「止まっている鳥を撃ってはいけない」
――小中学生にビーンボールを指示するなどもってのほかですが、もっとレベルが上がっていくと、いわゆる「戦術」と「ラフプレイ」との線引きが微妙になってくるケースがあると思います。そのあたりはどうお考えですか。
スポーツで全てのプレイを規則で決めることは不可能です。したがって、あらゆる競技でグレーゾーンがあるはずです。僕は、ルールの解釈はつとめてクリーンであろうとするのがスポーツマンシップのあるべき姿だと思います。でも、果てしなく黒に近いプレイを教える人が多いですよね。「(ラフプレイを)審判に見えない角度でやれ」と指示する指導者もいるようですが、そんなことを覚える時間があるなら、自分自身の技術を真っ当な方法で磨けばいいんです。
これも本の中で佐山さんが紹介されていますが、スポーツとしてのハンティング(狩り)では「止まっている鳥を撃ってはいけない」というエピソードがあるそうです。自由に動ける状態の鳥を撃ってこそ、勝負が成立する。つまり「相手より有利な立場に、自分の身を置かない」というのが本来のフェアプレイであり、スポーツマンシップなんです。こうした価値観を実践するのは決して簡単ではありませんが、だからこそ、アマチュアスポーツのコーチは日々の言動を通して若い選手にスポーツマンシップの大切さを伝えないといけないんです。
――「相手がケガをしたらこっちが得だろう」などと選手に指示する指導者は論外ですね。
そういう人はスポーツに携わってはいけないと、強く思います。
――2年後に東京オリンピックを開催する国で、まさに「スポーツの品格」が問われる事件が発覚してしまったわけですが、あらためて、失われた信用を取り戻すためには何が必要だと思われますか。
僕は野球をはじめ、さまざまな競技団体の理念や憲章を調べたことがあります。実は、ほとんどの団体で「選手の健康を維持・増進し、スポーツ障害から守る」「育成や涵養」「フェアプレイ、スポーツマンシップの精神を教える」など、立派な文章が並んでいるんです。でも、現場で理念に反する指導が行われた時に、それを正すメカニズムを持つ団体はきわめて稀です。理念は神棚に置かれているだけなんです。
だから、スポーツ界はこれからどうしたらいいのか?と問われたら、答えは簡単なんです。理念や憲章に書いてあることを、言葉通りに忠実に実行すればいいのです。このシンプルな課題は、どうしたら実現するのか。僕は、この簡単そうで難しい課題の解決方法について、勉強を続けたいと考えています。そして、これからも自分の意見をいろいろな方法で発信しながら、考え方を同じくする同志を増やしていきたいと思っています。
スポーツに携わる以上は、誰でも勝ちたいと思うはず。でも、勝利と育成を天秤にかけて、場面に応じて決断を下すのがコーチの役割です。そんな、答えのない問いに悩む抜くのが仕事であるということに、あらゆる競技のコーチが気づいてほしいと思っています。
プロフィール
1968年生まれ。PL学園高校で甲子園通算20勝。86年、読売ジャイアンツ入団。2007年、ピッツバーグ・パイレーツ入団。08年、現役引退。プロ通算173勝。2010年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。現在は東京大学大学院総合文化研究科で特任研究員として研究を続