プラスインタビュー

東大の政治学者が「婚活」を本気で考察してみた

『日本婚活思想史序説』著者・佐藤信氏インタビュー
佐藤信

――本書の冒頭では、働きたくないから結婚を選択するという若者の話が出てきます。これにはショックを覚える読者もいるかもしれません。

佐藤 もちろん、それが大勢というわけではありません。ただ、結婚の意味合いが確かに大きく変わっているのは事実です。

婚活が面白いのは、それが自分たちの人生の差し迫った現実を映し出すからです。理想論を言うのは簡単です。例えば若い女性に対して、とにかく共働きをして、自分がすごく稼げれば、相手が必ずしも高収入ではなかったとしても良い生活が送れる、というアドバイスがされることがあります。

ところが現実には、今の若い女性たちにとって、必ずしも目の前の職場環境が恵まれているわけではない。その中で彼女たちは、自分たちがよい職場環境をつくっていくのか、もしくは、すごくよい相手を見つけて自分が働かずに、よい生活を送るのか、という選択肢の狭間で真剣に悩むわけです。

もちろん長期的な理想としては、みんながよい環境で働けて、みんなが共働きで、仕事もすごく楽しくて、子どもも自然に生めてという、そういう「望ましい未来」はあるかもしれません。

しかし現実問題としてそれが備わっていない今の日本で、どういう対応をしていくべきなのか、結婚を目前にした場面ではリアリティが問われることになります。男性側だって、もし周囲が共働きでダブルインカムのなかで、専業主婦のパートナーを持とうとすれば、かつてとは決断の重さが違います。「婚活」のような現象は昔からあるけれど、そこにおける結婚や婚活のイメージは変化していて、そこに理想論ではない社会の実相が反映されているのです。

――思い返せば、80年代から、結婚相手の条件として「3高」(高収入・高身長・高学歴)ということが言われたりして、本書でマーケティング婚活と呼ばれている傾向はありました。

(※マーケティング婚活:「それぞれのライフスタイルに合わせて、条件に合う相手を探す条件婚活を行う、いわば婚活市場においてマーケティングを行う」ような仕方でなされる婚活。『日本婚活思想史序説』p.121を参照)

佐藤 10年余り前に「婚活」(結婚活動)という言葉が生まれたとき、それは「活動しないと結婚できないような時代になった」ということを意味していました。少子化対策の文脈では、この婚活を支援して「皆婚社会」を復活させようという雰囲気もあります。ただ、現実に隆盛している「マーケティング婚活」には、これとは違ったポジティブな側面があります。それは、これまで出会う対象ではなかった人たちからよりよい相手を見つけられるということです。

その萌芽は、親が連れて来る相手や社内恋愛より、もっといい相手を見つけられるはずだという発想にあります。少なくとも80年代の段階で、より広い市場で競争主義的によりよい結婚相手をゲットしようとする動きがあった。それはなぜ出てきたかといえば、女性側が主体的に相手を選べるようになったという事情が大きく影響しています。

70年代ごろから恋愛がかなり自由にされるようになっても、結婚と恋愛はある程度区切られていました。例えば有名なフォークソング『神田川』の歌詞に登場する同棲相手のモデルは、作詞者・喜多條(きたじょう)忠(まこと)(の故郷から出てきた許嫁であったそうです。このケースのように、故郷に帰れば東京で出会った恋愛相手とは別に許嫁がいるとか、付き合っている人とは別のちゃんとした家柄の人と結婚するということがしばしばありました。

ところが、恋愛結婚がどんどん広まるにつれて、結婚相手は家が選ぶのではなく個人で選ぶという風潮になっていきます。その頃によくあったのは社内結婚です。女性が会社で働くようになって、会社側も暗にサポートして、社内で恋愛結婚するというカップルが多くいた。それまでに比べると選べる。でも、まだ社内に限られています。そこで80年代になると、結婚雑誌の中に「社内結婚でいいんですか?」という記事が出てきます。会社の外にはもっといい男がいるかもよ、というメッセージが打たれたわけです。そこで本書で論じたような婚活の原型が登場してくる。

そうした婚活の流れが急激に加速したのが、2010年代の後半になってきてからだと思います。つまり、インターネットの婚活アプリを使えば、大量の人たち……何万人レベルの人たちを、いっぺんに見ることができる。自分で条件を設定して、自分の好きな人を、自分で選んで結婚することができる。これは大きな変化だろうと思います。今回の本で試みたのは、そういった変化を歴史的に位置付けることでした。

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プロフィール

佐藤信

政治学者。1988年奈良県生まれ。2015年より東京大学先端科学技術研究センター助教。専門は日本政治外交史。著書に『鈴木茂三郎 1893-1970』(藤原書店)、『60年代のリアル』(ミネルヴァ書房)、共編著に『政権交代を超えて 政治改革の20年』(岩波書店)、共著に『天皇の近代 明治150年・平成30年』(千倉書房)など。

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