著者インタビュー

現代にも生きている「縄文の思想」【後編】

『縄文の思想』著者・瀬川拓郎先生インタビュー
瀬川拓郎

——ところで、先生は『縄文の思想』の中で一つの注意を喚起されています。アイヌと海民と縄文人、あるいは本州の人間たちの関係性を考えるにあたって、たとえば日本の古代神話にアイヌの神話のルーツがあるとしても、そこから直ちに「日本文化がアイヌ文化の土台にある」と言うのは早計である。他方で、縄文人を海の民やアイヌの完全なルーツとみなすのも危ない、ということですが、もう少し詳しく伺えますか。

瀬川 たとえば『アイヌ学入門』(講談社現代新書)で述べたように、アイヌの独自の文化と言われているものを実際に調べていくと、本州だとか北東アジアとの影響関係というのがどうしても炙り出されます。

このように、文化の成り立ちには実は重層性があって、シンプルな生活をしている海民や、アイヌの人たちを論じる時にも、そこには歴史の重層性があるんだということを常に踏まえておかないと、過度に単純化した議論になってしまうのかな、という気がするんです。

——すべてを何か単一のものに帰着させる発想のもとでは、たとえば「アイヌの文化というのは、すべて日本の古代文化を下敷きにしていて、そこから輸入しているものなのだから、何ひとつオリジナルなものは無い」というような極論が生まれてしまう可能性があるのですね。

瀬川 逆に、ある文化について「これは完全にオリジナルなものであり、外界からは少しも影響を受けていない」と言い切ってしまうのも極端です。あらゆる文化は相互の影響関係のもとで生まれているわけで、そこに価値の優劣を求めるのは危ないかな、と思います。

ただ、実はそれぞれの文化には「コア」みたいなものがあるということが、調べているうちにわかってきました。もともとは、僕はそういう考え方は持っていなかったんですけれどもね。

たとえば、アイヌの文化にもやっぱり核というか、コアがある。倭人の文化の影響にさらされて、それを部分的に取り入れることはあるんですが、全面的には取り入れない。選択的に受容するわけですね。そして、決して同化しようとはしないんです。

じゃあ、どうして交わろうとしないのだろうか。そこには、アイヌの人々が大切に守り続けてきた文化の核があり、ひょっとするとそれは縄文文化の核に近いものなんじゃないかなと思ったんですよね。

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プロフィール

瀬川拓郎

1958年生まれ。北海道札幌市出身。考古学者・アイヌ研究者。岡山大学法文学部史学科卒業。2006年、「擦文文化からアイヌ文化における交易適応の研究」で総合研究大学院大学より博士(文学)を取得。旭川市博物館館長を経て、2018年4月より札幌大学教授。主な著書に、第3回古代歴史文化賞を受賞した『アイヌ学入門』(講談社現代新書)をはじめ、『アイヌの歴史』『アイヌの世界』(ともに講談社選書メチエ)、『アイヌと縄文』(ちくま新書)など。

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