あなたを病気にする「常識」 第4回

「少しぐらいの酒は健康に良い」は本当か?

津川友介
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ビール一杯までならOK?

 話を元に戻そう。アルコールは少量であれば脳梗塞や心筋梗塞のリスクを上げることはなく、研究結果によってはむしろ有益だと考えられていた。それではそれ以外の病気に関して、アルコールはどのような影響があるのだろうか?

 実は、アルコールはたとえ少量でもがん(特に乳がん)のリスクを上げる可能性があるとされている。つまり少量のアルコールが健康に良いかどうかは、動脈硬化への影響とがんへの影響の「つな引き」で決まるということである。2018年8月には、この2つを組み合わせると健康への総合的な影響がどうなるのかを評価した論文がランセット誌に掲載された。

 この論文は、世界195ヶ国で実施された592の研究を統合した大規模研究で、心筋梗塞や乳がんを含む23個の健康指標へのアルコールの影響を総合的に評価したものであった。

 この論文に掲載された図(図1)を見て「あれ?」と思った読者もいるかもしれない。そう一見すると、一日一杯ではほとんどリスクが上昇していないように見えるのである。

ちなみにここでの一杯とは、純アルコール換算で10グラムのことを指す。10グラムの純アルコールはグラス一杯のワインやビールに相当する。

 論文によると、健康リスクを最小化する飲酒量に関して、最も信頼できる値は0杯であり、95%の確率で0~0.8杯の間に収まるという結果であった。この結果を受けて「最も健康に良い飲酒量はゼロである」と主張している人も多いが、筆者は個人的には「一杯までであればリスクは上昇しない」と解釈しても良いのではないかと思っている。

 病気ごとで見てみると(図2)、心筋梗塞に関しては、少量の飲酒をしている人ほどリスクが低く(男性では0.83杯/日、女性では0.92杯/日の飲酒している人で最もリスクが低かった)、ある程度以上になるとリスクが高くなるのが分かる。一方で、女性の場合、乳がんや結核は、少量からリスクが上昇しているのが分かる。男性のデータもほぼ同じパターンであった(男性の場合は乳がんの代わりに口腔がんのリスク上昇が認められた)。

 つまり、一日一杯程度の少量のアルコールの場合、心筋梗塞や糖尿病のリスクが低いことと、乳がんや結核(そしてアルコールに関連した交通事故や外傷)のリスクが高いことが打ち消しあって、病気のリスクは変わらないという結果になっていると考えられる。

 この結果を見て、私達はどのように生活習慣を変えれば良いだろうか?

 筆者は自分のリスクなどを総合的に判断して決めるべきだと考えている。近い親族にがんになってしまった人がおらず、遺伝的にがんのリスクの低い人であれば、一日1~2杯のお酒を「たしなむように飲む」ことは問題ないだろう。それによって人生が豊かになる人もいるだろうし、飲酒量が少量であれば脳梗塞や心筋梗塞のリスクが下がるというおまけまでついてくる。

 その一方で、がんの家族歴があるなどでがんのリスクが高めの方は、アルコールの摂取量を最低限に抑えることをおすすめする。がんに関しては飲酒量がゼロの場合が一番リスクが低いと報告されているからである。

 もちろんお酒が大好きでそれでは人生がつまらなくなってしまうという人もいるだろう。そういった人は、医師に止められているのでなければ断酒する必要はないかもしれないが、できるだけ飲酒の量を控えめにしてほしい。お酒は量を減らせば減らすほどがんのリスクが下がると考えられるからである。

 

【エビデンスに基づいた「新常識」】
少量であれば、脳梗塞や心筋梗塞のリスクを下げるが、
がんに関しては少量でもリスクを上げる。

 

初出/『小説すばる』2019年1月号より転載

(図版作成/アルビレオ)

 

『「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法』

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プロフィール

津川友介

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)助教授。

東北大学医学部卒、ハーバード大学で修士号(MPH)・博士号(PhD)を取得。
聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード大学勤務を経て、2017年から現職。
著書に『週刊ダイヤモンド』2017年「ベスト経済書」第1位に選ばれた『「原因と結果」の経済学』(中室牧子氏と共著、ダイヤモンド社)、『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(東洋経済新報社)がある。
ブログ「医療政策学×医療経済学

 
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