スーフィズム入門 第九回

心を味わう―修行者の食卓

ما هو التصوف

山本直輝(やまもと なおき)
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白い衣服に身を包んだ男性たちが一定のリズムをたもって旋回し瞑想するスーフィーの静謐な映像は誰しも一度は目にしたことがあるかもしれない。

一般に日本で中東をめぐるイスラームの話題といえば紛争の影や厳しい戒律のイメージがつきまとうが、この「イスラーム神秘主義」と呼ばれるスーフィズムの求道的なたたずまいは門外漢にもどこか安寧を感じさせ、また日本文化に通じる香りがする。

はたして、スーフィズムとはいかなるものなのか? スーフィズム研究を専門とし、現在、イスタンブールで教鞭をとる著者による入門連載をここに贈る。

山本直輝

 

我ら真理の道を歩む修行者、王の食卓にて同共(とも)に食す。

神よ、この碗と食卓を永久のものとし給え。

メヴレヴィー教団の格言

 

「教え」を味わう

 スーフィズムの知識は修行による魂の修練や神の愛によって獲得される、修行者一人一人にとって極めて個人的な体験の蓄積である。スーフィズムではこのような知識を「味得(ザウク)の知」と呼ぶ。スーフィーの間で使われていた専門用語を収集、整理した思想家アルドゥルラッザーク・カーシャーニー(1329-35年頃没)によれば、この味得には三つの段階があるとされる。第一段階は「味わい(ザウク)」で、修行を始めたばかりの人間が神の真理を感じようと身体感覚を研ぎ澄ませる段階である。第二段階は「嚥下(シュルブ)」と呼ばれる。修行で得た体験を咀嚼し、時間をかけて心で理解しようと試みる段階である。この段階の修行者はまさに神秘体験のただなかにある。最後の段階は「芳香(ライイ)」と呼ばれる。修行を通して精神を磨き上げたスーフィーは、飲み込んだ真理が心身に染み込み、内から香り出でる感覚を味わう。この味得の段階性は、真理は決して一朝一夕に理解できるものではなく、修行者が時間をかけて咀嚼(そしゃく)する必要があることを示している。スーフィー教団の導師の役割は、修行者にこの味得の知を完成させる道を示すことである。

 真理を自分のものとする「過程」の重要性を修行者に教えてくれるスーフィズムの修行のひとつに「食事」がある。なぜなら食事は調理器具を整え、厨房を奇麗に保ち、食材を調達し、食材ごとの味や栄養を活かす適切な調理方法を考え、そして食す者の心と体の状態に合わせて調理するなど様々な準備と工夫を必要とする。修行と食事が深く結びついていることは、茶の湯における「懐石」や仏教における「精進料理」や「普茶料理」の伝統がある我々日本人にとっては決して異質なものではないだろう。たとえば曹洞宗の開祖道元が著した『典座(てんぞ)教訓』でも、修行僧の食事を作る役職である典座を真理に至るための修行として、その意義を詳細に解説している。

 一般的には白い衣に身を包み、神・宇宙・自己の調和を目指す旋回修行で有名なトルコのメヴレヴィー教団は、実は食事に関する様々な作法を体系化し彼らの「スーフィー道」として組み込んだことでも知られている。第七回で紹介したナクシュバンディー教団は在家主義をとっていたため日常生活の中で修行を続ける方法を重んじていたが、メヴレヴィー教団では独身者はなるべく修行場に住み込み、祈祷修行だけでなく掃除や洗濯、料理、配膳、食器洗いなどを導師の指導のもとで行い、心を磨く修行として修めることが尊ばれた。今回はメヴレヴィー教団における食事をめぐる修行とスーフィーの「精進料理」について解説したい。

 

メヴレヴィー教団の食事作法

 メヴレヴィー教団では食事に際して以下のような基本作法が決められていた。

1 食事は塩を取ることから始まり、塩を取って終える。

2 食事は一日二回。

3 水は奇数回に分けて飲む。(三回、五回、七回など)

4 水を飲むときは極力他人に見せないように飲む。

5 一つの皿で食事を弟子達と分け合いながら食べる。

6 満腹になる前に食事を止める。

7 パンや肉をナイフで切らない。

 たとえば水を奇数回に分けて飲むのは預言者ムハンマドの言葉「アッラーは奇数を好む」に基づいている。ナクシュバンディー教団の祈祷修行は奇数回で一セットとしていたが、メヴレヴィー教団は水を飲む行為を奇数回に分けて行うことで、その中に祈りを込めた。水を飲む姿を隠す行為は「謙譲」の精神、パンや肉をナイフで切らない行為は「慈しみ」の精神の実践であるという。また修行者は一つの皿に食事を盛り、分け合って食べることが奨励されていた。これは神の恵みを独占せず公平に分配し、「同じ釜の飯を食う」ことで修行者同士の同胞意識を養うことを目的としている。

食事を共にするメヴレヴィー教団修行者たち。

 またメヴレヴィー教団の修行者は「ケスキュル」と呼ばれる托鉢碗を首か腰から下げて生活していた。施しを受けるときはこの碗で受けパンの一欠片も粗末にしないように気を付けた。パンくずは犬や小鳥など動物と分け合って食べたとされる。

(スーフィーの托鉢碗。https://blog.iae.org.tr/sergiler/tasavvufi-hayat-ve-sanatlarから)

 

メヴレヴィー教団「18の奉仕職」

 メヴレヴィー教団の修行のための奉仕職は台所の仕事を中心に様々な役職に振り分けられていた。主要な奉仕職は18あり、これはメヴレヴィー教団の祖ルーミーが『精神的マスナウィー』の最初の18行の詩を彼自身の手で書いたことに因んでいる。メヴレヴィー教団の修行場を取り仕切るのは料理長であり、老齢の独身の修行者が選ばれた。18の奉仕職は全てこの料理長の管理の下で修行に励むことになっていた。修行者は雑用係から始まり、掃除や洗濯など様々な作務をこなしていく。どれも我欲を抑える術を学ぶ「奉仕(ヒドマ)」や「利他心(イーサール)」の実践として行われ、なかでも修行者の食事を扱う料理職は修行者の中でも最も高位の者が担う奉仕職であった。食事は修行者の心身の健康状態を左右し、動植物の命も取り扱う作務であるため、生半可な覚悟の修行者には務まらないと考えられていたからである。18の奉仕職の内容について簡単に紹介する。

 

1 料理長助手 台所だけでなく修行場全体の管理を行う料理長の下で働き、彼の仕事の補佐を主な目的とする役職。また料理長助手は料理長と並んで実質修行場の師範代のような役割も果たしており、テッケの管理や弟子達の実質的な指導は料理長助手と導師代理が行っていたとされる。さらに写本装飾やアラビア書道、数珠作りなどの工芸技術の指導も行っていた。写本装飾とアラビア書道はルーミーの『精神的マスナウィー』や他のメヴレヴィー教団導師の著作の写本作製を行う際に必要な作業で、我々日本人が仏教経典を写経するように、彼らも教えを心身に染み込ませるための修行の一環として写本を作っていたとされる。また数珠(タスビーフ)も祈祷修行で必ず用いられる必需品であった。また修行場の規律を乱した弟子の懲罰を行うのも料理長助手の仕事だった。

(写本装飾。Islâm Ansiklopedisiより)

(数珠。Islâm Ansiklopedisiより)

2 導師代理 新参の修行者にメヴレヴィー教団の基本的な教えや作法、クルアーン読誦法やイスラーム学の基礎を教える役割を担った。台所の傍に個室があり、旋回修行を始めたばかりの初心者の指導も行っていた。

3 外広場見守り 導師と弟子たちの間の伝達を担う役職。修行者は御籠り修行を終えると個室を与えられ、昼夜個室から出ずに祈祷修行を行うことも少なくないため、個室から個室をめぐり導師からの連絡を伝えるために走り回ったという。また秘書のような役割も担っており、導師が外出する際は常に付き添うことが求められた。

4 洗濯係 修行者の服や下着、使った布などを洗濯する役職。服や下着を洗うとき、「ああ、(罪を)洗い流す御方」と神の名前を唱えて歌うこともあったという。

5 手洗い場掃除 手洗い場や水場の掃除を行う役職。不衛生な場所を掃除する係のため、御籠り修行を終えるまえの修行者に与えられる最後の奉仕職であったとされる。

6 シェルベット渡し 御籠り修行を終えた修行者に甘い飲料(シェルベット)を渡す係。御籠り修行を終えた修行者には個室のほかに、デデという呼称が与えられ一般の修行者とは区別された。

(シェルベット)

7 食器洗い 食事の後に食器を洗う役職。

8 食器棚見守り 食器棚の管理を行う役職。

9 買い出し係 毎朝食材の買い出しに行く役職。

10 食卓 食卓の掃除や準備を担う役職。

11 内見守り 導師や修行者に焙煎係が淹れたコーヒーを運ぶ役職。

12 内燭台見守り 室内の燭台の整備や管理をする役職。

13 焙煎係 台所で奉仕する修行者や高位の修行者にコーヒーを淹れる役職。コーヒーは集中力を高める飲料として、昼夜あらゆる修行に励まなければいけないスーフィーに好んで飲まれた。

14 寝床敷き 修行者の寝床を清潔に保つ役割。

15 外燭台見守り
修行場の蝋燭や燭台を管理する役職。

16 清掃係 修行場全体を箒で清掃する役職。

17 燭台係 夜になるとテッケの灯りを点けて回る役職。またその修行場で指導を行った歴代導師が埋葬されている聖者廟の管理職の助手も行っていた。

18 足見守り いわゆる雑用係で、メヴレヴィー教団に入った初心者がまず割り振られる役職だった。

 

メヴレヴィー教団の精進料理

 メヴレヴィー教団は食べ物には神の恩寵が宿ると考え、食事を神が人間に与える糧に感謝し、修行を行う身体的・霊的力を養う「修行」の一環として重んじた。もともとトルコは遊牧社会であったためメヴレヴィー教団も初期は乳製品が主な食事であったが、交易が発達していくのにつれて豆や穀物類なども彼らの「精進料理」の材料として取り入れられた。メヴレヴィー教団で食べられていた食事をいくつか紹介したい。

ひよこ豆のスープ。Sahrap Soysal,Dervis Sofralariより

材料
ひよこ豆 2カップ
塩 小さじ1杯
クミン 小さじ1杯
鶏肉か牛肉のゆで汁 8カップ

1 前日にひよこ豆をゆでておき、一晩浸水させる。
2 ひよこ豆の皮をむき、鍋に入れる。鶏肉か牛肉のゆで汁を鍋に入れ、かき混ぜる。
3 中火で煮込みながら、塩とクミンを入れる。
4 スープが沸騰したら火を消し、10-15分くらい経ったら完成。

 

 

ウズベク・ピラフ。Sahrap Soysal,Dervis Sofralariより。

材料
羊肉 500g
玉ねぎ 2個
ピスタチオ 大さじ2杯
塩 小さじ1杯
胡椒 小さじ1杯
水 8カップ
バター 100g
米 2合
人参 2本(千切り)
栗 8-12個
ひよこ豆 1カップ
干しブドウ 大さじ2杯
クミン 小さじ1杯
オールスパイス 小さじ1杯

1 塩を入れた水に米を入れ40分浸水させる。
2 羊肉を洗い、鍋に入れる。中火で羊肉を3-4分ほど炒める。みじん切りにした玉ねぎとバターを入れ、混ぜながらさらに10分ほど炒める。
3 塩と胡椒、水を8カップ加え混ぜる。沸騰したら弱火にして、さらに40分ほど煮る。
4 米を別の鍋に入れ、千切りにした人参を入れ混ぜる。さらに先ほど煮た肉と玉ねぎ、クミン、オールスパイス、ひよこ豆、栗(半分に切る)、干しブドウを加え、混ぜてから中火で炊く。
5 米が炊けたら火を止め、10分ほどしたら完成。

 

メヴレヴィー・ストラッチ。Sahrap Soysal,Dervis Sofralariより。

材料
牛乳 4カップ
米 1カップ
塩 少々
はちみつ 少々
クルミ 少々

1 牛乳を煮込み、沸騰したら火を止める。
2 米を水につけ(米の表面から指の第一関節くらい上まで)、かなり軟らかくなるまで置いておく。
3 米に塩を加え、さらに煮込んだ牛乳を入れて混ぜながら40ー50分煮込む。
4 とろみがついてきたら煮込むのを止め、2ー3時間冷やす。上にはちみつやクルミをかけて完成。

 

現代トルコ社会の食事をめぐる奉仕精神「パン掛け」

 ムスリム諸国の中でも特に厳しい世俗主義を採用しているトルコだが、実はスーフィズムの精神は社会のあらゆるところで残っている。例えば、「パン掛け」という文化がある。これはパン屋でパンを買うときに余分にパンを買い、壁に掛けられた専用の袋にパンを入れておくことで貧しい人が自由に食べられるようにするというものである。スーフィズムの精神の中でも最も貴い徳のひとつとして利他心が多くの古典で挙げられているが、パン掛けは利他心の実践としてオスマン帝国期から行われてきたという。またコロナウイルス感染が拡大してから、いくつかの衣料店では無料でマスクを配布するパン掛けならぬ「マスク掛け」が行われている。

 第八回
スーフィズム入門

白い衣服に身を包んだ男性たちが一定のリズムをたもって旋回し瞑想するスーフィーの静謐な映像は誰しも一度は目にしたことがあるかもしれない。 一般に日本で中東をめぐるイスラームの話題といえば紛争の影や厳しい戒律のイメージがつきまとうが、この「イスラーム神秘主義」と呼ばれるスーフィズムの求道的なたたずまいは門外漢にもどこか安寧を感じさせ、また日本の芸道におけるストイックさに通じるものが香る。 はたして、スーフィズムとはいかなるものなのか? スーフィズム研究を専門とし、現在、イスタンブールで教鞭をとる著者による最新の入門連載をここに贈る。

プロフィール

山本直輝(やまもと なおき)

1989年岡山県高梁市出身。同志社大学神学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。専門はスーフィズム、トルコ地域研究。

現在トルコのイブン・ハルドゥーン大学文明対話研究所助教。主な翻訳に『フトゥーワ―イスラームの騎士道精神』(作品社、2017年)、『ナーブルスィー神秘哲学集成』(作品社、2018年)。

 
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