今の日本は「アメリカに一方的に守ってもらっている」わけではない
松竹 アメリカと地位協定を結んでいたイラクも、アフガニスタンも、別にアメリカ本土に兵を送って防衛するということはあり得ない。だから、防衛義務が双務的であるかどうかは、協定改定が可能かどうかに関係ありません。
この問題の一番のかなめとなるのは「日本が自国の防衛に自分で責任を果たす」ということです。もちろんアメリカに頼ることもあるかもしれないけれど、自国の防衛に自分たちで責任を持っているという自覚と誇りがあるかないかは大きい。今アメリカに何かを要求しても「中国や北朝鮮が核兵器を使ってこないように、アメリカが核の傘を提供してるじゃないか」「核の傘、いらないのか」と言われた時に、「いらないよ」と言えないところがあるので、結局言うことを聞かざるを得ない。核の傘に対し「それは拒否する」という気概を持った政府が作られないとダメだし、自民党もそこを考えないと、いつまでも対米従属状況が続くのです。
核の傘を提供されるとは、何かあった時に、被爆国である日本が中国や北朝鮮に対して「核兵器を使ってくれ」とアメリカに頼むということです。「そういう防衛政策を日本は取らない」という覚悟を持てるかどうか。核抑止力そのものを拒否した核兵器禁止条約を批准する政府を作れるか作れないかが、この問題では非常に大きなポイントだと思います。
布施 フィリピンには、米中の戦争、特に核戦争には巻き込まれてはならないという安全保障のリアリズムがあります。だから、フィリピンはアメリカとの同盟関係は維持しつつも、「非核政策」をとっています。核兵器禁止条約にも参加しました。日本にもフィリピンのような選択肢があるはずです。でも、今の日本政府は日米同盟を絶対化し、「日本を守るためには、アメリカと完全に一体にならなければならない」という考え方になっています。「他に選択肢がない」と絶対化しているので、これだとアメリカと交渉する際にかなり弱い。アメリカから「わが国は日本に防衛を提供しない」と言われたら、他に選択肢がないので従うしかない、となってしまう。
アメリカの同盟国はNATO諸国やそれ以外にもたくさんありますが、それらの国々が地位協定について全然物が言えていないかというと、決してそうではない。それらの国と日本の違いは何かというと「アメリカだけが守ってくれる」という意識でしょう。でもそれは“安保神話”にすぎません。日本の防衛は本当に米軍に依存しているのかをリアルに見て考えることが必要です。
たとえば自衛隊の元幹部で陸上幕僚長を務めた冨澤暉(とみざわひかる)さんも著書で書かれています。在日米軍は別に日本を守るためにいるんじゃない、アメリカ中心の世界秩序を守るために日本に基地を置いているんだ、と。在韓米軍は対北朝鮮が中心なので朝鮮半島に張りつけられているけれども、在日米軍は日本防衛の任務から、平時においては解放されている。日本防衛は自衛隊が担っている、だからこそ米軍はいつでも日本から中東やアジアに展開できる。日本はその拠点として、アメリカにとって非常に利益があるんだ、と指摘しています。でもそういう日米安保のありのままの姿は国民の中で共有されていない、と。
なぜかというと、たとえば辺野古の問題でも何でも「日本は米軍に守ってもらっているんだから」という説明の仕方を政府がするので「在日米軍は日本を守るためにいる」という“安保神話”が根強くあるんです。それが地位協定が変わっていかない大きな原因だと思います。
NATO諸国やフィリピンなど他のアメリカの同盟国は、基本的にアメリカが核を配備したり基地を置いて米軍を常駐させるのは、その国を守るためではなく、あくまでアメリカの国益のためだと分かっています。だからこそ交渉できる。でも日本では「アメリカは日本を守ってくれる、そのために日本に米軍基地を置いてるんだ」という相当お人よし的な議論がまかり通っている。それでは全く交渉になりません。
かつては自民党も在日米軍の漸次撤退を掲げていた
松竹 日本人は日米安保や核の傘を絶対視してしまっているところがありますね。NATO加盟国がアメリカに堂々と意見を言えるのは、NATOそのものや核の傘を絶対視していないことが大きい。まず「自分の国は自分で守ります」という基本姿勢がある。そしてNATO諸国の場合、EUで独自に防衛という選択肢もある。ところが日本では、政府がずっと「日米安保と核の傘」を絶対視してきた。それが問題です。私が2014年に柳澤協二さんに代表を務めていただいて「自衛隊を活かす会」を作った理由は、そういうところにあります。
自民党政権も、発足当初は今とは違っていました。1955年に日本民主党と自由党が保守合同して自由民主党ができた時は「在日米軍の漸次撤退」を政策綱領に掲げていたわけですから。旧安保条約から新安保条約に至る過程で、政府にそういう考えがあった時期もあった。その後も、別の防衛の道を考える人はいた。しかし今、そういうものは全部なくなって「日米安保と核の傘に頼る、それ以外何も考えない」というのが固定化している。
そこに「別の選択肢もあるんだ」ということを示したくて、「自衛隊を活かす会」を作って、いろいろな問題提起をしています。ここを何とか実らせていきたいです。
今年、総選挙で野党共闘や政権がどうなるかが議論されていますが、別の防衛政策の選択肢があれば、「全面的にアメリカの言いなりの地位協定じゃダメだ」という議論も活発化すると思います。
布施 そうですね。それに日米安保条約が締結され行政協定から地位協定になった1960年当時と現状は違って、かなり日本の防衛は自衛隊が担うようになっていて、それこそ「核の傘」以外は自衛隊が担っている。在日米軍は日本の防衛ではなくてインド太平洋地域とかグローバルにいつでも展開できるという位置づけです。そこを理解すれば、日本だって言うべきことを言えるでしょう。
松竹 おっしゃるとおりです。在日米軍基地がなくなればアメリカは西太平洋では何もできなくなる状態ですから。そこをリアルに見ることは大変大事ですね。
布施 それは日本政府も当然理解しています。たとえば90年代、湾岸戦争直後に思いやり予算増額の圧力が非常に強まりました。アメリカ国内で「日本は安保にタダ乗りしている」というのが広まって「金くらいはもっと出せ」と言われた。それに対し、当時の日本の外相が国会答弁で、日本は安保にタダ乗りしているんじゃなくて、アメリカが中東やアジアに展開していくための拠点を提供している、これがなかったらアメリカは戦争なんかできないし、アメリカ中心の覇権も維持できなくなる、とハッキリ言っているんです。
ただ残念なことに、そのことをちゃんと国民に説明しなかった。国民に説明する時には、安保体制を正当化するために「アメリカが守ってくれている」という説明ばかりしている。
でも外交交渉は密室でやっていたらダメなんです。国民の強い世論を背景にやるのが、強い外交を展開するための必要条件だと思います。しかし日本政府は日米安保のありのままの姿をちゃんと国民に説明してこなかったので、それが非常に対米交渉を弱くしていると思います。
松竹 そうですね。
中国が攻めるなら石垣島や尖閣より台湾
布施 たとえば尖閣の問題でいうと、最近、南西諸島に自衛隊を配備していますね。そして中国がいきなり石垣島や尖閣に攻めてくるようなイメージが作られています。でもそういう事態がいきなり起こるか考えてみると、可能性は低い。中国が死活的に重要だと考えているのは尖閣じゃなく、台湾です。
可能性があるのは中国が何らかの形で、力によって台湾を併合した場合、アメリカが介入して米中の戦争になることです。すると、米軍基地は沖縄をはじめ全国にあるし、横須賀には空母が配備されている。そこが当然巻き込まれるリスクが高い。しかし台湾をめぐるアメリカと中国との戦争に日本がどんどん巻き込まれるような形になっていいのか。それについて議論もされていないし国民的合意もできていません。今の地位協定のままだと、米軍基地の運用に関して日本側が物を言う権利はほとんどないので、日本も自動的に戦争に巻き込まれる。そのリスクもちゃんとテーブルの上にのせて議論しなくちゃいけないですね。
松竹 そうですね。これは日米安保の行方に関わる大変大事な提起だと思います。
日本の防衛に責任を持って携わってきた人の中にも最近、そういうことに関心が生まれてきているのはいいことですが、自民党全体が変わらない。だから、野党に安全保障政策をどうするのかという問題を提起してもらわないとダメなんですが、立憲民主党の場合、民主党の時の鳩山政権のトラウマが非常に強くて、アメリカに物申すようなことには腰が引けている。核兵器禁止条約についても「歓迎する」とは言っているけれど、「核兵器禁止条約が実際にうまく機能できるような環境をその前に作らなければならない」みたいなところにとどまっていて、安全保障政策として現時点で別のものを打ち出せていない。辺野古への移設はストップするとは言っていますが、それは安全保障政策の中の一部ですよね。日本の防衛の選択肢として「核抑止力に代わって何か」ということを突き詰めて考えていない。そこをどうするのかが大きな課題ですね。
布施 それは最終的には、国民にかかってくると思います。辺野古の問題にしても、地位協定の問題にしても、中国とどういう関係を結んでいくかについても、この国の安全保障の問題を一人一人の国民が「自分ごと」として考えるということが、日本は非常に弱い。
ただ、これが弱いのは歴史的にある意味仕方がなかった。日本というのは、極東の端っこにあって、歴史的にも外的な脅威が極めて少なく、島国の体制が安定的に維持されてきた国です。そういった歴史的経験もあって、国民一人一人が安全保障を自分の問題として考える必要性があまりなかった。
私はイラクなど中東の国々に行きましたが、かつて欧米の国々に植民地化されたし、隣国と陸続きで、国境を一歩またげば外国だから、いつでも侵略される危険性にさらされているし、実際に侵略もされてきた。そういう国の人々の安全保障に対する意識と、外国から侵略・攻撃された経験が極めて少ない日本人の意識が違うのはしょうがない。
ただ、安全保障環境面で見ると、今、米中の覇権争いが激化し、日本が位置する東アジアがその最前線になりつつある。そういう意味では日本も安全保障について、真剣に考えなきゃいけない状況になっているのは事実です。
松竹 そういうことを市民・国民レベルと、防衛官僚や自衛官ら安全保障の専門家が議論できる場所が「自衛隊を活かす会」です。「自衛隊を活かす会」と「九条の会」が共催してイベントを開いたりもしています。九条の会の人たちの中には自衛隊全否定の人もたくさんいるけれど、一緒に考えていこうと。
「日本は神国だから負けない」という神話が、戦後
「アメリカが守ってくれるから大丈夫」という神話に変わった
松竹 沖縄や地位協定のことを自分ごととして捉え切れないというのも、結局、安全保障問題だと思いますか。
布施 それが大きいと思いますね。「アメリカに守ってもらっているから、多少主権がないのはしようがない、日本は強く言えないよね」という意識が、政府はもちろん国民の中にも根強くある。そこから先に思考が行かないというか。だから、私は“神話”と呼んでいるんですけれども。
でも日本の戦前・戦中の安全保障観も思いっ切り神話だったわけですよね。「日本は神国だから絶対負けない」という神話。そういう国家神道の下で戦争を進めてきた。白井聡さんがおっしゃっていますが、戦前の「国体」がそのまま戦後、日米同盟に置き換わった。昭和天皇とマッカーサーが握手した瞬間に。その後、日本人の意識の中で「日本は神の国だから絶対守られる、負けないんだ」という意識が「アメリカに守ってもらっている、アメリカがいる限り大丈夫だ」という別の神話に置き換わっちゃった。それが今も非常に根強く残っているんじゃないかと思います。伊勢﨑賢治先生は「憲法9条があるからみんな思考停止しているんだ」とおっしゃるんですが、私はむしろ戦後の日米安保体制の要因のほうが大きいのではないかと思います。
松竹 そうですね。9条があって、あんまり日本の国民が安全保障のことを考えないできた、それ自体は悪いことではなかったと思うんです。あれだけ大きな戦争があって、日本国民もたくさん死んで、多くのアジアの人を傷つけて、それで新憲法ができ9条があって「ああ、平和になってよかった、戦争はもう嫌だ」と思う気持ちが強くて、安全保障とか核抑止と言われても、あまり考えないできた。そこにはいい面もあったと思います。太平洋戦争前まで日清、日露戦争に勝って、ずっと国民の戦意が高揚してきた時代のことを考えると、それを転換する上で大きな意味を持ったとは思うんです。
でもこの日米安保条約、地位協定の倒錯した、主権を奪われてもニコニコしているみたいな状況から抜け出そうと思うと、一歩前に進んで、安保条約をリアルに見て、どうすべきか考える必要がある。やめるという選択肢もあれば、もっと相対的に見て、重心を別のところに移していくというやり方もあるし、いろんな考え方がある。そういうことが普通に議論されていく環境を作っていくことが大事だと思います。
布施 全くそう思います。安保にしろ地位協定にしろ核にしろ、肯定・否定以前の問題として、まずテーブルの上に事実を全部のせて、メリットとデメリット、効用とリスク、全部ひっくるめてよりよい方向を模索していくしかないと思うんです。それを模索していくような議論が日本では、なさすぎる。
その原因が、まず事実がテーブルにのらないということ。もうひとつは、あの大戦を経験して、国民が被った犠牲も世界に与えた影響もあまりにも大きかったがゆえに、戦後、そういった議論そのものを「戦争につながるもの」「軍事的なもの」として忌避する空気がかなりあったことだと思います。
しかし、これからは全てテーブルの上にのせて、主権者である国民自身が考え、議論できる場をどれだけ作っていけるかが大事になってくると思いますし、それがないと地位協定改定も実現しない。
なぜならば、最終的には世論が重要だからです。どんなに政府が交渉しようと思っても世論の後押しがないと、政府間の力関係ではアメリカが力を持っていますので、国民世論を味方につけないと地位協定改定はなかな実現しないと思います。
*1 渉外知事会:渉外関係主要都道府県知事連絡協議会。米軍提供施設等が所在する都道府県相互間の連絡協調を密にし、基地問題等の適切かつ迅速な措置について要望等を行うことを目的に、1962年に設置された。
*2 マッカーサー駐日大使:ダグラス・マッカーサー2世。連合国軍最高司令官だったダグラス・マッカーサーの甥で、1957年から1961年まで駐日アメリカ大使。
プロフィール
布施祐仁(ふせ・ゆうじん)
1976年、東京都生まれ。ジャーナリスト。『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』(岩波書店)で平和・協同ジャーナリスト基金賞、日本ジャーナリスト会議によるJCJ賞を受賞。三浦英之氏との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社)で石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『日米密約 裁かれない米兵犯罪』(岩波書店)、『経済的徴兵制』(集英社新書)、共著に伊勢﨑賢治氏との『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(集英社クリエイティブ)等多数。
松竹伸幸(まつたけ・のぶゆき)
1955年長崎県生まれ。 ジャーナリスト・編集者、日本平和学会会員、自衛隊を活かす会(代表・柳澤協二)事務局長。専門は外交・安全保障。一橋大学社会学部卒業。『改憲的護憲論』(集英社新書)、『9条が世界を変える』『「日本会議」史観の乗り越え方』(かもがわ出版)、『反戦の世界史』『「基地国家・日本」の形成と展開』(新日本出版社)、『憲法九条の軍事戦略』『集団的自衛権の深層』『対米従属の謎』(平凡社新書)等著作多数。