対談

コロナ禍で激変した世界秩序はどこへ向かうのか

東アジアから未来を遠望する【後編】
内田樹×姜尚中

コロナ・パンデミックの中、攻勢を強める中国に対し、何百万人もの感染者を抱えたアメリカは身動きがとれないように見える。大きく動きつつある米中の力学の狭間で、日本はどの道を進むべきか。ふたりの碩学(せきがく)が指し示す道標(みちしるべ)。

 

韓国の「芯」はどこにあるのか

 戦争の仕方によって戦後の様相が大きく変わっていくのと同様、今回のコロナ禍をどう収束させていくかは、これからのポストコロナの世界に多大な影響を与えることになると思います。

世界各国の対応を見ていくときのバロメーターとしては、国の政体のあり方、民主主義の度合い、社会の強さ、それからどのぐらいタブーがあるのか、など色々なものがありますね。

内田 そうですね。

 また丸山眞男の話になりますけれども、戦争が終わったとき、彼は「丸山君、天皇は大丈夫か」と上官から聞かれて、「大丈夫です。立憲君主制はデモクラシーですから」といった意味の解答をしたと言われています。

政治学者・姜尚中氏(撮影:三好妙心)

ヨーロッパにはイギリスをはじめ、立憲君主制で安定したデモクラシーの国は色々とある一方、アジアを見ると、日本やタイなど別とすれば、ほとんどが共和制です。

韓国もそのひとつですが、最近、韓国のあの振れ幅の大きさは、共和制だからということもあるんじゃないかと思ったりするんです。共和制にはタブーがありませんから、大統領という権力と権威があれだけ集中した人物ですらも引き下ろすことができる。これは要するに、「ここだけは触っちゃだめだ」という象徴がいないということです。

おそらく早晩、北朝鮮もそうなると思いますが、そのときの市民的成熟の度合いによっては、大きくブレやすいということになってしまうでしょう。

内田 おっしゃるように、共和制というのは振れ幅が大きいですから、政体としての安定性をどう担保するかということはつねに課題としてありますね。真ん中に一本「芯」のようなものが通っていないと国はもたない。

日本では、天皇制が一種の「道徳的インテグリティ」として機能しているからだと思います。政治家は、どれほど「私には私心はない。国益のために働いている」と言い張っても、一つの政治党派を代表していることは変わりません。決して全国民を代表してはいない。自分の支持者たちの利益を優先的に配慮することを制度的に強いられている。

でも、天皇は違う。その政治的立場や信教や出自にかかわらず、天皇はすべての国民の幸福と安寧を願うという「話」になっている。この「不偏不党」という建前が大きいと思います。もちろん擬制なんですけれども、たとえ擬制であっても、「すべての国民の幸福と安寧を心から願っている人がいる」という事実は重い。天皇の存在が日本社会にとってはある種の精神的な柱のようなものとして機能しているのは間違いないと思います。

 同感ですね。ラディカルになりがちな若いときは、僕も天皇制の問題に対して非常にネガティブに考えていたんですが、ある時期から、たとえ神話であれフィクションであれ、そういうものなしでは人間社会はもたないと思うようになりました。

やっぱりそれぞれの国に軸心的なものが必要なわけですよね。

内田 韓国の場合は制度的にはそういう芯になるものがないけれども、それに代わるものを作り出したと思います。それは何かといえば、「まっとうな市民」という理念型です。「まっとうな市民」が韓国社会の道徳的なインテグリティを担保している。民主化のプロセスでそういうストーリーを作り出した。

ですから、たとえ政権が右左に大きく揺れたとしても、市民の「集団としての道徳的なインテグリティ」が揺るがなければ、国は崩れない。政治システムが国の安定を担保してくれないのだとしたら、人間が心で支えるしかない。

おそらく韓国の人たちは歴代の大統領が次々と任期が終わると捕縛されるという痛ましい事態に向き合って、どうやって韓国市民社会の道徳的なインテグリティを担保するかということを真剣に考えてきたのだと思います。

思想家・内田樹氏(撮影:三好妙心)

韓国の映画やドラマが、次々と「黒歴史」を描き出して、いわば自国史の「恥部」を白日の下にさらそうとしているのも、朝鮮の歴史全体について、その道義的責任を引き受けることのできる仮想的な国民主体を立ち上げようとしているからではないかと思うんです。

これは台湾にも通じることだと思います。民主主義が成熟している国というのは人々の道徳心が高くなる。国民主体の道義性に対する期待が高い。だから、韓国も台湾も、今精神的に元気が良いのだと思いますね。

 僕は韓国はどちらに飛んでいくのか、ものすごく不安に思った時期があったんですが、確かに最近の韓国ドラマの急激な変化を考えると、市民的成熟が進んでいっていると言えますね。

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プロフィール

内田樹×姜尚中

 

内田樹(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論  近代の終焉を超えて』『アジア辺境論  これが日本の生きる道』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)等多数。

 

姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長・鎮西学院学院長。専門は政治学政治思想史。著書は累計100万部を突破したベストセラー『悩む力』をはじめ、『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『母の教え  10年後の「悩む力」』(いずれも集英社新書)など多数。小説作品に『母ーオモニ』『心』がある。

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