著者インタビュー

現代にも生きている「縄文の思想」【後編】

『縄文の思想』著者・瀬川拓郎先生インタビュー
瀬川拓郎

——最後に、この『縄文の思想』というタイトルに籠められた想いについて伺えますか。

瀬川 僕自身は「思想」という言葉は、それこそ哲学者の思想だとか、現代思想といったような「文字で書かれた体系的な知」という風には限定してとらえていません。

自分の言葉をうまく言葉にできなかったり、文字にできなかったりする普通のおじさん、おばさんたちが、「よりよく生きていきたい」と思って自らを律するために持っている人生観というか、生き方みたいなものも「思想」と呼んでいいだろうと思っています。

それこそ、さきほど触れた徳島県の海辺の人達だとか、そういう「ごく普通の」人たちが生きる上で大切にしている何気ない発想やスタイルこそが、思想なんだと言っても良いんじゃないかなと思うんです。

いや、むしろそういう人たちの、つまりうまく文字にできない普通のおじさん、おばさんたちの言葉を拾い上げないと、そういう生き方をすくい上げていかないと、僕たちも根本的には変わっていけないと思うんですよね。

——「思想」というと、どうしても壮大な思考の体系をイメージしていました。普通の人の生き方、ライフスタイルのようなものも思想と呼んでいい。とするならば、この本は今もどこかに部分的に残っている、「縄文人の生き方」に迫れる本なのだ、ということになりますね。

瀬川 その通りです。たとえば「贈与」の問題なんて、アイヌだって海民だって盛んにやっていたことですが、現代思想の一大テーマになっているじゃないですか。

だけど、それを実際に運用している人たちって、かつてのアイヌだとか、海辺の寒村の人たちであって、そもそも贈与なんて言葉は知らないし、現代思想のように入り組んだ体系知を持っていない人々じゃないですか。

やっぱり、そうした世界に入っていかないと、そしてそれを「思想」と呼ばなければダメなんじゃないのかなと思うんですよね。そうした世界を知ることによって、現代に生きる僕たちもヒントをもらえることもあるし、自分たちの社会を反省的に見ることができるようになったり、あるいはより良い生き方について思いを巡らせるヒントになるんじゃないかと思っています。

——ありがとうございました。

 

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プロフィール

瀬川拓郎

1958年生まれ。北海道札幌市出身。考古学者・アイヌ研究者。岡山大学法文学部史学科卒業。2006年、「擦文文化からアイヌ文化における交易適応の研究」で総合研究大学院大学より博士(文学)を取得。旭川市博物館館長を経て、2018年4月より札幌大学教授。主な著書に、第3回古代歴史文化賞を受賞した『アイヌ学入門』(講談社現代新書)をはじめ、『アイヌの歴史』『アイヌの世界』(ともに講談社選書メチエ)、『アイヌと縄文』(ちくま新書)など。

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