日米の支配・従属関係の根源を撃つ! 第3回

日米の支配・従属関係の根源を撃つ!

伊勢﨑賢治×松竹伸幸

第3回 伊勢﨑賢治×松竹伸幸

「日本はジブチとの間で、日米地位協定よりひどい、現地に全く裁判権のない地位協定を結んでおいて、なんで日米地位協定を改定しろ、などと要求できるのか」 伊勢﨑賢治

 

在日米軍機が大学に墜落しても日本の警察は現場検証すらできない、公務中の米兵による犯罪は日本に裁判権がない――等々、さまざまな不平等をもたらす元凶である日米地位協定。そして、その前身で地位協定以上に不平等だった日米行政協定。
このふたつを1条ずつ徹底分析し問題点を暴く『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』(集英社新書)を上梓した松竹伸幸氏が、世界の紛争の現場で紛争解決や武装解除などに取り組んできた“紛争解決請負人”伊勢﨑賢治氏(東京外大教授)と激論。不平等条約を変える可能性を探る。

構成・文=稲垣收 撮影=三好妙心(松竹)

 

沖縄国際大学ヘリ事件以外にもあった米軍機墜落

―まず伊勢﨑さん、この本を読まれた感想を。

伊勢﨑 僕は松竹さんとは付き合いが長くて、過去に地位協定の調査をすごくされたと聞いていたんですが、この本を読んであらためて見直しました。非常に分かりやすかったです。この手の本の最終版という感じがします。

「日米行政協定から地位協定に変わる時に、当時の日本の官僚も独立国としての誇りのもとにいろいろ頑張った。それが今、忘れ去られている」みたいな本は前からありましたが、そこを勉強しなければ日本人として立ち位置が定まらないと思うのだけれど、僕はこれまで、その手の文献に、あえてあまり目を通さなかった。僕は一次情報しか興味がないので、他人が解説したものをあまり読まないのですが、今回、この対談の依頼でこれを読んで、いろいろ勉強になりました。すぐに思い出すものですと、ふたつあります。

 ひとつは2004年8月に沖縄国際大学に米軍のヘリコプターが落ちましたが、それより前に九州大学にも米軍機が墜落していたという事実です。知らなかったです。ですが当時の九大は頑張ったんですね?

松竹 そうです。1968年に九州大学電算センターに米空軍のファントムが墜落して、九大の総長が米軍と日本政府に抗議声明を出し、総長や教職員も学生たちと一緒に数千人規模の抗議デモを行いました。この後、九大では学生運動が活発化したんです。

 

伊勢﨑 今どこかの国立大学に米軍機が落ちても、大きな学生運動が起こるかどうかも疑問ですが、もしそうなった時、教員や大学当局は米軍や日本政府の側に立つんでしょうか、学生側に立つんでしょうか。

松竹 そうですね。当時は学問の自由、大学の自治、ということが強く主張されていましたから、大学の中に警察が入るということ自体がタブーでしたし。それが今はもう全然関係なくなっている。

伊勢﨑 ですよね。このことと今日的な問題としてリンクせざるをえないのは、例の日本学術会議の任命拒否をめぐる問題です。学術会議の前会長だった人は、当時の京大の総長でしたか。確か、学生の表現の自由“タテカン”を撤去し、それに反対した学生運動を警察力で排除しましたよね。学生の“生意気さ”を受け入れる度胸もなく、すぐに国家権力に頼るのに、自分たちの学問の独立、自由を主張しているのですから、学術会議問題で騒いだ学者連中というのは、学問の自由への侵害を、自分たちの権威への侵害と、取り違えているのではないかと思ってしまいます。

国家権力と学生が対峙した時に、教員はどっち側に立つべきなのか。僕は一昨年(2019年)、香港の民主化運動を率いている若者のグループに招かれて、民衆が蜂起して以来初の選挙を見守るべく国際選挙監視団( https://standwithhk.org/press-releases/election-observation-mission-report-2019-12-19-16-17-02-01-00 )に加わりました。学生と香港警察の激しい衝突があった香港中文大学では、副学長と数名の教員が学生側に立ち、警察隊との交渉に身を挺したのですね。この時の学生のリーダーたちと話す機会があったのですが、普段は偉そうにしている大学教員の「自由」への度胸が、明確に試された機会になったようです。

 今の日本で、もし学生の集団がそういう状況に置かれた場合、つまり、国家権力が、圧倒的に非力な教え子たちに襲いかかっている時に、教員はどちら側に立つのでしょうね。特に学術会議で「自由」とか「独立」とか言っていた人たちは。学生たちを、“自由”と“独立”を乱す「暴徒」呼ばわりするのじゃないでしょうか。

松竹 九大以外でも、横浜の緑区(現青葉区)に77年、米軍のファントムジェット機が落ちました。あの時は周辺家屋20軒を炎上させる大火事になり、1歳と3歳の子供が亡くなりました。その母親も大やけどを負って、何度も皮膚移植手術して一命をとりとめたのですが、その後、子供たちが死んだことを知って心因性の呼吸不全で亡くなりました。あの時は、戦車闘争(*1)を闘った飛鳥田(あすかた)一雄(いちお)さんが横浜市長でした。

伊勢﨑 戦車闘争と同じ時期? 映画「戦車闘争」( https://sensha-tousou.com )をご覧になりましたか? 僕も有識者として出演しています。

松竹 ええ。戦車闘争より5年くらい後ですけど。この墜落事故の時、飛鳥田さんは現地に出向いて、日本の警察と渡り合った。当時は大学職員もそうですが、市長でも、そういう気概のある人がいたんです。

 

日本人は被害者意識が強いが
「自分たちが加害する可能性」を考えていない

伊勢﨑 ふたつ目ですが、この本で圧巻だったのが最後の章の日米合同委員会です。米軍と日本の官僚が、非公開の会議ですべてを決めている、という。

 この章は非常によかったですが、一抹のフラストレーションもあります。松竹さんは気が優しいから、いろんな人に気をつかって書いているでしょう? p257で、松竹さんは「軍事にかかわることですから、秘密にしておかねばならない事項が生まれることはあり得ます」と言っていますね。その後カッコで「軍事を否定した日本国憲法ではそんなことはあり得ないという議論はとりあえず()いて」と断って。でも、その議論を措いておいたおかげで、合同委員会の問題を含め日米間の問題が解決されないまま、今に至っているのではないですか? 

 この本でもNATOの地位協定との比較が頻繁に出てきて、それは非常に納得できるんですが、NATOは軍事同盟、つまり軍事的な主権を持つ国家の集まりです。だから、日本と同じ敗戦国であるドイツやイタリアでも、主従関係ではなく、アメリカと対等な権利を獲得している。ドイツやイタリア軍が、アメリカ本土に駐留した場合、同じ権利がある。つまり、アメリカが本土で彼らに許さない権利は、アメリカは彼らの国で行使できない。「自由なき駐留」。アメリカの全ての行動は、受け入れ国の許可制になる。これが同盟です。NATOと日本を比較するなら、「日本は軍事的な主権を主張できるのか? そもそも日本国憲法が軍事を否定しているのに」という話をしなければならない。

 軍事的な主権とは、好戦的な武勇の話ではありません。自衛権の行使のために止むを得ず交戦状態に入った時、交戦中の違反行為を慣習的に合意してきた人類にとって最も重要な国際法、ジュネーブ諸条約を主軸とする国際人道法に則り、自らがおかす違反行為を自らの国内法で裁く責任能力。これを、主権と言うのです。その国際人道法上の最も重大な違反行為が「戦争犯罪 war crimes」なのですが、日本は「戦争」しないと憲法で宣言しているという建前で、「戦争犯罪」をおかすという想定をして法整備を全くやっていない。そういう「無法」な軍事力の日本に、はたしてアメリカは、ドイツやイタリアを始めとするNATO諸国だけではなく、今ではフィリピンなどにも認めている法的な対等性を担保するのか。松竹さん、そこには踏み込んでいないでしょう?

 だから、この本をピリオドにして、「次」を考えましょう、と思います。実は、だいぶ前に、そういう気持ちになって、僕はジャーナリストの布施祐仁さんと『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(集英社クリエイティブ、2017)という本を書いたのですが。今度、文庫化されるらしいので、加筆しようと思っているところです。

 でも、松竹さんのこの本で、本当にピリオドに!(笑)

 

松竹 ありがとうございます。おっしゃる通り、軍事に関わる問題を日本社会が忌避してきたので、議論されていない。それが大事だと日本国民も気づいていない、ということは、すごく大きな問題ですね。だから伊勢﨑さんが問題提起をしても、なかなか理解してもらえない。

 たとえば、沖縄で「日米地位協定改定」と言っている人たちに対して伊勢﨑さんが「でも日本はジブチ(*2)との間で、日米地位協定よりひどい、現地に全く裁判権のない地位協定を結んでおいて、なんで日米地位協定を改定しろ、などと要求できるのか」と問題提起をしても、ポカンとしている。何を言われているのか伝わっていない。「自分たちは間違いなく差別される側に立っているんだ」と思い込んでいて、まさか自分たちが差別する側でもある、という自覚がまったくないんです。沖縄にかぎらず一般の日本国民は、自分たちが差別する側や加害者の側になっているケースもある、ということに気づいていない場合が多いです。

―たしかにテレビで毎年夏の終戦記念日前後の番組でも「戦争で自分たちがどれほど悲惨な目に遭ったか」という被害者意識で作られたものが多くて、日本による加害について触れたものは、ほとんどないですからね。

松竹 そうですね。でも伊勢﨑さんは東ティモールのPKFから関わってきて、現地で紛争が起き、自分が統括しているPKOに対して武器の使用許可を出すという立場にいた。その結果、殺害行為が起きたりした場合、自分が下した判断に対する責任を取らねばならない。

 戦後の日本では、軍事を否定した憲法の下で、そういうことを体験した人はこれまで誰もいなかったから、多くの人はそういう問題に非常に鈍感になってきてしまっています。そこをどう克服していくか。

 ただ、私には「じゃあ、軍事を肯定する憲法になったら、そんなに変わるのか?」という思いもあるので、憲法自体は、手をつけずに行った方がいいと思っています。

 そういう点では、柳澤協二さんに代表になっていただいて伊勢﨑さんや私が一緒にやっている「自衛隊を活かす会」も、同じだと思います。

「軍事を否定した憲法の下では防衛政策一般も成り立たない。しかし、そこを考えてみなければ何事も起こらない」と思って7年近く前にこの会を立ち上げて問題提起してきたんですが、それなりに成果はあったと思います。自衛官と一般の平和運動、市民運動の人たちが一緒に議論する場を提供することになって、いろんな考えの人がそこで議論を始めたことは、意味があると思う。

 しかし私もそういうことを始めて大分たちますが、軍隊、自衛隊に対する根強い忌避感情というのは、そう簡単に克服できないな、とは感じています。どうしたら一気に変わっていくいのか、という思いはすごくあります。

 私自身は別に憲法に手をつけないで、議論を通じて少しでも変わっていけばいいという思いでやっていますが、憲法を変えないと言っているのに、防衛政策を考えるというだけで護憲派のたくさんの仲間からは「裏切り者」と言われています(苦笑)。

 

平時のヘイトクライムにも
戦争犯罪の概念は当てはまる

松竹 伊勢﨑さんは自らケンカを仕掛けて、あえて孤高の道を選ぶ、というようなところがあるかもしれませんけど、そのあたり、どう感じてやっておられますか。

伊勢﨑 松竹さんもご存じのように、かなり反感を買っていると僕はちゃんと意識して、今、3つの方法でアプローチを試みています。ひとつは「国際刑事法典の制定を国会に求める会」です。ジュネーブ諸条約やローマ規程が国家に求める要件から日本の法制度全体を見る。

 ローマ規程は、国際刑事裁判所(ICC)を設けて、戦争犯罪や人道に対する罪を裁こうという条約です。これは、アメリカが批准していませんが、日本はちゃんと批准しています。しかし、肝心の国内法の整備。つまり、日本人がそれらをおかした時に必要な法整備をまったくやっていません。その立法作業には時間がかかるので、まず政府に法整備を求める議員立法を超党派でやろうと、この会を作りました。

 戦後のジュネーブ諸条約に代表される国際法の歩みは、国家対国家の古典的な戦争で起きる重大な犯罪の定義を、内乱や内戦のように、国家が国際法に介入させたくない領域に、拡大することです。どんな国家でも、国内でおきる大きな犯罪に対して、刑法など国内法が管轄できると言いたいのですね。しかし、今は違います。戦争犯罪は、国家の軍隊だけがおかすものという前提はなくなっている。それは、ローマ規程によって決定的になり、人道に対する犯罪として、「平時」で起きる集団殺人のようなヘイトクライムまで管轄するようになった。そして、国際法は、常にその第一次裁判権の行使を批准した国家に求めるわけですね。しかし、前述のように日本は「戦争しないと言っているのだから戦争犯罪は起きない」という建前の延長で、せっかくローマ規程を批准したのに、肝心の国内法整備をやっていない。こういう問題意識の僕に、なら議員立法化すれば? と言ってくれたのは松竹さんで、それが形になったのが、「国際刑事法典の制定を国会に求める会」です。山本太郎さんや山尾志桜里議員、自民党の中谷元・元防衛大臣も来てくれて、賛同者も増えています。法律家の伊藤真さんも協力してくれました。( https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79783 )( https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79784 )

 以上、国際法の進展とともに、「ヘイトクライムにまで戦争犯罪の概念が当てはまるんだよ」ということを伝えていくことから攻めるのが、まずひとつ。
 もうひとつは、地位協定の国際比較です。僕は沖縄県知事室のチームを翁長(おなが)前知事の時からずっとサポートしていて、彼らの熱心な海外の調査の結果は、膨大なアーカイブになっています( https://www.pref.okinawa.jp/site/chijiko/kichitai/sofa/index.html )。国際比較からは、日米地位協定にとんでもない異常があるのは明らかなのですが、それだけ? 自分たち日本が逆の立場で海外に駐留している地位協定は? 日本がジブチと結んでいる地位協定のことを抜かしてしまったら、被害者の沖縄が主導するものであっても国際比較の客観性と正当性が喪失する。だからこれをずっと言ってきました。「それを沖縄から言わなきゃどうするんだ」という主旨の記事を数年前に書きました( https://gendai.ismedia.jp/articles/-/74935 )。日本が加害者の日ジブチ地位協定は、日米地位協定の異常性をはるかに上回るものなのですが、そもそも、こんな重要なことが、なぜこんなに長く、そして、護憲派の議員が権力の中枢にいた旧民主党政権を通して、ずっと放置されてきたのか? その根本の原因は何かを訴え続ける。これがふたつ目です。

 3つ目は、大学人としてやっていることです。東京外大では、ピース・アンド・コンフリクト・スタディーズ(平和構築・紛争予防学=PCS)を教えています。アメリカを含む外国人留学生向けの講座ですが、日米関係を通して北東アジアの秩序の脆弱性をテーマにするものとか、国際人道法から日本の戦後の歴史と9条問題を見るような論文が着実に増えています。同時に、コスタリカに本部を置く国連平和大学の客員教授もやっていて、同様の論文指導をやっています。日本が抱える“異常”を、外国の研究者が、英語で問題提起し、発信することをサポートする。

松竹 なるほど。国際人道法のことは、私も伊勢﨑さんが代表をつとめている「国際刑事法典の制定を国会に求める会」の事務局長をさせてもらっていますが、このコロナがあって、大がかりなものがなかなかできなくて困ったなとは思っているんですけど……。

 多くの日本人は、国際人道法について「日本はちゃんとした立場を取っているので、それに対して違反行為があったらちゃんと裁かれるだろう」という思い込みがあると思います。

 しかし、たとえばローマ規程の中心的な犯罪のひとつであるジェノサイドについて見てみると、ジェノサイドは「集団殺害」と訳されており、「殺害行為自体が犯罪だし、かつ集団的に殺害すれば、殺害の中でも罪が重くなる」という刑法の考え方があるので、まったく裁かれないわけではありません。しかし国際的な観点から見ると、非常に甘い。ジェノサイドは世界で一番重大な犯罪なのですから。

 ジェノサイドというのは数の問題だけでなく、ある特定の民族集団を「敵」であり「せん滅すべき相手」とみなす差別、ヘイト思想が根本にあって、その「敵」を集団殺害するというものです。「そういう犯罪を日本はどう位置づけて裁くのか」ということが全くあいまいなのです。日本は、刑法での考え方を議論しないまま、ローマ規程を批准したわけです。

 今、日本でも朝鮮半島出身の人たちに対して「あいつらは民族集団自体がおかしいんだ」みたいなヘイトスピーチがはびこっていますが「そういう発言をすること自体が犯罪なんですよ」という議論を起こしていかないといけないのです。

―1923年の関東大震災直後には、そういう偏見とデマが原因となって朝鮮人虐殺事件が起きましたね。

松竹 ええ。そういうことを防ぐためには、ヘイトスピーチを処罰する法体系を作らないとダメなんです。

 「国際刑事法典の制定を国会に求める会」で、衆議院法制局にお願いして、国際刑事法典をの要綱のようなものを作ってきたのですが、法制局と議論していて思ったのは、明治以来の日本の古い刑法の体系があり、それにしがみついているから新しい概念の犯罪に対応できない、ということです。新しい罪の概念が生まれたのに対応して日本の国内でも議論して、そこを加えていかないとダメです。この会は「日本人が犯した犯罪はちゃんと裁くんだよ」という道義的なところを確立していくひとつのきっかけになると思います。

 

伊勢﨑 そう願いたいですけどね。僕も旧知の新聞記者何人かに声をかけたんですが、朝日新聞の編集委員の藤田直央さんだけが反応してくれて、『論座』に記事(*3)を書いてくれました。

 しかしこの問題について記者の人たちに話すと、皆「じゃ、他の国はどうなっているんですか、他の国はちゃんとやっているんですか」って聞いてきます。

ローマ規程は、ほとんど全てのヨーロッパ諸国が批准していますが、批准した国の中で、国内法の整備状況を適宜アップデートしているサイトがあるんです( https://cjad.nottingham.ac.uk/en/ )。ここを見れば、日本が、ほんと、何もやっていないことが分かる。日本が立法化したのはICCの組織としての運営をサポートすることとか、ICCの行動に協力する、というだけで、肝心の自分自身が被疑者になると想定し、それを裁く立法が皆無なのです。

 アジア諸国でも、韓国なんかは非常によくやっています。特に上官の責任に対する特別法です。上官、つまり、命令した人間ですね。

 軍隊を悪として忌避する世論が存在するのは、日本にかぎらず古今東西、どんな社会にも共通しています。しかし、戦争犯罪に対する法整備がないのは日本だけでしょう。こういう議論になると、9条を破棄して軍法会議の復活を、なんてアホを言うのが右の勢力。左の勢力はというと、それを警戒するあまり、軍法会議なんて欧米では時代遅れ、とミスリードする軍事評論家や法学者もいて、ホント、日本の議論には目眩がします。「軍法会議」を常設の軍事法廷と定義するなら、人権の概念が目覚しく発達したヨーロッパ諸国では“時代遅れ”かもしれませんが、前述のように内乱や内戦での国家以外の武装組織は言うまでもなく、今や戦争の民営化が進み傭兵など民間軍事会社も戦争犯罪という組織犯罪をおかす昨今、軍隊だけでなく、集団殺人などのヘイトクライムにまで「上官」の責任を追及する時代なのです。国際社会の「軍事法典」は逆に進化しているのです。それなのに、日本では法曹界でさえ、この意識がない。悲劇的に遅れています。一般人に、前述の各国のローマ規程の立法状況のサイトを見なさい、というのはハードルが高いですが、少なくとも日弁連や法律家は勉強すべきです。
 はい。法曹界に、これを言い続けるということ。これが追加の4つ目のアプローチですね。

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プロフィール

伊勢﨑賢治×松竹伸幸

 

 

伊勢﨑賢治(いせざき・けんじ)
1957年、東京都生まれ。東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。インド留学中、スラム住民の居住権運動にかかわり、国際NGOでアフリカの開発援助に従事。2000年より国連PKO幹部として、東ティモールで暫定行政府県知事、2001年よりシエラレオネで国連派遣団の武装解除部長を歴任。2003年からは、日本政府特別顧問としてアフガニスタンの武装解除を担う。著書に『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、共著に『新・日米安保論』(集英社新書)、『主権なき平和国家』(集英社クリエイティブ)など多数。

 

松竹伸幸(まつたけ・のぶゆき)
1955年長崎県生まれ。 ジャーナリスト・編集者、日本平和学会会員、自衛隊を活かす会(代表・柳澤協二)事務局長。専門は外交・安全保障。一橋大学社会学部卒業。『改憲的護憲論』(集英社新書)、『9条が世界を変える』『「日本会議」史観の乗り越え方』(かもがわ出版)、『反戦の世界史』『「基地国家・日本」の形成と展開』(新日本出版社)、『憲法九条の軍事戦略』『集団的自衛権の深層』『対米従属の謎』(平凡社新書)など著作多数。

 
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