スーフィズム入門 第十二回

特別対談 スーフィズムとカリフ制③

現代ナクシュバンディー教団の甘美な理念とカリフ制展望

中田 考×山本直輝

山本直輝先生とイスラーム学者中田考先生に3回にわたり「スーフィズムとカリフ制」と題し、現代における世界のスーフィー教団の動向をお話しいただいた番外編、第3回。EUとエルドアン政権のトルコとの軋轢など現代イスラーム世界の表面的なニュースの背後にある、スーフィズムを中心とした思想史的流れとカリフ制再興運動との関係を踏まえることで、より深い世界が見えてきます。

構成=木村風雅 資料作成協力=久間達也

 

シャイフ・ナーズィムが馳せるカリフ制の夢

キプロスのシャイフ・ナーズィム

山本 シャイフ・ナーズィム(英国を中心に活動したナクシュバンディー教団の一派ハッカーニーの長老)の話に移りたいと思います。シャイフ・ナーズィムもまた、イスラーム世界の伝統的なヒエラルキーに支えられた社会を取り戻すためにカリフ制を復興したい、ということですね。

中田 そうです

山本 前回も少し言及がありましたが、なぜカリフ制再興の夢を託す先が英国王室なのでしょうか。そもそもシャイフ・ナーズィムと中田先生はどこで出会ったのかを教えてください。

中田 最初はエジプト留学中にラマダン月にフサイン・モスクに礼拝に行ってたまたまそこで知り合ったスーフィーのおじさんに、スーフィーの良い先生につきたいのだけど誰かいないかって尋ねたら、紹介されたのがシャイフ・ナーズィムの高弟だったのです。

 それがアブドルハイユ・ホルデクというオランダ人のカイロ・アメリカン大学の比較文学の先生だったんですが、休みがあると必ずキプロスのシャイフ・ナーズィムの修行場に行って、お弟子さんたちとみんなで雑魚寝をし、礼拝をして法話を聞く、という生活をしている人でした。その方と知り合って毎週木曜日の夜にその方の家でやっているスフバ(同伴、集会)に通うようになり、それから彼に連れられてキプロスにシャイフ・ナーズィムに会いに行きました。それが最初の出会いですね。

 最初にシャイフ・ナーズィムの存在を知ったのは、前述の通りまだ私が学生だった1984年に行った東南アジアの太平洋ムスリム青年会議でマフムード・クルクチュさんからシャイフ・ナーズィムの本『慈悲の大海(Mercy Ocean)』をもらった時でした。

山本 先生は元々ゴリゴリのジハーディストだったのに、なぜスーフィーのシャイフに弟子入りしようと思ったのですか。

中田 元々ジハーディストというかサラフィーであっても、少なくともイブン・タイミーヤ〈1328年没〉の考え方だとスーフィーのタリーカ(スーフィー教団)自体は否定していませんし、スーフィズムは先生について学ばなければいけない、とは考えられていますから。

山本 そうなんですね。

中田 イブン・タイミーヤ自身がカーディリー(12世紀にバグダードで成立したスーフィー教団)ですしね。

山本 はい。

中田 どこかの教団に入ってシャイフにつかないといけないというのが原則論ですから、毎週ナクシュバンディー教団の集まりに出席して、シャイフ・ナーズィムにバイア(誓約)も一応したのですけれど、シャイフ・ナーズィムはバイアをしなくても彼と一緒にいて気持ちよければそれで彼の弟子だという立場でした。緩くていいんですよ。だからずっとそこにいて。それで一応会いに行ってバイアもしたんですが、私は元々性格的にスーフィーには向いていないので、あまりスーフィーだという自覚はありません。

 

スーフィーの仕事とは飴ちゃんである

山本 シャイフ・ナーズィムのもとでは、どのような修行をされていたのですか。

中田 ナクシュバンディーの基本はスフバ(同伴)だから一緒にいればいいんですよね。シャイフ・ナーズィムとは、キプロスのご自宅にまで会いに行ったのは一回だけだけども、アメリカでも一回会っており、英国でも何回もシャイフ・ナーズィム系のモスクに行ってお会いしています。カイロではアブドルハイユ・ホルデク先生のところに毎週通って、ズィクルをしていましたね。

山本 基本的には祈祷の修行をしていたのでしょうか。

中田 そうですね。

山本 その後、みんなで一緒にご飯を食べて、みたいな。

中田 そうそう。そういうことです。

山本 先生、シャイフの家を訪ねた時に飴ちゃんはもらいましたか。

中田 飴ちゃんというかお菓子を必ずもらいましたね。

山本 あれは修行書に書いてあるんです。シャイフの大事な仕事として、まず人が来たら飴をあげなさいという教えですね。甘いスッカル(砂糖菓子)をあげるようにということですね。

中田 私がシリアにあるシャイフ・ナーズィムのお師匠さんのアブドゥッラー・ダーギスターニーのモスクに行った時に、そこの墓守のおじさんのところに行ったらですね。お菓子をくれて、タリークナー・ハルワだ(アラビア語で我々の修行の道は甘美だ、の意味)って言われてお菓子をもらいました。

山本 修行とは甘美な道だ、みたいな。

中田 そうです。

山本 「人生の甘みを知らせるために、私たちは飴をやるのだ」とか言って、大阪のおばちゃん並みに飴ちゃんをポケットに持っていますね。

中田 そうそう。シャイフ・ナーズィムは特に子供によくあげていましたね。

山本 僕もよく自分の先生に飴を持っておけ、と言われました。客人に何かをあげることをトルコ語で「イクラーム」と言います。まあ原語はアラビア語ですが。サービスするのがスーフィーの仕事だから、とにかく何か他人に渡せるものを常に持っておきなさいということですね。何もないんだったらとにかく知識を広めるようにしなさいと言われます。それらの典型的な象徴が、飴ちゃんなんですね。スーフィー(の仕事)とは飴ちゃんであるとまで言ってもいいくらいです。

中田 確かそれも『俺の妹がカリフなわけがない!』(晶文社、255頁)に書いておきました。

山本 『俺カリ』の中でも飴を配っていたのですか。

中田 いや、そうじゃなくてね。『俺カリ』の中でタリーカの、アブドゥッラー・ダーギスターニーの話も出てきてですね。バクラヴァ(オスマン帝国発祥の伝統菓子で、パイ生地にナッツ等を挟み焼き上げ、シロップに漬けたもの)を食べるところで、お菓子の話を挿入しています。だから全部実話に基づいているんですよね。書いていることはね。

山本 この間イスタンブールで中田先生のカリフ金貨を作る際、スーフィー教団系のツテで知り合いの金貨屋さんに頼みました。その店を訪ねてみると、まず飴が置いてあって、まずは飴を食べなさいと言われました。交渉中もずっと飴を食べていました。本当にスーフィー教団の繋がりではどこに行っても必ず飴があります。人類学者にとっては、これは研究対象になるのではないでしょうか。

中田 特にナクシュバンディーはね。

 

英国王室カリフ化計画

山本 話は戻りますが、シャイフ・ナーズィムの運動の一番大きなビジョンはヨーロッパにおける英国王室のカリフ化だと思います。これについて解説をお願いします。

中田 シャイフ・ナーズィム自身は南キプロスの人で、元々キプロスは英国の植民地だったので、彼は英国のパスポートを持っているんです。それで彼はヨーロッパのどこへでも行けるのです。シャイフ・ナーズィム自身は母方を辿ると預言者の家系につながり、父方はルーミー(ジャラール・アッ=ディーン・ルーミー。1273年没)の家系です。そしてウラマーの家系だったからイスラーム学の教養はあったのですが、正規の教育としてはタンズィマート期に導入された世俗主義の教育も受けていました。その後でイスラームに目覚めて一念発起してダマスカスに行ってそこでアブドゥッラー・ダゲスターニー(1973年にシリアで没したダゲスタン出身のナクシュバンディー教団の長老。第一次世界大戦下のオスマン帝国で過ごし、自身も従軍する。1921年には累計10年のスーフィーとしての隠遁生活を終え、長老としての免状(イジャーザ)を獲得する)の弟子になりました。

 そこでダーギスターニーはナーズィム師に、「お前は英語ができる。英国のパスポートもあって英語もできるのでお前はヨーロッパに行け」って言うのです。そう言われてヨーロッパに行くことになったそうです。

 「スルタンは地上における神の影である」というハディースがあります。スルタンというのは一種の王様ですから、シャイフ・ナーズィムは王制支持者で、オスマン朝を潰した民主主義、共和国というのはイスラームの敵である、ちゃんとヨーロッパの王室を維持している英国は素晴らしい、と思っていました。それで実際英国でもお弟子さんが増えたんです。特にプリンス・チャールズはイスラーム研究のパトロンとして有名なのですが、それでシャイフ・ナーズィムの教えを受けたことがあったのでシャイフ・ナーズィムのお弟子さんたちはみんなプリンス・チャールズを、彼はムスリムであってシャイフ・ナーズィムの弟子であると信じています。

山本 僕もシャイフ・ナーズィムの教団の英国支部とフランス支部に行ったことがあります。そこに行くと、毎度のことシャイフ・ナーズィムとチャールズ皇太子のツーショット写真を見せてもらい、これが彼らのバイアの瞬間なのだよと教わります。「チャールズはムスリムで、カリフ制再興のために頑張っているのだよ」みたいなことを誰からも言われます。

中田 そうなんです。そう信じています。英国王室には預言者ムハンマドの血が入っている、と。はっきりしていませんが、この話は時々ヨーロッパでもニュースになるんですよね。

「エリザベス女王はイスラム教の預言者ムハンマドの子孫?」クリスティナ・マザ(「ニューズウィーク日本版」2018年4月13日)https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/04/post-9956.php

 ただしイスラーム的に言うと、アラブは男系制だから女系で繋がっているだけでは預言者の子孫とは言いにくいんですけれども生物学的には血が入っているんです。で、このことを意識している人間もいれば意識していない人間もいるということです。ヨーロッパでは、王室はみんな血縁で繋がっていますから預言者の血も入っている。それをベースにヨーロッパ・カリフ制を作ろうとしています。だから彼は中央アジアとか東南アジアのことは考えていなくて、とりあえずオスマン帝国の領土を元に、ヨーロッパ・カリフ制を作ろう、というのがシャイフ・ナーズィムの構想です。

山本 それはヨーロッパの王室がカリフ化して、その後ヨーロッパ・イスラーム帝国がコントロールする世界が誕生するという話なのでしょうか。

中田 どこまで具体的なのかわからないですがね。

山本 イスラミック・コモンウェルスみたいなものができるのですかね。

中田 要するにそういうことですね。だからEUと合体するという考え方ですね。

山本 フランスで『服従』(ミシェル・ウェルベック著/大塚桃訳、河出文庫、2017年)っていう小説がありましたね。ムスリムが大統領になって、フランスがイスラーム国化するみたいな内容の小説です。

中田 そう。ああいう発想ですね、基本的には。

山本 ではエリザベス女王がカリフに就任するとかそういう話なのでしょうか。

中田 そういう感じですね。それが元々の発想です。

山本 シャイフ・ナーズィムは日本の天皇家も好きだと聞いたことがあります。

中田 そうです。基本的には王様がいるところがみんな好きなんですね。だから私は個人的に日本の天皇を守りなさい、と言われました。

山本 それは、天皇家をイスラーム化しろという話なのでしょうか。

中田 そうじゃなくて、天皇制を守れ、という話です。天皇制廃止、共和制化を阻止しろとかいう話です。

山本 「民主主義と戦え」といいう話なのですか。

中田 そうです。もちろん日本の天皇家のカリフ化計画っていうのはオスマン朝時代からよく言われていることですが、夢物語ですね。

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 第十一回
スーフィズム入門

白い衣服に身を包んだ男性たちが一定のリズムをたもって旋回し瞑想するスーフィーの静謐な映像は誰しも一度は目にしたことがあるかもしれない。 一般に日本で中東をめぐるイスラームの話題といえば紛争の影や厳しい戒律のイメージがつきまとうが、この「イスラーム神秘主義」と呼ばれるスーフィズムの求道的なたたずまいは門外漢にもどこか安寧を感じさせ、また日本の芸道におけるストイックさに通じるものが香る。 はたして、スーフィズムとはいかなるものなのか? スーフィズム研究を専門とし、現在、イスタンブールで教鞭をとる著者による最新の入門連載をここに贈る。

プロフィール

中田 考×山本直輝

 

 

中田 考(なかた こう)
1960年岡山県生まれ。イスラーム学者。イブン・ハルドゥーン大学客員教授。東京大学文学部卒業、同大学院修士課程修了後、カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了(哲学博士)。在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部准教授、日本学術振興会カイロ研究連絡センター所長、同志社大学神学部教授等を歴任。『カリフ制再興』(書肆心水)、『増補新版 イスラーム法とは何か?』(作品社)、『イスラームの論理』(筑摩選書)、『イスラーム 生と死と聖戦』『イスラーム入門』(集英社新書)、『俺の妹がカリフなわけがない!』(晶文社)、『みんなちがって、みんなダメ』(ベストセラーズ)他著書多数。

 

山本直輝(やまもと なおき)
1989年岡山県生まれ。同志社大学神学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。専門はスーフィズム、トルコ地域研究。 トルコのイブン・ハルドゥーン大学文明対話研究所助教を経て現在、国立マルマラ大学大学院トルコ学研究科アジア言語・文化専攻助教。主な翻訳に『フトゥーワ―イスラームの騎士道精神』(作品社、2017年)、『ナーブルスィー神秘哲学集成』(作品社、2018年)。

 
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特別対談 スーフィズムとカリフ制③