「それから」の大阪 第5回

コロナ禍の道頓堀界隈を歩く

スズキナオ

老舗酒店が見つめる町の変遷

この通りにあって一際強い存在感を見せているのが「シバチョウ酒店」である。創業150年以上になるという老舗の酒屋で、角打ちスタイルで店内でお酒を飲むことができる。

 

創業は幕末期だという「シバチョウ酒店」(2020年12月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷えたチューハイで喉の渇きを癒しつつ、店主の田中弥助さんにお話を伺った。弥助さんはこの店の6代目店主。まだ30代半ばとお若いが、朗らかな人柄と丁寧な接客とでだいぶ年上の常連客にも愛されている。

店主の田中弥助さん。その名前は創業者から受け継いだものだとか(2020年12月撮影)

生まれも育ちもこの場所だという弥助さん。店の裏手にかつてあった精華小学校に通っていたが、都心部ゆえのドーナツ化現象によって同校の児童の数は減少していった。最終的には全学年の生徒をあわせて60人ほどの少人数となり、弥助さんが低学年の頃、近隣の南小学校と統合されることになる。精華小学校は地元の有志による出資で1873年に開校され、弥助さんが通っていた校舎は1929年に竣工した鉄筋コンクリート造りの立派なものだったそうだ。精華小学校の跡地には大型家電量販店・エディオンなんば本店のビルが建っている。

 

エディオンなんば本店の一隅には「精華小学校メモリアルルーム」という展示室があり、在りし日の校舎の写真が飾られている(2020年12月撮影)

弥助さんが通学していた頃の精華小学校の校舎(2020年12月撮影)

 

「やはりこのあたりは勤めにくるところ、商売をする町なんでしょうね」と弥助さんは言う。新しく転入した南小学校への通学路は繁華な心斎橋筋商店街だったというからすごい。前夜から明るくなるまで飲んで泥酔しているらしき大人たちを横目にランドセルを背負って歩いていたという。

子どもの頃からずっと見てきた町だから、その変化の目まぐるしさにはすっかり慣れている。このシバチョウの向かいの店舗ひとつとっても、パチンコ店だった時代もあれば大型の100円ショップだった頃もあり、それがファーストフードチェーンのバーガーキングになりと変遷しており、店から見える景色はどんどん変わっていった。

 

シバチョウの向いは現在バーガーキングの店舗になっている(2020年12月撮影)

「うちの斜め向かいの建物のドアが鏡みたいになっていて、少年野球をやっている時にそこでフォームを確認しながら素振りをしてたんです。今の時代にここで金属バット振ってたら通報されると思いますわ」と笑う弥助さんにとって、この近辺は「面白いけど、商売するには大変な町」という印象だそう。大きな店舗が新しくできては人の流れがガラッと変わる。それによって活気が生まれることもあるが、それまで積み上げられてきたものが簡単に失われてしまうあっけなさとも隣り合わせだ。

この店の隣には手芸用品店・とらやの大きな店舗があるが、そのとらやは12月20日をもって閉店することが決まっている。近年の業績が低迷していたことも閉店の要因だが、新型コロナウイルスの影響も大きかったという。海外観光客からの売り上げが見込めなくなったことに加え、コスプレファンの需要にも支えられていたのに、肝心のコスプレイベントが軒並み中止となったことも響いた。

 

1952創業の老舗手芸洋品店・とらやは12月20日で閉店(2020年12月撮影)

「寂しいです。店の場所を説明する時に『とらやさんの隣です』ゆうたらほぼ通じていたんですけどね」と嘆く弥助さんは、どんどん変わっていく町並みの中で、マイペースにのんびりとこの商売を続けていたいと考えている。「まわりが変わっていくのにここだけは取り残されたまんまです。変化に追いつけないんですよ」と謙遜するが、代々受け継がれてきたものに敬意を払い、それを背負っていこうとする気概を感じた。

店内で酒を提供するスタイルは以前からのものだが、弥助さんが店に立つようになってからは日本酒、ワイン、焼酎の銘柄を大幅に増やし、質のいい酒を気軽な価格で味わえる店にしようと努力しているという。

 

 

所狭しと並べられた酒瓶。「美味しくない酒以外はなんでも好き」と弥助さん(2020年12月撮影)

おすすめしてもらったチリ産のデザートワイン(2020年12月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新型コロナウイルスの影響で周辺の人通りは減っているが、もともと一人か二人の少人数客が多く、それぞれの滞在時間も短いこの店はそれほど大きな影響を受けずに済んでいるという。とはいえ、今まで仕事帰りに毎日のように姿を見せていた常連客が在宅のテレワークに切り替わってほとんど顔を出さなくなったりと、変化は少なくないそう。

「うちはまだこれで済んでますけど、道頓堀通りや黒門市場はインバウンドの方が多かったので大変やと思います。昔からのお店が夜逃げするように出て行かれたと聞いたりすると、なんともねえ……。とにかく平常に戻って欲しいと思います。大阪でも一番賑やかだったところがむしろ一番静かになってしまいましたから」という弥助さんの言葉を聞き、黒門市場へも足を伸ばすことにした。

 

気さくにお話を聞かせてくれた田中弥助さん(2020年12月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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