スーフィズム入門 第十三回

武の心―スーフィーとマーシャル・アーツ

ما هو التصوف

山本直輝(やまもと なおき)

2東南アジアからイギリスまで:シラット演武としての「崇拝行為」

 東南アジアでシラットを学び、ロンドンでムスリム青少年の教育プログラムとしてシラット演武を教えているアブドゥッラフマーン師は、シラットとは単なる武術の型ではなく人間のあらゆる動きに存在する神の叡智を教えてくれるものであると考えている。特に彼のシラット講座ではしばしば、イスラームの礼拝に関するあらゆる動きがシラットの「型」として紹介されている。ある講座でアブドゥッラフマーン師は「ウドゥー(浄め)」の型を紹介していた。ムスリムは礼拝を行うためにまず水で体を浄める必要があるが、その際の腕や頭、足の洗い方がいかに人間の肉体の構造的に理にかなった動きであり、かつ演武の観点からいかに美しい「型」であるかを解説し、その一挙手一投足にアッラーへの祈りを込めることの重要性を説いていた。

ナクシュバンディー・シラットの遣い手アブドゥッラフマーン・ブランシェッ

 

2 東アジア:中国武術とスーフィー

武器(月牙鏟:げつがさん)術を実演する回族武術家の王子平

 中国ムスリム社会、特に回族社会と武術は非常に密接な関係にあるといってよい。武術は回族にとって航海や貿易の際に海賊・盗賊から身を守る実用的な護身術としての側面を持つのみならず、なによりもイスラームの精神修行として重要視されてきた。回族の武術の多くは秘伝とされ、アホンと呼ばれるイスラーム学者が武術を伝授するにふさわしい学徒たちにひっそりと教えてきたと言われている。

 

回族の武術家たち

 回族は数多くの武術の達人を輩出しており、なかでも王子平(1973年没)と常東昇(1986年没)は中国のみならず世界中の武術家の間で知られている。王子平は回族武術の名家の生まれで査拳の達人であった。また気功法の練功十八法の元となった去病延年二十勢という体操を考案したことでも知られている。イスラーム学にも明るく、クルアーンを独唱しながら巨岩を持ち上げた逸話が残されている。また、欽州市にある中国ムスリムの歴史が刻まれたモスクの扉を手に入れようとしたドイツ軍に重量挙げ競争を挑み勝ったと伝えられている。

若かりし頃の王子平

 常東昇もまた武術名家出身であり、武術の技術面のみならず人格も優れていたことから「常勝将軍」、「花胡蝶」と称された。日中戦争の際には常東昇は軍の体育教官職に就き、摔跤(中国相撲:シュアイジャオ)の普及に努めた。

若かりし頃の常東昇

 

回族武術

 回族が編み出した武術としては、八極拳や心意六合拳、七士拳、査拳などが有名である。七士拳の「七士」は、預言者ムハンマドと四人のカリフ(アブー・バクル、ウマル、ウスマーン、アリー)とアリーの子であるハサンとフサインを「七人の聖者」を由来とし、この武術は各々の美徳を体現する7つの型を持つ。査拳は明の時代に西域ムスリムの「ジャミール」が編み出した武術と言われ、現在でも華北一帯で伝習されている。

 回族系武術のなかで特に有名なものは心意六合拳であろう。回族武術のなかでも最も実戦的と言われるこの武術は、17世紀に生きた武術家姫際可(1680年没)が、岳飛の武術秘伝書を長年にわたる研究の末に復活させた技の体系である。姫際可はこの武術を後に陝西省の靖遠総鎮大都督を務めるまでに至る高級官僚の曹継武に伝授した。そして曹は河南省出身の回族馬学礼と山西省出身の戴龍邦に技を授け、馬氏心意六合拳は回族の武術として知られていくようになる。

 中国イスラーム古典では、イスラームとは「天と人が合一するための法を探す修道の追求」であると説かれている。「内外の統一」である六合を身につけるために、明師を探し技術と人格を磨く武術は、まさに中国イスラーム思想の実践を担ってきたと言えるだろう。またこれらの武術はどれも「回族が編み出し、漢文化として受容され伝統として受け継がれてきた」ものであり、中国イスラーム文化が漢文明に大きな影響を与えてきたことを示す好例である。

 

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 第十二回
スーフィズム入門

白い衣服に身を包んだ男性たちが一定のリズムをたもって旋回し瞑想するスーフィーの静謐な映像は誰しも一度は目にしたことがあるかもしれない。 一般に日本で中東をめぐるイスラームの話題といえば紛争の影や厳しい戒律のイメージがつきまとうが、この「イスラーム神秘主義」と呼ばれるスーフィズムの求道的なたたずまいは門外漢にもどこか安寧を感じさせ、また日本の芸道におけるストイックさに通じるものが香る。 はたして、スーフィズムとはいかなるものなのか? スーフィズム研究を専門とし、現在、イスタンブールで教鞭をとる著者による最新の入門連載をここに贈る。

プロフィール

山本直輝(やまもと なおき)

1989年岡山県生まれ。同志社大学神学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。専門はスーフィズム、トルコ地域研究。 トルコのイブン・ハルドゥーン大学文明対話研究所助教を経て現在、国立マルマラ大学大学院トルコ学研究科アジア言語・文化専攻助教。主な翻訳に『フトゥーワ―イスラームの騎士道精神』(作品社、2017年)、『ナーブルスィー神秘哲学集成』(作品社、2018年)。

 
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武の心―スーフィーとマーシャル・アーツ