スーフィズム入門 第二回

師匠と弟子と「不可視の大学」

ما هو التصوف

山本直輝(やまもと なおき)
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白い衣服に身を包んだ男性たちが一定のリズムをたもって旋回し瞑想するスーフィーの静謐な映像は誰しも一度は目にしたことがあるかもしれない。

一般に日本で中東をめぐるイスラームの話題といえば紛争の影や厳しい戒律のイメージがつきまとうが、この「イスラーム神秘主義」と呼ばれるスーフィズムの求道的なたたずまいは門外漢にもどこか安寧を感じさせ、また日本の芸道におけるストイックさに通じる香りがする。

はたして、スーフィズムとはいかなるものなのか? スーフィズム研究を専門とし、現在、イスタンブールで教鞭をとる著者による入門連載第二回!

Photo:UNIPHOTO PRESS

 

第二回 師匠と弟子と「不可視の大学」
―スーフィズムの学びのネットワーク

アッラーに至る修行の道は人間の数だけ存在する
ナジュムッディーン・クブラー『スーフィズムにおける十の教理』
(12~13世紀中央アジアのスーフィー導師)

 

写真1 『NARUTO』第42巻より  (C)岸本斉史/集英社

 

スーフィズムの「Sensei」

 トルコや中東は日本から地理的に遠いが、序論でも少し解説した通り日本のアニメを通して「かわいい(kawaii)」など日本語の単語を知っている若者は多い。日本のマンガやアニメが海外で放送される場合、諸外国語に翻訳されるのだが、外国語に当てはまる言葉がない場合、日本語のまま使われる言葉がいくつかある。特にイスラーム学専攻のアニメ好きな若者にとって「Sensei」という単語は特に親近感があるそうだ。トルコ語では「ホジャ(hoca)」が先生に対応する言葉らしいが、例えば少年マンガの『NARUTO』(写真1)の「カカシ先生」や「自来也先生」、さらには『暗殺教室』の「殺せんせー」などのキャラクターたちの生徒とのかかわりを見て、「これはホジャだ!」と彼らは感動するらしい。

 ここでのホジャとは単に職業としての教師ではなく、周りの人間を精神的に導いていくSenseiの意味である。そしてイスラーム、特にスーフィズムの学びの文化ではこの「Sensei」が重要な位置を占めている。

 

スーフィズムの「師匠」と学びの系譜

 スーフィズムのSenseiは、アラビア語ではシャイフと呼ばれる。トルコ語ではホジャ、インドネシア語ではキアイなど各地域によって様々な呼び方があるが、人格の涵養を促し周囲の人々を導く精神的指導者のことを指す。スーフィズムでは、修行の段階によって人間を三つの段階に分け、イスラームの理解の深度も各段階によって違うと考える。

1 一般人:六信五行などイスラームの基本的な信仰や実践はしているが、スーフィズムの特別な修行をしていない一般層。
2 選良:よりよい人間になりたい、とスーフィズムの修行を師匠の許で始めた人たち。
3 選良中の選良:アッラーへの愛に目覚めることで苦しみから逃れ、さらに周りの人間の指導に励む人たち。

 17世紀に活躍した中国イスラーム学者の劉智はこの三つの段階の人間にとってのイスラームをそれぞれ「礼のイスラーム」、「道のイスラーム」、「真のイスラーム」と呼んだ。そしてスーフィズムとは人間が「道」を究め、「真」にたどり着こうと精神集中や修行を行う営みである。

 イスラームの学びの文化では「預言者ムハンマドから続く学びの系譜」が重要視される。これは預言者ムハンマドの「知者は預言者の相続人」という言葉に基づいており、イスラームの知の伝統では預言者の教えをいかに保存し後世に伝えていくかが重要視される。スーフィズムでは預言者ムハンマドから伝えられた教えを理解し、修行を完成したことを証明する「免許皆伝」制度があり、この免許を師匠から与えられると弟子はそのスーフィー教団流派の「先生」として指導する権利が与えられる。この免許皆伝の制度もスーフィー教団によって仕組みが違うのだが、例えばトルコで影響力を誇るナクシュバンディー教団では免許を「知識の免許」と「修行の免許」に分けている。「知識の免許」とはアラビア語や論理学、ハディース学、クルアーン解釈学、神学、法学など伝統的なイスラーム諸学の習得を証明するものであり、「修行の免許」とは祈祷や精神集中、社会奉仕など様々な実践を経たことを証明するものである。

写真2

写真3

写真4

 

 こちらの抜粋はムハンマド・エミン(1914-2013)というナクシュバンディー教団の導師の「修行の免許皆伝」のコピーである。「ムハンマド・エミンがムハンマド・サイード・セイダー・ジズリーから学び、彼はムハンマド・ヌーリーから学び…(中略)…アブー・バクル(預言者ムハンマドの高弟)は預言者ムハンマドから学び、預言者ムハンマドはジブリール(天使)から学んだ」という形で修行法の系譜が書かれている。天使は神から修行法を学び人間に伝えたと信じられているので、スーフィズムの修行法は究極的には神の知識に属するものである。ナクシュバンディー教団では「知識の免許」と「修行の免許」両方を取得することが流派を受け継ぐことの条件となっており、どちらか一方だけでは流派の教えを他者に伝える権利を持てない。この免許皆伝の伝統は特にトルコ東部のクルド系イスラーム学者、スーフィー導師の多い地域で現在でも厳粛に受け継がれている。

 例えば「NARUTO」ではナルトの得意技「螺旋丸」という忍術があるが、この忍術は波風ミナト→自来也→うずまきナルト→猿飛木ノ葉丸と「師匠と弟子」の系譜によって受け継がれている。ナルトの永遠のライバルであったサスケも「千鳥」という忍術を先生であるカカシから教わっている。スーフィー教団もどの流派や師匠につくかで祈祷法や学問スタイルが異なり、師匠と弟子の系譜はスーフィー達のイスラーム理解を探るうえで欠かせない要素である。

 

スーフィー教団と流派――現代トルコの例

 先述の通りトルコ共和国では現在ナクシュバンディー教団というスーフィー教団が一大勢力となっているが、その内部もエレンキョイ派、イスマイル・アー派、イスケンデルパシャ派、メンズィル派という流派に大きく分かれている。さらに小さな規模の流派も数えきれないほどあり、スーフィー教団と一口に言ってもその規模や実践の内容はまさに冒頭で紹介したナジュムッディーン・クブラーの言葉通り「人の数だけ変わる」のである。

 

イスマイル・アー派

例えばその中からイスタンブールのチャルシャンバという地区を本拠地として活動するスーフィー教団イスマイル・アー派を紹介したい。

写真5 イスタンブールのチャルシャンバ地区

 チャルシャンバ地区はイスタンブールの中でも最もイスラームに保守的な人たちが住む地区として有名である。その中でもイスマイル・アー派の男性は、ターバンを巻きジュッベという長い外套を着ており、彼らのトレードマークとなっている。イスマイル・アー派の導師マフムド・エフェンディはスーフィー教団メンバーのみならず、チャルシャンバ地区の精神的指導者として絶大な人気を誇っている。さらにイスマイル・アー派は人道支援NGOも設立・運営しており、アフリカや中東地域にスーフィー教団メンバーを送り、インフラ整備や食糧支援活動を行っている。

写真6 イスマイル・アー派の導師マフムド・エフェンディの写真

写真7 イスマイル・アー財団のウェブサイト。海外での人道支援活動の報告書なども見ることができる

写真8 チャルシャンバ地区のイスマイル・アー・モスクとスーフィー教団修行者

 モスクでの静かな精神集中の修行から海外での人道支援活動まで、スーフィー教団といっても修行の方法は多岐にわたっているが、いずれにしても実践の中にイスラームの本質を見出そうとしている点で共通している。

 

トプチュの「近代派スーフィ―」サロン

 一方でヌレッティン・トプチュ(1909-1975)という現代トルコの哲学者が作ったサロンは、イスマイル・アー派とはまた違ったスーフィズムの学びと実践の在り方を見せている。ヌレッティン・トプチュはフランスのソルボンヌ大学で博士号を取得したトルコ人哲学者で、母国トルコに帰国後は高校教師として働いた。当時はトルコの世俗主義政策が強かったためイスラーム教育の機会を探すのは困難な時代であったが、イスタンブールでアブドゥルアズィズ・ベッキネという伝統的なナクシュバンディー教団導師に弟子入りし修行を始めたという。

 アブドゥルアズィズ・ベッキネから教わった「伝統に立脚した行動主義」にトプチュは多大な影響を受け、そこにフランスで学んだモーリス・ブロンデルの「行為の哲学」と照らし合わせることで、新しい(イスラーム的)行為の哲学の創造に生涯をささげた。トプチュは高校教師として働く傍ら雑誌『行動(hareket)』の発行など学術活動を続け、「近代派スーフィー知識人」のサロンを作り上げた。彼のサロンは今でもトルコのスーフィズムやイスラーム主義研究の分野で重要な業績を上げている。

写真9 アブドゥルアズィズ・ベッキネ(1895-1952)

写真10 ヌレッティン・トプチュ(1909-1975)

 スーフィーのサークルは、伝統的なスーフィー教団の形だけではない。特にトルコのような世俗主義政策によってスーフィーの活動が厳しく監視されていたところでは、公に活動できないスーフィー導師は個々人のつながりを維持しながら学びの文化の継承を続けてきた。トルコでは導師が主導する公的ではない、私的な学びのネットワークのことを「不可視の大学(görünmeyen üniversite)」と呼ぶ。スーフィズムは「どこで学んだか」よりも「誰から学んだか」が重要なのである。

 

師匠とは何か?スーフィズムの古典から

 以上、現代トルコの例を使いながらスーフィーの師匠と弟子たちの活動を紹介した。イスマイル・アー派もトプチュのサロンも、どちらも系譜を見ればナクシュバンディー教団という流派だが、その実践や社会との向き合い方は大きく異なり、トルコのスーフィズムの多様性をよく表している。イスマイル・アー派の導師や弟子たち、アブドゥルアズィズ・ベッキネのようにいかにも神秘主義教団といった雰囲気の人たちもいれば、ヌレッティン・トプチュのようにスーツに身を包んだ現代的な知識人といった人もいる。しかし神秘主義教団の学びの文化と聞いたら、権威主義的、洗脳しそうなど見慣れない読者の方はやはり何か怪しいイメージを持ちがちではないだろうか。しかしスーフィズムの古典では師と弟子の学びの場が教条的な環境になることを批判している。ここではナクシュバンディー教団の流派が現在でも使っている教科書、アフマド・スィルヒンディー著『書簡集』を紹介したい。

 アフマド・スィルヒンディー(1624没)は南アジアで活躍したスーフィズムの導師。スーフィズムの「革新」を目指し、以後のナクシュバンディー教団の流派に大きな影響を及ぼした。

 『書簡集(maktubat)』は、イスラーム世界各地の学者や弟子に宛てたスィルヒンディーの手紙を集めたものである。内容は神学から法学、日常の作法から宇宙論、人間観、修行論に至るまで幅広くカバーしている。ナクシュバンディー教団の中でもスィルヒンディーの流派である革新派(ムジャッディディー派)は、理想のスーフィーとは神秘修行に明け暮れるだけではなく、神学や法学にも精通し現実の社会の問題に対処できる人間となることを強く弟子たちに求めている。現代トルコの哲学者トプチュがナクシュバンディー教団導師ベッキネから学んだ行動主義も、このようなスィルヒンディーの書いた古典に立脚する思想である。

 『書簡集』は師匠から弟子に伝えられたスーフィズムのいわば『風姿花伝』と言える書物で、何十年にもわたって弟子は師匠から『書簡集』を学び、それを人生の中で実践に移しながら自らの「スーフィー道」を練り上げる。『書簡集』は当時の学術語として広く使われていたペルシア語で書かれているが、現代ではアラビア語、トルコ語訳もあり、今もナクシュバンディー教団はこの本を教科書として生活作法から修行法などスーフィズムの様々な教えを学び伝えている。

写真11

 上記の写真はトルコのナクシュバンディー教団で使われている『書簡集・選集』である。ナクシュバンディー教団導師であったディヤルバクル出身のイスラーム学者エミン・エルがスィルヒンディーの書簡集の中から最も重要だとみなした手紙を選んだものである。伝統の継承はスーフィズムの学びの文化のキーワードであり基本的には古典もそのまま教え伝えていくことが重んじられているが、師匠の裁量によって古典の中から重要だと判断したものを選び出したり、暗記しやすいように要約したり実際には学びの内容やスタイルは時代と共に少しずつ変化している。

 

弟子の最後の礼儀

 例えば『書簡集』にはスィルディンディーがベンガル地方のスーフィーに宛てた手紙が収められており、そこでは「弟子の作法」とは何かが説明されている。まず、弟子にとっては何よりも「先生」を見つけることが重要である。理想の先生とは「自らも道を完成させようと努力し、さらに周囲の者の道も完成に至らせようとする」人でなければならない。スーフィズムの修行は我欲の克服であるため、自らの救済や道の完成だけを求めるものであってはならず、特に修行で高位の段階に行けば行くほど、特に「先生」となった修行者は己よりも他者の救済に価値を見出さなければならない。このような思想をスーフィズムでは「利他心(イーサール)」と呼ぶ。

 弟子は先生に日常の心の揺らぎから夢で見た出来事を相談し、先生は弟子の心の状態に応じて段階的にスーフィズムの心得や修行法を教えていく。このような日常の主に心に浮かんだ雑念や悩み、神秘的経験に関する師匠との相談内容をまとめた日記はスーフィズムの学びの伝統の一つであり、今でも有名なスーフィー導師の日記は出版されていて読むことができる。

 スーフィズムの修行の中で、弟子は基本的に日常の作法から心の揺らぎ、修行の方法など事細かに師匠に相談し、指導を受けることが求められるが、弟子はただ師匠の教えに無批判に従っていればいいわけではない。長年の修行を経たあとは、今まで学んだスーフィズムの心得や修行法、神秘的境地について師匠の理解に挑戦していくことが求められる。スィルヒンディーによれば、弟子の最後の礼儀とは「師匠に挑戦し、乗り越え」自らのスーフィー道を作り上げることであるという。近現代のサラフィー運動やムスリム同胞団をはじめとした近代イスラーム主義はもっぱらスーフィズムの伝統墨守、追従姿勢を批判するが、ナクシュバンディー教団のスーフィズム論を見る限りはそのような批判は的外れであると言えよう。

 教え、学び伝えていくスーフィズムの学びの文化は、単に伝え聞いたことを何も考え無しに伝えていく伝言ゲームではない。弟子はまずは師匠に自分の全てを委ね学びながらもいずれは師匠を乗り越えていくことが求められ、師匠もいずれ自分よりも道を深める存在に出会い、育て導くために自らの修行を続けていくのである。

 

 第一回
第三回 
スーフィズム入門

白い衣服に身を包んだ男性たちが一定のリズムをたもって旋回し瞑想するスーフィーの静謐な映像は誰しも一度は目にしたことがあるかもしれない。 一般に日本で中東をめぐるイスラームの話題といえば紛争の影や厳しい戒律のイメージがつきまとうが、この「イスラーム神秘主義」と呼ばれるスーフィズムの求道的なたたずまいは門外漢にもどこか安寧を感じさせ、また日本の芸道におけるストイックさに通じるものが香る。 はたして、スーフィズムとはいかなるものなのか? スーフィズム研究を専門とし、現在、イスタンブールで教鞭をとる著者による最新の入門連載をここに贈る。

プロフィール

山本直輝(やまもと なおき)

1989年岡山県高梁市出身。同志社大学神学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。専門はスーフィズム、トルコ地域研究。

現在トルコのイブン・ハルドゥーン大学文明対話研究所助教。主な翻訳に『フトゥーワ―イスラームの騎士道精神』(作品社、2017年)、『ナーブルスィー神秘哲学集成』(作品社、2018年)。

 
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