8月17日に『世界大麻経済戦争』(矢部武・集英社新書)が発売された。同書は、「医療用」「産業用」「嗜好用」の分野において大麻が世界中で合法化され、ビジネス展開が行われている現状をレポートするもの。そこで浮き彫りになったのは、日本だけが突出して「大麻禁止」が厳しいことだ。なぜこんなことになっているのか? それによる問題点や弊害はないのか?
この新書の発売を記念し、日本で医療用大麻解禁のための活動を行っている医師の正高佑志氏をお迎えし、矢部氏と対談を行ってもらった。今回はその前編。日本だけなぜこんなに“大麻タブー”が厳しいのかを検証する。
わが国の司法・行政機関は、「大麻」を「ヘロイン」「覚せい剤」「コカイン」などと同じく、人と社会に害悪を及ぼす違法薬物だと訴え続けてきた。そのため日本人の多くは、大麻と聞けば問答無用で「違法なもの」と決めつけ、眉をひそめてしまう。
しかし一方で、そうした大麻に対する日本人特有の強い拒否反応が、実は世界の趨勢と逆行している現実も明らかになってきた。その最たるものが、世界各国で加速化する「大麻合法化」の機運と、さまざまな用途に使える超優良植物としての利用拡大である。すなわち、各種の病気を治す「医療用」、食品・繊維・燃料などに使われる「産業用」、そして陶酔作用を楽しむ「嗜好用」、これら3分野すべてで国際的な大麻の使用解禁が進み、創意工夫に富んだ企業活動が盛り上がっている。
こうした「グリーンラッシュ」とも称される大麻ビジネスの活況ぶりは、欧米や中南米、アフリカ、アジア諸国などで連日のように報道され、経済発展の起爆剤として支援する政府機関も増えている。
ところが日本は、この大きな流れから完全にコースアウトし、大麻関連ニュースといえば警察と厚労省による“乱用芸能人”や一般人の逮捕報道ばかり。要するにわが国における大麻の位置づけは、新たなビジネスチャンスどころか、毎年数千人もの検挙者=前科者を量産する悪の象徴でしかない。残念ながら、これも日本人が陥りがちな「井の中の蛙」的思考の代表例といえるだろう。
それでは一体、世界中で拡大している「合法大麻市場」で今何が起きているのか? その最新情報を、広範な取材活動をベースにまとめたのが『世界大麻経済戦争』(集英社新書)である。著者の国際ジャーナリスト矢部武氏は、数十年にわたり大麻をめぐる世界各国の動向を精査してきた第一人者。
同書は発売直後から、ネット上に様々な反響が寄せられた。その多くは、「違法なのには理由がある」「外国は外国」「マフィアの資金源」「自分が(大麻を)やりたいだけ」…といった、相変わらずの主張が多いが、一方で日本の大麻関連政策に異を唱えてきた人々からも貴重な意見と感想が届いた。その一人が、医療用大麻をテーマにした単行本『お医者さんがする大麻とCBDの話』(彩図社)を発表し、日本初の「医療大麻専門医」を目指している、元熊本大学脳神経内科、一般社団法人Green Zone Japan代表理事の正高佑志医師である。
読者には、改めて矢部、正高両氏の著書の購読をおすすめするが、この対談企画に目を通すだけでも、大麻をめぐる日本人の根深い誤解を解くきっかけになるだろう。その前に、両氏の会話内容をよりスムーズに理解するために、日本と世界の大麻草との関わりについて以下に必要最小限の知識を列記したので、まず一読いただきたい。
[大麻問題をめぐる基礎知識]
■日本を含む世界各国では古代から、織布用繊維の採取、鎮静効果などの薬効を求めて、盛んに大麻草が栽培利用されてきた。
■日本の大麻取締規制は1948年の「大麻取締法」成立によって、大麻草の無許可栽培、所持、譲渡が違法とされ、罰則として懲役刑または3万円以下の罰金刑が定められた。
■次いで1953年には同法が改正され、大麻成分摂取のための栽培・所持・譲渡が禁じられる。罰金刑は廃止され、その後の法改正のたびに懲役の量刑が増していった。
■これら終戦直後に始まった大麻の法律規制はGHQ司令部の主導で実施された。これは当時のアメリカで急成長していた石油産業、製紙会社、化学繊維メーカーなどが、種子から上質な油脂が採れ、丈夫な布と紙の原材料となる大麻草をビジネス上の脅威ととらえ、その世界的な排除をアメリカ政府に強く要請したことが本当の理由だったという。
■大麻は100種類以上のカンナビノイド(薬効成分)を含み、特に高揚感、解放感などの精神活性作用や幻覚・酩酊効果を発揮する成分を「THC(テトラヒドロカンナビノール)」、抗炎症・抗不安・鎮痛作用などの高い治療効果を発揮する成分を「CBD(カンナビジオール)」と区別している。
■大麻草の公式な学術名は「カンナビス」。医療・嗜好用では葉と花穂を乾燥させたものが「マリファナ」、樹脂を固めたものが「ハッシシュ」。さらに嗜好用ではなく、医療用のCBDをはじめ多くの製品原料に使える産業用大麻「ヘンプ」など、用途によって違った名前で呼ばれる。
■このうち「ヘンプ」については、アメリカでは葉から根まで大麻草全体を産業利用するが、乱用防止のために品種改良などでTHC含有量0.3%以下に法規制されている。対して日本では産業用大麻=ヘンプについての定義は特になく、茎・種子、その製品だけが合法で、根・葉・花穂は焼却処分が生産者に義務づけられている。
■嗜好用大麻の有効成分THCは、習慣性、中毒性の強い有害物質と喧伝され、日本の厚生労働省なども有害薬物と決めつけてきた。しかし、さまざまな学術機関による検証の結果、大麻が健康に及ぼす悪影響は少なく、「カフェイン」を上回るものではないことが判明。大麻の安全性についての科学的検証は、すでに結論が出ている。
■前述のように20世紀前半、アメリカの産業界の思惑もあって大麻の取締りが始まった。しかし、1960年代には取り締まりの理由「大麻の有害性」について疑問が高まり、同時に優れた材料素材としての価値が見直された。1970年代にはカーター大統領が「個人の薬物所持に対する罰則は、その薬物を使って被る損害を上回ってはならない」と発表した。
■このカーター声明を境に大麻所持に対する刑事罰の軽減化が進み、アメリカ各州で嗜好用と医療用大麻解禁の機運が高まり、世界各国にも広がってきた。ただし各州に影響力が及ぶ「連邦法」で産業用大麻が合法化されたのは、つい最近の2018年。今後さらなる連邦法の改正を経て、全面的な合法化への扉が開くと期待されている。
大麻をめぐる日米メディアの報道の差に愕然
以上の基礎知識をベースに、対談はまず、アメリカがたどってきた道筋についての矢部解説からスタートした。
矢部 とにかく1970年代後半にカーター大統領が、「大麻使用罪で国民を刑務所に入れるのはもうやめよう」と演説したことが出発点になり、ようやく1996年に大麻文化の中心地カリフォルニア州で医療用が合法化。さらに2012年には、ついに嗜好用大麻の合法化がコロラド州とワシントン州で実現しました。
その96年時点の、カリフォルニアにおける医療用大麻解禁運動を主導したのが、大麻の医学的研究を最初に手がけた日系アメリカ人医師のトッド・ミクリヤ(御厨)氏(1933~2007年)でした。当時、私はミクリヤ医師に、「大麻をどのような病気や症状の治療に使うのか?」と質問したところ、「それは、医療用大麻治療を必要とするすべての病気です」と即答されました。この確固たる信念があってこそ、医療用大麻に陽が当たることになったのです。後の取材で、医療用大麻の治療対象となるのは、「重度のてんかん」を含めた250種類もの疾患に及ぶとわかって非常に驚きました。
カリフォルニアでは、70年代前半から民間でもマリファナ解禁運動が始まり、その運動家や大麻治療を受ける患者などが何度も逮捕の憂き目に遭いながら、少しずつ解禁への流れを整えていったのです。
正高 僕の世代(1985年生まれ)からみると、96年のカリフォルニアでの医療用大麻解禁は歴史年表上の項目であり、その少し前からエイズ症状の緩和などにも大麻が効くことがわかり、合法化へつながっていったのだろうと軽く理解していました。けれど実際には、多くの研究者や運動家たちの何十年もの努力がベースにあったことを後に知りました。
矢部 正高さんの著書によると、ミクリヤ医師の関連団体との出会いが、ご自身が医療用大麻研究を始められるきっかけになったということですね。
正高 ええ。2016年に、カリフォルニア州で、ミクリヤ先生と共に1990年代から医療大麻診療に従事してきたジェフリー・ヘルゲンラザー先生にお会いしたことが大きな刺激になりました。実際に彼のクリニックにお邪魔したのですが、その日もホクロのがん(悪性黒色腫)が脳に転移しているけれど医療大麻治療だけで5年以上元気に暮らしているという患者さんが訪れていました。日本の医療の常識では考えられないことです。
こうした予想以上に先を行くアメリカの大麻医療と産業化に僕が驚かされたかたわら、日本では2020年に俳優の伊勢谷友介氏が大麻約8g所持容疑で逮捕され、ワイドショーやスポーツ紙などが連日、極悪犯罪摘発のように騒ぎたてました。同じ時代とは思えぬアメリカと日本の大麻文化の差違を、つくづく実感させられます。日本のメディアには大麻に関する正しい知識が欠けている…という批判が海外では高まるばかりですが、その声も日本国内には届いていません。
矢部 歌手の井上陽水さんが逮捕された1977年から、日本の状況は変わっていませんね。
正高 覚醒剤、コカイン、ヘロインなどの“ハードドラッグ”と大麻をひとくくりにして、警察と厚労省が「ダメ、絶対!」キャンペーンを開始したのも、それ以降ですね。そして、私が小・中学生だった1990年代には、学校に警察関係者や薬剤師などを講師に呼んで“人間を廃人にする大麻の害悪”というような薬物教育の授業が定着しました。こうした大麻に対する評価は医学的裏付けが皆無で、誇張や誤解のレベルを超えた虚偽、ねつ造としかいえない悪質な内容です。
矢部 そんな学校授業が30年間も続いてきたのだから、現在の日本に大麻への異常な拒否感が根付くのは当然でしょうね。日本のメディアも、中立性・独立性が欠如しているので、国の意向に忖度してしまう。
正高 それともうひとつ、日本で大麻への誤った認識がまかり通っている理由のひとつに、情報入手の難しさがあります。1990年代以降の大麻問題には、多くの科学・医学的な研究内容が付されるようになりましたが、それらの学術的な情報はほとんどが英語ベースで配信されます。ところが日本では大麻に肯定的なニュースなどに興味を示す人が少ないので、マスコミもわざわざ仕事として翻訳・配信したがらないようです。
矢部 アメリカでも、医療用、嗜好用大麻解禁の話が一段と盛り上がったのは、10年、15年ほど前からで、それにはメディア報道が強く影響したようです。その最大の転機は、2013年にCNNが放映したコロラド州の少女シャーロット・フィギーちゃんについての取材ドキュメント番組でした。当時7歳のシャーロットちゃんは「難治性てんかん」に苦しんでいましたが、大麻成分CBD(カンナビジオール)のオイルを服用し始めた直後から発作回数は劇的に減り、普通の生活が送れるようになったのです。この奇跡的な番組内容が大麻解禁に拍車をかけたことは、間違いありません。
さらに2014年には、NYタイムズも「大麻禁止はやめよう!」という社説を掲載して全米に大反響を巻き起こしました。その内容も最新の科学的データを駆使したもので、「大麻は完全に無害とは言えず未成年者の使用は控えるべきだが、成人の使用は問題なし」と断じたのです。当時、医療用大麻を公認していたのは23州、嗜好用は4州ほどでしたが、このNYタイムズの社説掲載を境に多くの州で次々に規制が解かれ、今では38州が医療用大麻を認可。嗜好用大麻も19州で合法化されるに至りました。
この2013~14年にかけての、アメリカメディアが主導した大麻解禁運動を横目で見ながら、私は日本政府の大麻問題への取り組み姿勢に改めて憤りを覚えました。それはまさにミスリードのひと言に尽き、アメリカの動向とは正反対に「大麻に医療面の価値はない」と、大々的に虚偽の内容をアナウンスしたのです。
2016年には、医療用大麻の解禁を訴えていた元女優の高樹沙耶さんが大麻所持で逮捕され、猛烈なバッシングを受けました。このときワイドショーの常連出演者だった女医タレントが、「そもそも、医療用大麻などというものは存在しません!」とまで言い放ったのを、私は決して忘れることはないでしょう。
世界の流れに逆行して今、大麻「使用罪」を創設する理由は?
正高 芸能人の大麻犯罪については、以前よりも社会全体が不寛容になり、メディア・バッシングもひどくなって孤立へ追い込まれるケースも珍しくないようですね。
矢部 そうですね。薬物を使用した人にとって、その孤立化が最も厄介な問題で、自殺など最悪の選択を招きかねません。現在の厚労省のやり方は、薬物依存者を取締ってメディアを使い袋叩きにしてから、社会的にも抹殺してしまう。これは、薬物問題の解決とはほど遠い政策と言わざるを得ません。
さらに刑罰についても、根本的な矛盾があります。仮に覚醒剤または少量の大麻所持で初犯逮捕されると、大抵の場合は懲役2年6か月、執行猶予3年とかの判決が下ります。しかし、覚醒剤と大麻は完全に異なる成分と人体効果を発揮するのに、どちらも危険な薬物として同格に扱っているために、同じ刑罰が科されるのです。
このふたつの違法薬物の成分、作用、依存性の強弱、他の凶悪犯罪へ走る割合などを考慮すれば、危険性は覚醒剤の方が大麻よりもはるかに高く、ふたつの薬物乱用を混同して同レベルの量刑を下すのは、あまりにも不公平です。
正高 元々、違法薬物への厳罰政策はアメリカで始まり、長い時間経過の末に「薬物で人を逮捕しても誰も幸せにはならない」と悟り、それが現在の方向転換へ結びつきました。その教訓を世界の国々は政策に生かすべきだと国連も主張し、現在のような流れになってきたわけです。
ところが日本では、そうした主張に耳をふさぐことが多い。その理由には“取締り利権”、つまり、取締りをやめると仕事がなくなる人が出てくるために、従来の政策を変えようとしないということがあるのではないかと思います。
矢部 私もそう思います。90年代から医療大麻の取材で厚労省の担当者とも何度か話しましたが、彼らは意外と熱心に世界の医療情勢に目を向け、いろいろな国際会議にも参加して情報を蓄積し、大麻をめぐる動向にも詳しいのです。
その上で、アメリカの医療大麻解禁については、20州が30州に拡大しても、所詮は州レベルの話なので、日本の医療政策や大麻取締りに影響を及ぼすことはないという姿勢を貫いていました。しかし、近い将来、アメリカで連邦法が改正され完全合法化に向かえば、日本の厚労省も方針を変えるのではないでしょうか。
正高 連邦法が変わって、マクドナルド、コカ・コーラ、KFCといった大企業が大麻生産に乗りだし、アメリカ国内マーケットを寡占し、在庫がダブつくような状況がくれば、ホワイトハウスからの圧力で、日本にも合法大麻市場が現れる可能性はあると思います。そしてメディアでは、ビールの宣伝広告の横に大麻の広告がならび、ワイドショーでも大麻の品質比較などをやり始めるかもしれません。そうした手の平返しは、日本人の得意とするところですから。
ただし現実をみると、日本国内における大麻全面解禁までには、まだまだ紆余曲折がありそうです。なぜなら厚労省では、これまでの大麻取締法の摘発対象だった栽培・所持・売買に加えて、新たに「使用罪」を加えようとしているからです。この理解に苦しむ時代逆行の政策については、世界的な大麻解禁機運に対する焦りとも考えられ、のちほどまた再検討しようと思います。
しかし、その前に、現状の日本国内で起きている限りでの大麻経済について、矢部さん専門意見をお聞かせ願えれば。やはり大麻経済として規模が大きいのは、織布、製紙、建材、油脂、燃料など様々な工業製品原材料としての「ヘンプ」でしょうか?
矢部 はい。その辺の最新事情は拙書(第2章)でレポートしてますが、今やヘンプの使用範囲は、食品、衣類から車の内装材に至るまで、数え切れない種類の物品に使われています。ただし日本の場合、その原材料の大部分は海外からの輸入に頼り、現時点では「経済戦争」のレベルには達していません。
植物の中でも大麻草は二酸化炭素の吸収力が非常に高く、広い面積で大量栽培すれば温暖化防止対策にも威力を発揮します。しかし、これも大麻取締法による縛りが強く、現状の免許制では、日本で大麻経済戦争を戦えるほどの大量栽培はできません。しかも現行法で国内許可されているヘンプといえば、茎と種子とその製品だけに限られていますし。
それに対して、抗不安・鎮痛作用などを発揮する大麻抽出薬品のCBD(カンナビジオール)については、日本がグリーンラッシュへ本格参入する糸口になるかもしれません。なぜなら、これまた不可解な動きといえますが、今年5月に突然、厚労省が大麻原料の医薬品使用を解禁する方針を打ち出したのです。
大麻草の酩酊・幻覚成分のTHC(テトラヒドロカンナビノール)がすぐに合法化されるはずはないので、この場合の大麻抽出薬品とはCBDのことでしょう。国内の大手薬品メーカーなども、この変革を大きなビジネスチャンスととらえているに違いありません。そうしたCBD関連の動きは、むしろ正高先生の方がよくご存じかと思いますが。
大麻を普通の農作物として扱う法改正をすべき
正高 おっしゃるとおり、すでに日本でもCBDを中心にした企業活動が勢いを増しているようです。事業家のなかには5月の厚労省発表は、ようやく大麻の規制時代が終わり、大麻取締法の大改正が行われる前兆ではないかと大きな期待を寄せる人たちもいます。
僕自身も主催する医療大麻啓発団体「グリーン・ゾーン・ジャパン」の活動を通じて、てんかんの子供の発作がCBDの摂取で劇的におさまった症例を目の当たりにしているので、近い将来に大変な経済効果を発揮する公算は大だと考えています。
厚生労働省はCBD製品に関しては規制を緩和する方向で検討を進めているようです。目下最大の課題は、CBD製品に含有される微量なTHCにたいしてどのような態度を取るかということではないかと思います。
矢部 今、アメリカでは産業用、原材料用大麻「ヘンプ」はTHC含有量0.3%未満と義務づけられていますが、日照、生育条件などの違いから、もっと含有値が高くなることもあります。その事実が運悪く麻薬捜査官や警察などに見つかると、収穫したヘンプすべてを廃棄させられる場合もあるのです。
正高 日本では、どれくらいまでのTHCを非検出とするかの基準値が明確にされていません。そのため、ごく少量のTHCが含有されている製品が意図せずに輸入されることで、事後的に問題となることが過去にもありました。仮に欧米と同じくヘンプとはTHC含有量0.3%未満の大麻草の全体部分と定めれば、海外で売買されるTHC含有量に問題がないCBD製品の「並行輸入」も可能になるでしょう。
矢部 日本国内、特に北海道には大規模なヘンプ栽培をやりたい農業経営者がたくさんいます。しかし今のところは何か斬新な行動を起こそうとすると、すぐに規制されるとぼやいています。
ところで、日本国内でヘンプについての明確な基準や条件を作った場合、予想される最大の変化は、大麻取締法の規制対象から外れ、普通の農作物として扱われるようになることでしょう。そうなるとヘンプは厚労省ではなく農水省の管轄になり、実際にアメリカでも2018年の法改正でヘンプは一般作物として農務省の管轄に移行しました。この法改正でアメリカのヘンプ栽培はずいぶんと自由になり、農家は大喜びですが、日本の厚労省も同じ改正をすんなりと認可するでしょうか。
正高 現在の状況を整理すると、大麻は産業用に栽培するとしても、薬物に近いという法的判断によって非常に厳しい審査が必要な都道府県の免許制になっています。そして栽培が許可されても、県によっては24時間稼働の監視カメラを設置しろとか夜間巡回しろとか、厳しいルールを課せられます。そればかりか、育った大麻草の茎と種しか産業利用できず、隣県に出荷するには面倒な許可が必要。ましてやCBDを抽出するのも御法度で、これらがんじがらめの規制すべてを守っていたら、とても産業ベースで回っていかないのというのが生産現場の実情です。現実的には、THCを含まない品種に乱用性はありません。農作物として認可しても困る人はいないでしょう。
矢部 厚労省がヘンプの法規制を外し、一般農作物として認める可能性は低いように思えます。
正高 たぶん最大のネックは、仮にヘンプの大麻取締法規制が外れた場合、その新制度が大麻乱用の罰則と並び立つことができるのか? という点でしょう。今の大麻取締法で禁じられているのは栽培・所持・売買だけで、これら3つのうちどれかの裏付けが取れなければ容疑者を逮捕できない。仮に警察へ出向き「私は大麻を吸いました」と申し出て、任意の尿・毛髪検査で「陽性」になっても、栽培・所持・売買いずれかの証拠なしには事件になりません。
ところが「使用罪」が成立すれば事情は一変し、職質などで怪しいとにらんだ人物を検査して体内から微量なTHCが検出されれば、それだけで逮捕・投獄できるようになります。つまり大麻使用罪の新設とは、“厳罰化”を目指すルール変更といえるでしょう。
仮に日本国内でTHC0.3%未満のヘンプが生産可能になると、この使用罪の運用には問題が多々あり、例えばTHC成分量の多いCBD製品を、そうとは知らずに服用した人が、何かの機会に取締り機関のTHC検出検査で陽性になった場合、立件の判断は難しくなります。要するに、大麻使用罪とは相容れないヘンプの一般作物変更は、厚労省としては絶対に認めたくないのがホンネだと思いますよ
矢部 ならばこの際、正高さんも著書で強調されていることですが、「THCは悪いもので、CBDは良いもの」という厚労省や警察が都合良くこしらえた固定観念が、医学的にも完全な間違いである事実も広く知らしめるべきでしょう。THCにも優れた医療効果が数多くあり、厚労省監視指導麻薬対策課の大麻使用罪=THCへの規制強化という暴走を許せば、THCの薬効によって救われるべき疾病患者たちがずっと苦しみ続けることになるわけです。
正高 要するに、どちらの方を向いて大麻に関する新法を作ろうとしているかですよね。これも今回のオリンピック、パラリンピックの開催と共通し、国家の中枢にいる政治家や役人たちが、国民の意向を無視して何事かを強行する傾向が、近年明らかに強まっています。だから大麻問題についても、医療用途は解禁されると歓迎する声もありましたが、規制緩和に過度の期待を寄せるのは逆に危険なことだと肝に銘じておくべきでしょう。
(後編に続く)
プロフィール
矢部武(やべ たけし)
1954年、埼玉県生まれ。国際ジャーナリスト。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。銃社会、人種差別、麻薬など米深部に潜むテーマを描く一方、教育・社会問題などを比較文化的に分析。主な著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)『大統領を裁く国 アメリカ トランプと米国民主主義の闘い』『携帯電磁波の人体影響』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)『大麻解禁の真実』(宝島社)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)。
正高佑志(まさたか・ゆうじ)
1985年、京都府生まれ。熊本大学医学部医学科卒。医師。日本臨床カンナビノイド学会理事。2017年に医療大麻に関するエビデンスに基づいた情報発信を行う一般社団法人Green Zone Japanを立ち上げ、代表理事として研究・啓蒙活動に従事している。