―― 「夜店」にしては、廃刊になった女性誌まで収集して分析する打ちこみようで、並大抵ではありません。加えて多くの女性向けコミックが参照されていますが、お好きなんですか?
佐藤 いえいえ、別に僕自身は女性コミック誌を読む気も習慣も無かったのですが、担当編集者のYさんに読まされたのです。
本書では普通は注をつけるのに使ったりする本文の下の欄に、本文中では扱えなかったエピソードを編集者との対談形式で取り上げる「副音声」の欄を設けています。Yさんはこの副音声欄で私の話し相手を務めてくれてもいます。とても面白い人で、打ち合わせで研究室に訪ねて来るたびに「こんな面白いコミックが出てました~! 佐藤さん、好きでしょ!」とか言いながらドサッと置いていくのです(笑)。それで仕方なく読むことにしました。
ところがコミックを読んでいると面白いことに気づきます。例えば、そのコミックの中に描き込まれている代表的な女性誌が変わってくる。そうすると、その雑誌を持っている女性がコミックの連載当時にどのようにイメージされていたのかがわかってきます。
本書でも取り上げましたが、吉田秋生さんの『ハナコ月記』という作品は、88年から94年まで『Hanako』(マガジンハウス)で連載されています。しかし、『Hanako』で連載されているにもかかわらず、初めの頃、主人公の女性の読んでいる雑誌は『an・an』(マガジンハウス)なのです。彼氏と同棲している若い女性、すごく裕福ではないけれども貧乏でもない女性の読んでいる雑誌の典型が『an・an』だったということなんです。けれども、連載が続いていくと、なぜか彼女は『Hanako』を読むようになっています。
もちろん『Hanako』がだんだん知名度を得てきた、ということもあるでしょうが、同時に、こういう生き方、つまり同棲を長く続けて、結婚はしないけれども自由に生きていくようなカップルのライフスタイルを象徴する雑誌が『an・an』から『Hanako』に変わっていったことを示しているわけです。
――漫画のちょっとした一場面が、時代の変化を映し出しているわけですね。
佐藤 『ハナコ月記』はいま文庫になっていますから、是非読んでみて欲しい。そこには、バブルの中でひとりで、もしくはパートナーがいたとしても同棲の形で暮らしていくのがきわめて楽しい、という時代の一端が面白おかしく描かれています。ひとりが楽しいから、「わざわざ結婚しなくてもいいじゃん」という感覚は雑誌などを見ていても強く感じます。
当時の女性誌を見ると、「いつ結婚しますか」とか、「どういう風に結婚したいと思っていますか」というアンケートが登場しています。つまり、「自分はどうしたいか」とか、「自分の人生をどうコントロールしたいか」よりも、時代の雰囲気や周りがどう思っているか、どうしているか、空気に従ってある程度決めていく傾向がうかがえる。恋愛と結婚が別だとは考えずに、むしろ一体だと良いとは思っているけれども、結婚に踏み出したいかと言われると、独身のままでいるのが楽しい。そこで、みんながどうするかとりあえず様子を見る。そういう時代だったといえるでしょう。
それが大きく転換したのは、平成になって、とりわけ21世紀に入ってから、不況の影響で……就職氷河期の影響も大きいと思いますけれども、「なんとか良い相手を見つけるということが勝利」だと言われるようになってからだと思います。
ですから、この30年の中では様々な連続性がある一方で、きわめて大きく変化してきた部分もあるのだろうと考えています。
プロフィール
政治学者。1988年奈良県生まれ。2015年より東京大学先端科学技術研究センター助教。専門は日本政治外交史。著書に『鈴木茂三郎 1893-1970』(藤原書店)、『60年代のリアル』(ミネルヴァ書房)、共編著に『政権交代を超えて 政治改革の20年』(岩波書店)、共著に『天皇の近代 明治150年・平成30年』(千倉書房)など。