファーストレディであることを選んだ。特にミシェル・オバマは、弁護士でもある。ファーストレディとして初の弁護士でもあったヒラリー・クリントンが当時、健康保険制度改革のタスクフォースの座長になった前例もあり、ミシェル・オバマが政権に関わるのではという期待は大きかった。しかし彼女は、オバマ大統領ができないこと、つまり、退役軍人の支援や子供の肥満問題に取り組んだ。
ジル・バイデンは、教職を続けるファーストレディである。公務との兼務について、今後も批判を浴びる可能性はある。しかし、ジョー・バイデン大統領という強力なパートナーが、それを跳ね返すのであろう。
前出の自伝には、ジルが築きたかった「家族」の姿が描かれている。ジルの父ドナルド・ジェイコブスと母ボニー・ジーンは、母が働いていたアイスクリーム屋で出会い、母の両親の反対を押し切って駆け落ちした。
当時、食卓では夫婦は向かい合った席に座り、その横に子供が座るのが普通だったが、ジルの両親は隣り合って座り、食事や会話をしながら手を握り合ったりした。それが、ジルが求めていた家族の姿だった。それは、ジョー・バイデンが求めていたものでもあった。
今、1人の女性が求めた「家族」の形が、ホワイトハウスにある。彼女が求めた教職の継続も、ホワイトハウスで初めて認められた。
ジル・バイデンを「内助の功」と書く日本の報道は、あまりに短絡的だ。ジルとジョーという2人が作り上げたかったものが、広大な国土に住む市民らに選挙で認められて、今、ホワイトハウスにある。決して、ジルがジョーの陰になって得られたものではない。
※次回は4月5日配信予定です
(バナー使用写真:vasilis asvestas / Shutterstock.com)
女性として、黒人として、そしてアジア系として、初めての米国副大統領となったカマラ・ハリス。なぜこのことに意味があるのか、アメリカの女性に何が起きているのか――。在米ジャーナリストがリポートする。
プロフィール
ジャーナリスト、元共同通信社記者。米・ニューヨーク在住。2003年、ビジネスニュース特派員としてニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。米国の経済、政治について「AERA」、「ビジネスインサイダー」などで執筆。近著に『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)がある。