日米の支配・従属関係の根源を撃つ! 第5回

日米の支配・従属関係の根源を撃つ!

古谷経衡×松竹伸幸

第5回 古谷経衡×松竹伸幸

「日米地位協定を変える、あるいは日米安保を最終的に破棄しようっていうのは古風な保守や右翼が思っていたことで、彼らは反米右翼でした」古谷経衡

 

在日米軍の“特権”を定めた日米地位協定。米兵が事件・事故を起こしても公務中なら日本側は裁けない等、さまざまな不条理の根幹にあるのがこの協定だ。しかもこれは1960年に締結されて以来、60年間一度も改定されていない。
そしてこの地位協定の元にあるのが1952年締結の日米行政協定である。
このふたつの協定を徹底検証し、問題点と改正の可能性を探る『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』の著者・松竹伸幸氏が、愛国派でありながら、……いや愛国派であるからこそ対米従属右翼やネット右翼の欺瞞を鋭く批判する論客・古谷経衡(ふるやつねひら)氏と激論。

構成・文=稲垣收   撮影=三好妙心

 

日本のふがいなさに怒りを覚えた(古谷)

―最初に、古谷さんから本の御感想を。

古谷 これは本当に、日本国民全員が読むべき必読書だと思った次第です。ページの上半分が元の行政協定、下半分が地位協定というレイアウトで、非常に分かりやすく読ませていただきました。そして、当時の日本政府や官僚が、1960年に行政協定が地位協定に替わる際の交渉で「日本の独立後の主権を、なんとか入れていきたい」と苦悩したことも非常によく分かりました。

松竹 ありがとうございます。

古谷 ただ、やっぱり私は怒りに震えまして……。それはアメリカに対してじゃなく、日本のふがいなさに対してです。ドイツと比較しても、日本はやる気がないんだなということが分かり、怒りを覚えたのです。

 松竹さんは「今の日米地位協定のままでも、解釈によっては、アメリカの言いなりになっている必要はない。やる気の問題だ」と主張されていますね。たしかに行政協定から地位協定への改定の際には日本側も抵抗した筋は少し見えますが、その後の日本政府側のやる気や、世論の盛り上がり、そういったものが欠けている、と。

 本来、こういうことは日本の右翼が言わないといけないと思うのですが、言っているのは一水会と故・西部邁(にしべすすむ)先生ぐらいで。私もこういうことをよく言うので、パヨクって言われるんです(苦笑)。

 多くの右翼は「負けたけど勝ったんだ論」というのを唱えています。さきの戦争において「アメリカには物量で負けたけど、中国(国民党・共産党)には勝ってるんだ、結果的に経済大国になったんだから勝ったんだ」と言って敗戦を認めない。

 私も保守業界、右翼業界に長くいましたが、原爆被害について記事を書くと、一番反発してくるのがネット右翼・保守派なんですよ。「あんなものはもう終わったことなんだ。今は日米同盟の時代なんだ」と言って。

 彼らも日米同盟の不条理さ、地位協定の不条理さについて語るのですが、おそらく全部読んでませんね。ちゃんと読むと「自分たちがアングロサクソンに負けた」という屈辱を直視しなければならないので。

 今のネット右翼は皆、「アメリカには負けたけれども、中国には勝った。言ってみれば戦勝国みたいなものだ」と曲解をしている。だから「いや、アメリカは日本のためを想ってくれてるんだ」とか「尖閣も守ってくれるんだ」とか言うんです。

 でもこの本を読んで私は、改めて「本当に敗戦国だな」と感じました。

 でも、アメリカに地位協定破棄を通告したフィリピンの例もあるように、日米地位協定なんてものは「日米同盟やめます」って通告を1年前にすれば、終わる話だと思うのです。だって日米同盟の条文の中に、破棄する場合は双方どちらかから1年前に通告するって書いているわけですから(笑)。

松竹 そうですね。

古谷 「永久に日米同盟は続くんだ」なんてのはもう、櫻井よしこ的な親米保守の考えで。

 この本に書かれているように、いろんな不条理があるじゃないですか。米軍は空港発着料もタダだし、治外法権だし、自動車税も軽自動車なんか3千円ぐらいだし。でも保守、右翼は「日本を守ってくれるから、やむを得ない」と言って、それを屈辱だと思わないで「リアリズム」と呼ぶのです。そこが本当に情けない。こういう本を右翼にこそ読んでほしいと思いますが、おそらく読まないんじゃないかなと(苦笑)。

松竹 どうしたら右翼や保守派が日米地位協定を問題にしていくんでしょうかね。その業界に長く身を置いてこられた古谷さんに、お聞きしたいんですけど……。「対米従属」っていう言葉はよく言われますが、本当の実態をよく知らない人がほとんどだと思うんです。それをどうやって「あなたにも関係する話だよ」って伝えるか。米軍はNHK受信料だって事実上の免除ですからね。日本国民には裁判してでも「払え」みたいになってるのに。そういうことも含めて地位協定の全体がもっと伝われば多少変わるんじゃないかと思って、この本を書いたんです。

 「どの国が好きか」みたいな世論調査で「アメリカを嫌いだ」という意見は、今は少数派だと思いますが、古谷さんが生まれる前、70年代前半には、すごくアメリカが嫌いな日本人の率が高かったんです。ベトナム戦争が続いていて、その悲惨な状態も毎日報道されて。

―ベトナムの最前線からの報道映像がテレビで流され、アメリカ国内でも反戦運動が盛り上がりましたね。アメリカ政府はそれにこりて、1991年の湾岸戦争からは報道を検閲するようになり、日本のテレビで流れた湾岸戦争以降の映像も、多くが米軍検閲済みのものでした。だから日本でも湾岸戦争やイラク戦争への批判も盛り上がらなかった。

松竹 そうですね。

 でもベトナム戦争当時の日本では「この戦争に日本も加担してるんだ」という意識がすごくあって、危機を感じていた人が多かった。そういう時期があったんです。

 ベトナム戦争が終わって、日米関係はまた安定化していくんだけれども、1995年の沖縄での少女暴行事件もあって……。米軍基地の多くを沖縄に閉じ込めているから、それまで日本の本土の世論はあまり反応しなかったけど、あの事件の時は、瞬間風速だけども、「日米安保条約やめよう」って言う人の割合が「維持しよう」と言う人の割合にちょっと接近したんです。

古谷 そうですね。

松竹 今もし同じようなことが東京や神奈川でも起こると、世論が、地位協定改定どころか「米軍追い出せ」みたいになっていく可能性もあります。そういう事件が起きないように、あるいは起きた時に、ちゃんと日本の主権が担保される仕組みを作っておかないといけません。

 

ネット右翼は、日本人を“名誉白人”だと思っている(古谷)

古谷 私もネット右翼とか保守界隈にずっとおりましたけれども、彼らは日本人を“名誉白人”だと感じているんです。コロナ禍で世界的に、特に米国西部等でアジア人へのヘイトクライムが大問題になってますけど、ネット右翼や保守界隈は全然反応がない。

 あれは在米の中国人・韓国人が被害に遭っているだけである――と。いや日本人も歴然としたアジア人ですから、被差別の側なのですが、自分たちがアジア人という自覚がなく”名誉白人”だと感じているから当事者意識がないのです。本来なら日本の保守派が最も反応して然るべきですが。

 今月、菅首相が訪米してバイデン大統領と会うそうですけれども、「貴国におけるアジア系へのヘイトクライムは、われわれアジア人たる日本人としても断固として許しがたい人権侵害である」旨述べる事を期待していますが、もし一言もないのであれば、私としては宰相の資質として匙を投げる評価というほかない。

 転じてさきの大戦についても”名誉白人”という認識があるから極めて歪んだものになっている訳です。例えば日中戦争については「“大陸打通作戦”では上海や南京を確保しつつ、桂林方面まで行ったんだから、中国には負けてないんだ。米軍の物量で、原爆を落とされ、東京など大都市も焼かれてやむなく降伏しただけで、結果としては日本がアジアを解放して、戦後独立したから大東亜戦争の目的は達成されたのだ」と。
 あのインパール作戦ですら「インドの独立に貢献した」という論調です。ところがインパールの失敗後、ビルマに居た親日派インド将校を見捨ててビルマ方面軍司令官(木村兵太郎)が逃亡したのが史実です。私は数年前にインパールに行きましたけど、現地の戦争博物館では「日本軍がインドの独立に貢献した」なんて一言も書いてないですよ。インド人の側からすると、インド独立に貢献した三傑は「ガンジー、ネルー、チャンドラ・ボース」で、日本軍は一切入ってないです。彼らのいう事は全部ウソなんですよ。
 最近の定番は「ルーズベルトはコミンテルンに影響されて、日本と戦争をやりたがっていたが、米共和党は対日戦争に一貫して反対であった」みたいな「共和党は日本の味方」的コミンテルン陰謀論です。こういうのが小林よしのりから続く歴史修正主義の一端で、堂々と「大東亜戦争の真実」みたいな本になっている。これをずっと信奉しているんです。

 ネット右翼・保守派には、こういう「負けたけど、勝ったんだ」という考えがベースにある。仮に地位協定がすごく差別的であっても「いや、我々はアメリカと一体になっているんだ、損得一体型の日米同盟であって、これはいいんだ」というのが彼らの認知の根底にあります。

 95年の沖縄少女暴行事件の時も保守派は「米兵が悪いんじゃなくて、その時間に外に出ていった女の子のほうが悪いんだ」と正当化したんです。

―ありえない発言ですね。

古谷 ええ。彼らは何が何でも米軍を自分の味方にする。他者として味方にするんじゃなくて「我々は米軍と一体なんだ」という“名誉白人”“名誉米軍”みたいな認識が根底にある。だから2016年にうるま市で起きた強姦殺人事件の時でも、ネット右翼は「(犯人は)軍属なんだけど軍属じゃないんだ、事件当時はコンピューター会社のヤツで、米軍とは関係ない。反米軍感情と結びつけるのはおかしい」という変な理屈をワーッと広めていたんです。

 日本の保守派、右派は敗戦したこと、アメリカに屈服させられたことを認めたくないから、ねじくれた解釈をしている。そもそもポツダム宣言受諾は「有条件降伏であり無条件降伏ではない」とかおかしな理屈も出てくる。たとえば私も原爆取材とかいろいろして「これだけアメリカにとんでもないことをされた。大勢の人が焼き殺されたんだ」という記事を書きますと「いや、広島市民は全部許してるんだ。今さらアメリカに言ってもしようがない。韓国や中国みたいにいつまでも謝罪と賠償をしろと言うのはおかしい。アメリカに文句を言うのは反日パヨクだ」ってネット右翼が烈火の如く怒るんですね。でも実際に、被爆者の方に話を聞くと「アメリカを完全に許している」なんて人はほとんどいませんよ。これもまた保守派の嘘なんですね。たぶん、アメリカにやられたことが辛(つら)すぎて認めたくないんでしょう。そういう心の防御が働く。それは本当に根強いです。そういう感情がある限り、ネット右翼や日本の右派が、日米地位協定を本当に問題だとする日は来ないのではないでしょうか。

 中曽根元首相が一昨年亡くなりましたね、101歳で。中曽根さんは、ボルネオ(蘭印)方面で従軍経験があって、海軍主計将校でした。中曽根さん的な保守は「今はアメリカに屈従しているけれども、いつか日本は自立するんだ」と考えていたと思うんです。これを私は「二段階自立論」と呼んでいます。こういうのが中曽根世代にはあった。でも小泉純一郎、安倍晋三らは従軍経験がありまませんので、“垂直的親米”というか「アメリカに、アングロサクソンに付き従っていりゃいいんだ」と。櫻井よしこと岡崎久彦なんかも、典型的なそれです。なにが凛として美しくだ。奴隷の精神じゃないかと思います。

 アメリカに付き従うにしても、原点としては「負けて悔しい、敗北して悔しいんだ」というのが、戦後の保守傍流と言いますか、中曽根さんたちだったと思うんです。それが今は変質して「悔しい」とか「民間人を酷く焼き殺しやがって、ちくしょう」っていうことがなくなっちゃって。広島原爆の直後、半死半生の被爆者たちは救援に駆け付けた日本兵に「平和憲法を作ってください」なんて言っていませんよ、誰一人として。「兵隊さん、アメリカをやっつけてください」と言って死んでいったんですよ。私は、悲しくて情けなくて涙が出る。

 だから今の保守、ネット右翼が仮にこの本を読んで「日米地位協定は差別的だ、日本の主権が侵されている」と幾ら提示されても「いや~、でも守ってくれるからいいじゃないですか」と言って、星条旗を振ってアメリカバンザイと言うんでしょう。そんなものは保守でも右翼でもなくて奴隷です。

 地位協定って“在日米軍特権”みたいな話ですけれども、ネット右翼はそれを追及する代わりに「在日コリアンには在日特権があるじゃないか」と言うんです。そんなものはない。連中はそれを証明しようと十年費やしましたが、一切なかった。でもそういう論点ずらしがネット右翼の場合、骨の髄まで定着してしまっているんです。

 日米地位協定を変える、あるいは日米安保を最終的に破棄しようっていうのは古風な保守や新右翼が思っていたことで、彼らは概して反米右翼でした。今そういう考えを持っているのは自民党内では石破茂さんぐらいですね。

松竹 まあ、そうでしょうね。

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関連書籍

〈全条項分析〉日米地位協定の真実

プロフィール

古谷経衡×松竹伸幸

 

 

古谷経衡(ふるや・つねひら)
1982年札幌市生まれ。作家・文筆家。立命館大学文学部史学科(日本史)卒業。一般社団法人日本ペンクラブ正会員。NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。時事問題、政治、ネット右翼、アニメなど多岐にわたり評論活動を行う。著書に『毒親と絶縁する』(集英社新書)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『左翼も右翼もウソばかり』『日本を蝕む「極論」の正体』(ともに新潮新書)、『「意識高い系」の研究』(文春新書)、『女政治家の通信簿』(小学館新書)、長編小説『愛国商売』(小学館文庫)などがある。

 

松竹伸幸(まつたけ・のぶゆき)
1955年長崎県生まれ。 ジャーナリスト・編集者、日本平和学会会員、自衛隊を活かす会(代表・柳澤協二)事務局長。専門は外交・安全保障。一橋大学社会学部卒業。『改憲的護憲論』(集英社新書)、『9条が世界を変える』『「日本会議」史観の乗り越え方』(かもがわ出版)、『反戦の世界史』『「基地国家・日本」の形成と展開』(新日本出版社)、『憲法九条の軍事戦略』『集団的自衛権の深層』『対米従属の謎』(平凡社新書)など著作多数。

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