著者インタビュー

「公教育」の意味を考え直すとき

鈴木大裕・教育研究者/NPO法人SOMA副代表理事

鈴木大裕
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『崩壊するアメリカの公教育』の第1章では、新自由主義を教育の現場に持ち込んだことで何が起こったのかを丁寧に掘り起こしている。

 利潤と効率化追求の中で、貧しい地域にある「教育困難校」は、公設民営のチャータースクールに代替される。また、急成長中の「ロケットシップ・エデュケーション」では、正規の免許をもたないインストラクターが教師の代わりとして採用され、子どもたちはコンピュータに向かい、プログラム化された個別指導を受けるという。

「ロケットシップ・エデュケーション」の教室の様子。 オンラインジャーナル「Labor Notes」の記事より(http://www.labornotes.org/blogs/2013/12/charters-get-kids-cubicle-ready)

 このように効率化のためテクノロジー化され、生身の先生が排除された営みは果たして「教育」と呼べるのだろうか? 

 また、発展途上国から労働賃金の安い教員を「輸入」して人件費の抑制を図るビジネスもアメリカでは急速に広まりつつある。「安く早く大量に」という潮流は、教育をこれほどにまで侵食しているのだ(第4章)。だが、こうしたことは日本ではほとんど知られていない。

 同書では1994年のクリントン政権からの「ゼロ・トレランス(不寛容・厳罰主義)」やブッシュ政権による「落ちこぼれ防止法(通称NCLB法―No Children Left Behindの略)」、費用対効果を強く求める「アカウンタビリティ(結果責任)」による支配についても容赦なく切り込んでいる。 

 同書を読み進めるにつれ、読者は安倍政権が唱える教育改革を思い起こすだろう。全国学力調査の抽出式から悉皆(しっかい)式への回帰、学校別成績公表の解禁など、アメリカが陥った「市場型学校選択制」への段取りはすでに整ってしまっているように見える。

「学習指導要領改訂によって、学力を点数で査定したうえで、“何を学ぶか”というカリキュラム基準から、“何ができるようになるか”という到達度基準への移行が提案される中、テストの点数を用いた教育の巨大監視システムの完成は目前ではないでしょうか」

 鈴木氏はこのように危惧している。

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プロフィール

鈴木大裕

教育研究者。1973年神奈川県生まれ。16歳で米ニューハンプシャー州の全寮制高校に留学。そこでの教育に衝撃を受け、日本の教育改革を志す。97年コールゲート大学教育学部卒(成績優秀者)、99年スタンフォード大学教育大学院修了(教育学修士)。その後日本に帰国し、2002~08年、千葉市の公立中学校で英語教諭として勤務。08年に再び米国に渡り、フルブライト奨学生としてコロンビア大学大学院博士課程に入学。2016年より、高知県土佐郡土佐町に移住。

 
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