10代・20代を中心に人気を博しているお笑いコンビ、ラランドのニシダが初の小説集『不器用で』(KADOKAWA)を発表した。
彼は年刊100冊以上の本を読破する「読書芸人」としても知られ、小説やエッセイ、ノンフィクションにコメントを寄せることも多く、「アメトーーク!」や自身のYouTubeなどでの書籍紹介は評判を呼んでいる。
その一方で、「ネタを書かない」「大学を2回退学して3回留年」「両親とはラインをブロックするほど仲が悪いのに携帯料金だけ払ってもらっている」「家の家賃を同棲中の恋人にすべて払ってもらっている」「ファンとすぐにラインを交換する」……などのエピソードをラジオやYouTubeで開陳し、いわゆる「クズ芸人」としても有名である。
そんなニシダが書き記したのは、クラスメートの遺影を作るいじめに加担させられた中学生(「遺影」)、生物部でシラスを選別する高校生(「アクアリウム」)、男性用サウナで清掃のアルバイトをする女子大学生(「焼け石」)、虫歯を直さないことでセルフネグレクトをしている会社員(「テトロドキシン」)、12歳下の恋人を持つ大学の准教授(「濡れ鼠」)といった、年齢も性別も違う不器用な人間を主人公に据えた5編の短編小説。
なぜ、ニシダは小説を書き始めたのか。彼が考える、現代社会における不器用とはなにか。そして、本人がまったく書けないという「ネタ」と自分の素に近いと語る「小説」の違いとは。聞き手は若者文化について執筆を行う、ライターの佐々木チワワ。
小説のきっかけは自分が「ひっかかった」ことから
―なぜ小説を書くことになったのでしょうか。
2021年の年末に「アメトーーク!」の「読書芸人」回に出演したんですけど、それがきっかけで「ニシダって結構本読むんだ」といろんな方々に知っていただいたんですね。
そのタイミングで、KADOKAWAさんから「小説を書きませんか?」というお話をいただいて、短編を書くことになったんです。
そのあと、なにを書くかをいろいろ考えているうちに、漁師の方がイカを開いたら中から髪の毛が出てきたという震災後のニュースを思い出して。そのことを基に広げていったら、生物部の高校生が魚の解剖をしていたら人間の指が出てくるという設定の「アクアリウム」という短編が出来上がりました。
それで、定期的に短編小説の依頼をもらうようになったんですけど、その過程で「それぞれ年齢も性別も違う主人公にしよう」というなんとなくの企みがあって、結果的に『不器用で』ができました。
―「アクアリウム」もそうですが、男性用サウナで働く女性を描いた「焼け石」など、ニシダさんの小説はご自身のバックグラウンドとは明らかに離れたキャラクターや設定を引っ張ってきますよね。個人的には、「遺影」で「あいつは貧乏だ」というだけで、1人の女の子がいじめのターゲットになっていく、という過程は妙にリアリティがありました。
ありがとうございます。「遺影」は小学生の頃に貧乏を理由にいじめられている人がいて、当時は「こんな理不尽なことねぇな」って思ってたんですが、今になって振り返ると「いじめる人といじめられる人の間にはそこまで経済的な差はなかったはずなのに、そこにはなんの差があったんだろう」って考え始めたのがきっかけですね。だから、自分が少しひっかかったことから、小説を書くことが多いのかもしれません。
―「遺影」は主人公も自分の家庭環境や経済的な状況を気にする描写あったりと、他の小説にもいわゆる「生まれ育ち」についての言及が多いですよね。
中学生くらいから「なんで生まれたんだろう」、「もっと違う親だったらな」とか考えるようになって。たぶんそう思う人は、自分だけじゃないと思うんですけど。それが、高校、大学を出てからいろんな人に会うなかで、ほんとうに「育ち」が違う人がいることを知って。幼稚舎から慶應だった人とか、慶應ニューヨーク出身の人とか、もう住む世界が違う笑。仲良くなれないわけじゃないけど何かが違う、という違和感はずっと持っているかもしれないです。
他の作家にないアドバンテージ
―『不器用で』に収録された5作の登場人物の造形はどのように掘り下げていったのでしょうか。
自分の中にあることはあんまり面白くないと思っているので、基本人にめちゃくちゃ話を聞きにいきますね。やっぱり、外の観察から見つけたほうが面白いはずなので。生活環境の描写とかも、友達の家に勝手に行ってみて観察したりしながら膨らませていきました。
あと、僕はLINEをファンの人に公開していて、だいたい3000人の方と繋がっているんです。だからいつでも聞きたいとき話を聞けるのは、めちゃくちゃ便利ですね。『不器用で』に収録しなかった小説で、性病のことについて書いた作品があるんです。でも、性病になったことなかったので、普段のやりとりから「こいつなってそうだな」ってやつに連絡したら、いろんな話が聞けた……ということもありましたね。
―それは他の作家さんにはないアドバンテージですね。
一応聞き終わったら、スタバのカードくらいは贈るようにはしてますけど(笑)。
ちなみに、「遺影」も団地に住んでる人に話を聞いたので団地の描写を細かく書いたんですけど、団地で暮らしている若い読者から「おばさんが共用部分の花壇からお花を盗むシーンを読んだときに、『団地で共用部分の何かが無くなることはよくあること』ということを初めて知ったときに、本当にショックを受けた体験を思い出した」という感想をくれて。創作で書いたから「よくあること」として意識していなかったので、そこに着目をしてもらえたのはよかったですね。
現代における「不器用」とは
―今回の短編集のタイトルは『不器用で』ですが、小説の登場人物たちは一般的に「不器用」といわれそうな人たちばかりですよね。ニシダさんの考える不器用さとはどういうものなんでしょう。
(長考)……「こうしたらいい」ということがわかっているのに、できないのが「不器用さ」なのかなと。正解がわかっているのに、正解できないというか……正解が全く頭にないのとはまた違いますし。あと、SNSとかで器用な人を見ると、自分を不器用だと思ってしまうのかしれないですね。比較対象が死ぬほどある環境だからこそ際立ってしまうというか。
―SNSに載ってるものを見ていると全部成功していたり、器用な生き方ばかりに見えるからこそ、「わかっているのにできない」と思ってしまうのかもしれないですね……
でも、SNSにあるものって本心みたいな顔してるけど、みんな嘘っすもんね。
―たしかに。「爆笑」とか文字で打ってる時って絶対真顔じゃないですか。
ほんとそうなんだよな (爆笑)。
器用なひとも、器用に見せているだけ
―そのようななかで器用に生きるためにはどうしたらいいと思いますか。
器用に生きるためになにが必要なのか……うわ、何でしょうね。何だと思います?
―『不器用で』を読んでいて気になったことなんです。
でも、器用に生きようとしたら絶対辛いんでしょうね。木村拓哉さんとか、全部成功してる感じだけど、つらいことも多そうじゃないですか(笑)。だから、あんまり器用に生きなくてもいいんじゃないかなっていう気はしますね。器用な人も、ブランディングというか、器用に見せているだけじゃないんですかね。
—それこそ本作に収録されている短編「焼け石」に登場する主人公の彼氏の男子大学生は、器用に見せるのが上手い人物です。でも、彼女にわざわざ「後輩の女の子から就活の相談が来た」って言うシーンがあったりと、器用そうなキャラクターほど嫌なやつっぽく描かれていますよね。しかも、どこにでも居そうな嫌さで。
正直、あのキャラクターはめっちゃ上手に描けました。ああいうやつって何かちょっとうまくいくんですよね。イラッとするけど器用。あのキャラクターは自分が仕事をしていく中や、学生時代の人間関係の中で嫌だった奴をミキサーで混ぜて煮詰めて抽出した感じです。でも、嫌な人って不器用な人間からすると羨ましい部分も多いんですよね。
「クズキャラ」は怒られないから得?
―素直に羨ましい、って言えないのもまた不器用さなのかもしれないですね。「他人からの見え方」の話で言うと、ニシダさんがこの小説書いて、ご自身のパーソナリティと重ねられた感想みたいなのってもらうことってありますか。
「テトロドトキシン」に出てくる虫歯を治療しないでマッチングアプリやってる主人公とかは、「ニシダっぽいな」って言われますけど(笑)。執筆自体は自分の考えから始まっているので、自分と重ねられることは、そんなに嫌じゃないですけど、『不器用で』に入っている作品には自分自身の話は書いてないですね。逆に自分の話を書くときは、自分の話として読んでもらいたいので、もっとわかりやすくやってやるからな!と思います。
—ニシダさんは望んでか望まれずか、メディアで「クズキャラ」みたいなポジションになったのはどう思っているのかなと気になったのですが。
芸人ってもうみんな基本的にはクズだと思いますし、人って本質的にはクズだとは思うんですけど(笑)。
でも、クズが多い中であえて自分からクズなことを言うとか、いじられて面白い場面を作るっていうのは、芸人のサービス精神としてあった方がいいと思うので、不本意とかはないです。クズキャラみたいになったことでハードルが下がり切ったので、なにしても怒られないですし(笑)。それはラッキーでしたね、
あと、「読書芸人」というイメージとクズキャラの食い合わせが意外と悪くないんですよ。クズでもいっぱい読書してるのはリアリティはあるし、居心地は悪くない。
―「人って基本的にはクズじゃないですか」ってところに色々凝縮されているのかなという気がしていて。例えばAマッソさんのYouTubeで、(相方の)サーヤさんがニシダさんのマネをする企画で「(小説の打ち合わせで提案するのは)大体暗い話」というシーンがありました。
ありましたね(笑)。
―やはり、ニシダさんは小説を書くときはやっぱりそういう少し嫌なやつとか、クズっぽい要素のある人間を描写する方に寄ってしまうのでしょうか。
個人的に僕は明るいエンタメをあまり楽しめてこなかったので、小説は少し暗い作品の方が好きというのはあるのですが、わりと昔から「人間はみんなクズ」って価値観はあって。
人って「自分がされたら嫌なことは人にしない」という感覚が基本にあるじゃないですか。でも、クズな人は多分あんまり人にされたら嫌なことがないから、「じゃあ人になにしてもいいや」という考えになっちゃうからクズとして認識されてると思うんですけど(笑)。逆にクズじゃない人は嫌なことを人にしない分、嫌なことされたらブチギレますよね。
クズな人は許容範囲は広いから、「優しい人」でもあるんです。そういう意味では、クズかクズじゃないかは、許容できるもののバランスなだけで、クズほど優しくも見えるし、ちゃんとしている人ほど嫌なやつにも見えるのかもしれないですね。
―たしかに……「濡れ鼠」の主人公の大学准教授とか、一見まともだけど、恋人がバーの夜勤から帰るのが遅くなっただけでバーまで走っていってしまう。一見感動的ですけど、よくよく考えたらやばいやつですよね。優しさがクズさに転換しちゃう感じというか。
やばいですよね(笑)。 クズは他人を許容できてしまうからこそ、普通のひとの基準からは迷惑なこともしてしまう仕方なさがあるんですよね。
小説は書けるのに、ネタは書けない理由
―ピースの又吉直樹さんをはじめとして、芸人の方が小説を書くのが割と一般的になってきましたが、ニシダさんのようにネタを書かない方が小説を書くことは珍しいと思います。ネタと小説は同じ「書く」作業ですが、まったく違うものなのでしょうか。
違いますね。小説は書けても、ネタは書けないです。お笑いのネタって人が集まっているところで、その場で笑いが起きるかどうかだけが正解。だからその目標にしか着眼点がないのがお笑いの特殊なところで、それが僕はあんまり上手じゃないんです。
あと、大喜利が弱いので(笑)。大喜利強くないとネタって書けないんですよ。最小の文字数で面白いことをして、お客さんを笑わせるのがネタなので、僕はそれができない。逆にサーヤさんとか、同世代のネタを書く芸人は大喜利が強い人が多い気がします。小説は笑わせなくていいから書けるんです。
あと、テレビとかラジオとかYouTubeとかの「生もの」のお笑いは、勢いでいっちゃえ!とか、思いついてまとまり切る前に口にしちゃうんですけど、小説は締め切りまでは何度も書き直せるから、お笑いと小説はまったく違うなと思いましたね。
―それこそ、お笑いの仕事をしたあとに、小説を書くのは切り替えるのって難しそうですね。
めっちゃ難しいです。基本執筆するのは仕事終わりが多いので、時間を決めて深夜に作業してましたけど、切り替えがもう大変で。逆に小説を書いてからラジオに行くと、なに喋ってもつまらない気がしてしまったり。小説って自己否定の世界というか、書いてて面白くないものを直す作業なので。お笑いの肯定する感じと合ってない気がして。
唯一、ラジオを収録してから小説を書くのは意外と苦じゃないんですよね。それはラジオは自分がそこまで明るいエンタメ感覚でやってないからかもしれません。
―お話を聞いていると、お笑いより小説の方がニシダさんの地の部分には合っているような気がしてしまったのですが……
たしかに平常時の自分に近いのは小説なのかもしれないんですけど、大学時代にお笑いを始めて気がついたのが、仲間内でウケててもてはやされてる明るい人気者はお笑いをやらないということなんです。もともと明るいタイプではない自分は、お笑いというジャンルのなかにいるからこそ、明るい人と同じように人前でたくさん話したり、ちゃんとツッコミを入れることができている。
だから、お笑いって、ウケをとることで理想の自分になれる行為なんです。そういう意味で、お笑いは好きでやっているんですよね。
—なりたい自分になるからお笑いはやって、素の自分の発信として小説はやっていくと。ちなみに、執筆した経験自体が、ラランドとしての活動に影響を与えたことって何かありましたか。
うわ、1つもないかもな。こういうときあるって言いたいんですけどね。小説が活きることってあんのかな……
—1つも……では、小説家としてのこれからの目標は?
エッセイを書いたりとか、ドラマの脚本もやってみたいなとかもあるんですけど、やっぱり書いているからには褒められてえなって思います(笑)。今回は千原ジュニアさんや、太田光さんにも褒めていただいて、自分の創作物で何か褒められることがあまりなかったので嬉しかったですね。だから、今後長く書き続けて褒められたいです。
(取材・構成:佐々木チワワ 撮影:内藤サトル)
プロフィール
1994年7月24日生まれ、山口県宇部市出身。
2014年、サーヤとともにお笑いコンビ「ラランド」を結成。『不器用で』(KADOKAWA)が初の著書。