「全身がポテンシャルでできている」と表現したくなるような若いスケーターの演技を見るのは、本当に震えるような驚きと感動があります。
私はフィギュアスケートだけでなく体操競技やテニスを見るのも好きです。
「ひとりの選手がキャリアを積んでいく過程で、段階的に、ときには飛躍的に成長を遂げていく。その姿を観客として目撃できる」
これは、私にとって、スポーツを観戦するもっとも大きな醍醐味のひとつです。そのスポーツを長く好きでいればいるほど、この喜びに観客として立ち会える回数も増えるのです。
羽生結弦のこの演技から8年が経っています。この8年間、羽生結弦は、ジャンプの種類だけでなく、ジャンプ前後のトランジションも、スピンの前後のトランジション、そして演技全体のトランジションも、こちらの想像をはるかに超える密度、難度で高めてきました。
私にとって羽生のその姿は、内村航平が2009年に世界王者になってからもその立場に安住することなく、次々に新しい技に取り組み、それを試合で披露してきた(それも素晴らしいクオリティで!)姿と重なるのです。
すでに世界のスポーツ史にその名を大きく刻んだふたりのアスリートから、観客として、私はすでに充分すぎるほどの幸福を与えてもらっています。
フィギュアスケートの世界選手権まで、1ヶ月足らず。羽生結弦本人が納得した状態で試合を迎えられますように。そのとき私は、また「新しい幸福」を目撃することができるでしょう。その新しい幸福は、きっと、観客ひとりひとりの人生に、新しい形のインスピレーションを与えてくれるはずです。
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『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。
プロフィール
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。