対談

「教育虐待」から生き延びるために

古谷経衡×五野井郁夫

■教育虐待と歴史修正主義の共通点

古谷 私は仕事柄、南京大虐殺などを否定するような歴史修正主義の人たちと話をすることが多いのですが、彼らは台湾や朝鮮における日本の植民地支配について、必ずこう言うんですね。日本は台湾や朝鮮のことを思って、日本による統治(──彼らは植民地支配ではない、と主張し”植民地”という呼称自体を嫌います)を「やってあげた」んだと。それで現実として、インフラや教育の水準は上がったんだからいいじゃないか、感謝されこそすれ恨まれる理由はない、というわけです。これが現在の「嫌韓」にも根強くつながっていて、「台湾は統治時代の日本に感謝しているが、朝鮮は感謝しないで反日になったから、恩知らずな民族である―」と。

 しかし、本にも書きましたが、それは相手方が望んだ支配ではない。相手が「ぜひやってください」と言ったなら別ですが、実際には大日本帝国の有形無形の軍事力による「望まない支配」だったわけで、結果的によかったんだというのは後からの詭弁に過ぎません(──しかしこれすらも、一部の歴史修正主義者は朝鮮の少数の政治団体を引き合いに出して”朝鮮側が望んだ”と歴史を捏造しています)。

 教育虐待をする親と子どもの関係も、まさにこれと同じだと思います。私の父母も「今お前が物書きとして活躍できているのは、自分たちが学費を出して、大学に進学させてやったからだ。途中ではいろいろ反発も感じただろうけど、結局はよかったじゃないか」と言うんです。だから恨まれるような筋合いはない、というわけです。でも、これもまた「望まない支配」ですよね。子どもが望んだわけではなく、むしろ嫌がって抵抗していたのを、大日本帝国のような武力ではなく「保護者と子」という絶対的な力関係によって抑えた。その点が違うだけで、理屈は植民地支配を正当化する日本の歴史修正主義とまったく同じだと思います。

五野井 私の両親もそうですね。先ほどもお話ししたように、中学・高校くらいのときには、「このまま真面目に学校に行かず、道を外れていくんだったらお前はもう死んだものとして扱う」とまで毎日のように言われていたわけです。それが、たまたま私も学問をやって、こうやってものを書いたり発信したりできるようになった。そうしたら途端に周囲に「自慢の息子です」とか言い出すんですよ。

古谷 まったく同じです。私の親も、私がテレビや雑誌に出るようになると、急に私の「ファン」になりました。僕のコメントや書評が地元の「北海道新聞」に載っていたりすると、それを後生大事に保存していて、親戚などに「うちの息子です」と自慢していますね。

 100歩譲ってそれはいいとしても、これまでの虐待はスルーして、結果だけ見て「自慢の息子」などと言い出すのはおかしくないか。そこを親に問うたら、「そんなことは忘れた」と言われました。こんなことが許せますか。断じて許せません。

五野井 許せませんよね。都合が悪いときには「一族の面汚しだ」とまで言われていたわけですから。

 

■虐げられている時間が、一生続くわけではない

五野井 しかし、こうして話していても、それでもなんとか抵抗して生き抜いてこられた私たちは運がよかったと思います。同じような経験をして、そのまま挫折して引きこもってしまったり、亡くなったりした方もおそらくたくさんおられたのではないでしょうか。

古谷 僕は精神科の主治医に、「古谷さんのように、虐待に対して頑迷に抵抗する症例は極めて希で、ほとんどの場合は自殺するか引きこもるか、もっと症状が悪化して外に出られなくなるかです」と言われたことがあります。

五野井 数年前に、エリート官僚の息子が引きこもりになり、最終的には将来を悲観した親に殺された事件があったじゃないですか。あれも、ニュースを見ながらいたたまれなくなりました。私だってそうして引きこもって、親に殺されていた可能性もあったな、と思うと。

古谷 そうですよね。

 しかも、未成年者と保護者というのは、法的にも絶対的な力関係があります。子どもが「こういう人生を歩みたい」と言っても、保護者の経済的な援助なくしてそれを実行することは非常に難しい。「個人の自由意志だ」と言われながら実際には親の意思に逆らえないという、宗主国と植民地の関係のような搾取の構造があります。親に「こういう進路を取らないとこんな罰を与える」と言われた未成年者が「教育虐待だ」と訴えたところで「親子の問題でしょ」と言われて終わりで、第三者が家庭に介入することは現在の日本では非常に難しいかもしれません。

 それでも、今、同じような境遇にある人たちには「自ら命を絶つようなことをしてはいけない」と言いたいですね。僕自身もこれまで何百回も死のうと思ったけれど、なんとか生きてきて、37歳で親と精神的に絶縁して、一連の経緯を告発するに至りました。そういう道もあるんだということだけは覚えておいてほしい。

五野井 それまで、なんとか臥薪嘗胆で耐えることも大事になってきますね。

古谷 そうですね。もちろん耐えすぎるとつらいけど、親の言うことを正面から受け取るのではなく、適当にやり過ごすという処世術もあると思います。

五野井 「親がこういうことを言うのはとめられない、ならば適当にクリアするか」と聞き流す。私もそうしてきました。

古谷 そうするうちに、僕のようにいつかは親との関係を清算できる日が来るかもしれない。それまで苦しいとは思いますが、経済的にも腕力的にも抵抗できなかったとしても、なんとか面従腹背でやり過ごしながら、独立への志を燃やし続けてほしい。そして、とにかく虐げられているあなたが悪いんじゃない、すべては親のエゴやコンプレックスの結果であって、あなたの選択が間違っているわけじゃないんだと知ってほしいです。

五野井 特に中学生、高校生くらいのときに親から「おまえは役に立たない」「いらない子だ」などと言われ続けているとスティグマになってしまい、そういうネガティヴ状況が一生続くんじゃないか、他に世界はないんじゃないかと思い込んでしまう、あるいはそう思い込まされてしまう面がありますよね。

 だけど、実はそんなに世界は狭くありません。今はコロナ禍で外に出るのはなかなか難しいけれど、インターネットなどを通じていろんな人と出会って、外には自分の家庭とまったく違う世界があるということに気づいてほしい。親に虐げられている時間が一生続くわけではないし、そこから逃れる手段はいずれ絶対に開けてくる。希望を捨てずに自分の好奇心を伸ばしていけば、それがきっと何かの出口につながっていくのではないかと思います。

文/仲藤里美  撮影/野本ゆかこ

※この対談は、YouTubeチャンネル「デモクラシータイムス」にて配信された「教育虐待から身を守るために 若手論客からの提言 池田香代子の世界を変える100人の働き人 47人目+α」https://www.youtube.com/watch?v=gCiwTGwzFEU&t=1903s をもとに構成したものです。

 

 

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プロフィール

古谷経衡×五野井郁夫

 

 

古谷経衡(ふるや つねひら)
1982年札幌市生まれ。文筆家。立命館大学文学部史学科(日本史)卒業。一般社団法人日本ペンクラブ正会員。NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。時事問題、政治、ネット右翼、アニメなど多岐にわたり評論活動を行う。著書に『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『左翼も右翼もウソばかり』『日本を蝕む「極論」の正体』(ともに新潮新書)、『「意識高い系」の研究』(文春新書)、『女政治家の通信簿』(小学館新書)、長編小説『愛国商売』(小学館文庫)などがある。

 

五野井郁夫 (ごのい いくお)
1979年、東京都生まれ。政治学者/国際政治学者。高千穂大学経営学部教授。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)など。

 

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