投資や為替、日銀の動向に注目が集まる昨今。さまざまな投資や日本経済の入門書が刊行されている。そのようななか「日本国債」に着目し、経済の基本を解説したのが、経済学者の服部孝洋氏による2025年1月に刊行された『はじめての日本国債』(集英社新書)である。本対談では一般の読者に経済的な知識を届けるにはどうしたらいいのかを、2024年の大ヒット作『転換の時代を生き抜く投資の教科書』(日経BP、以下『投資の教科書』)の著者であり、SNSや動画メディアでも精力的に経済解説をおこなっている後藤達也氏と考える。
『投資の教科書』はなぜ「株式」をメインにしたのか
服部 後藤さんとお話するのは初めてなんですよね。本日はありがとうございます。
後藤 服部先生とは同世代なんですよね。さっそくですが、2023年に出された『日本国債入門』(金融財政事情研究会)と、今回リリースされた新書『はじめての日本国債』のすみ分けやコンセプトの違いはどのようなものでしょうか。
服部 『日本国債入門』は、金融機関の実務家に読んでもらうイメージで書いたんですよね。この本は半年くらいで1万部ぐらい売れて、想像以上に多くの人に読んでもらえました。この数年間、金利についての話題が増えており、国債や金利の知識にニーズがあったのだと思います。一方、今回リリースした『はじめての日本国債』は新書なので、完全に一般向けに日本国債を説明しました。前提知識が全くなくてもわかるよう、できるだけわかりやすく書きました。
後藤さんの『投資の教科書』も参考にさせていただきました。後藤さんの書籍は、「株式の教科書」という印象をうけました。今、投資といえば、株式投資というイメージでしょうか。
後藤 例えばNISAなどで初めて投資をしますという人は、最初は株とか投資信託であり、株のインデックスが大半ですよね。投資をする際にも、株・為替・債券がありますが、その中でも、債券は一番敷居が高いというか、生活に一番遠いものでもあったりするわけですよね。どれももちろん投資ですし、体に余裕がいくらでもあればいろんなことを書きたいんですけれども、今一番求められているという観点で言うと、やや株に寄ったというところでしょうか。
日銀と金利に注目が集まる理由
服部 『投資の教科書』のもう一つの特徴は、金融政策について紙面を割いて説明している点もありますよね。
後藤 日銀に対する関心は、ここ数年で上がったと思います。特に、ものすごい円安になり、その大きな一因が日銀でもある。日銀の会合があるたびに株とか為替が動いたりするので、日銀自体にもともとそんなに興味がなくても、株や(私は必ずしも推奨しませんが)FXをやっている人などからすると、すごく大きなイベントになってきます。難しそうだけれども、自分のやっている投資に関わると学ぶ意欲が飛躍的に上がると思うんです。
もちろん、金融政策そのものの変化をいえば、例えば2013年、14年あたりの黒田体制初期の頃のほうが大きかったかもしれませんが、NISAが始まった今と比べると投資をやっている人の数が少なかったともいえます。金融政策に興味のある人の母集団は今のほうが多分多く、国民全体からみて、ひょっとしたら日銀に対する関心は史上最も高いのかもしれないです。
服部 金利についての関心も飛躍的に上がったと思います。金利が動き、為替が動くと、株にも影響を与えるし、円安になると、輸入品のiPhoneが高くなるなど、生活に直結していきます。
後藤 そこは大きいでしょうね。特に2022年や2023年あたりは、国際的にも、金利の動きは激しいものでした。従来だったらアメリカの金融政策に興味のある人は少なかったと思います。だんだんアメリカの金利が大きく動き始めて、アメリカの金融政策をちゃんと見とかなければいけないなというのが一般個人にも浸透してきた感じだったんですね。
当時、10年債がちゃんと落札されるのかみたいな文脈で、アメリカの国債入札が注目されていた時期がありました。でも、そもそも入札ってなんですかとなるじゃないですか。私はそのときマグロの競りで例えていたのですが、かなり反応があったんです。通常の株のツイートよりも、桁が1個違うぐらいインプレッションがあった気がするのですが、そういうことなんだなと思いました。
これが逆に、例えば世の中が落ち着いているときに、皆さん興味ないかもしれないけど、実はアメリカの国債に入札というものがあって、これをマグロの競りに例えてご説明しますねといっても、多分、全然伸びないですよね。わかりやすく正確に例えられたとしても興味ないので要りませんとなってしまう。しかし、難しいけど知らなきゃいけないとなると急に関心が高くなるんだと思うんです。例えばコロナでも、コロナウイルスとかワクチンとは何なのか、今まで知らなかったけど急に知りたくなる専門知識が、SNSなどで爆発的に増えるというのは、アメリカの国債でも感じました。伝える側としてタイミングはすごく大事だなと思います。
債券と金利のわかりにくさ
服部 金利について関心が上がってきたとはいえ、本屋に行くと、株のコーナーが圧倒的に大きいですよね。金利については一定のコーナーがあることもありますが、債券や国債になるとないことがほとんどです。
私自身は、国債や金利についてわかりやすい書籍が少ないと感じていました。私は金融機関や政府での経験もあり、かつ、現在、大学で学生に教える立場なので、かなり幅広いオーディエンスに金利や国債について説明してきましたが、『はじめての日本国債』はその経験を本にしたというものでもあります。例えば、役人からみても、証券会社が出す債券や金利のレポートは前提とする知識が多すぎてわかりにくいという声をこれまで聞いてきました。
後藤 今回の書籍は、日本国債が中心になるんですか、それとも、海外債券も含むものですか。
服部 海外の債券について書きたい気持ちもあったのですが、今回は日本国債に絞りました。日本国債の研究者として、もっと日本国債の基礎を普及したいということもあるし、米国債も含めると、日本国債の内容が薄くなってしまいますよね。僕らにとって銀行預金や保険は身近ですが、銀行や保険会社も実は国債を購入しています。金融システム全体を知る上でも日本国債を知る価値は高いと思います。
あと、日本の財政再建の議論は、財政再建派と積極派でものすごく熱くなるテーマですよね。私はその議論で重要な日本国債というプロダクトについて、そのどちらの人にとっても必要な知識、例えば、財務省は実際にどのように発行計画を立てているかや、投資家はどういうインセンティブで国債を買っているかなどを明らかにすることが建設的な議論につながるんじゃないかと思っています。
後藤 現実の整理であって、双方、材料に使ってくださいっていうことですね。新書ではテキスト中心に記載されたのですか。
「金融」をどう面白く伝えるか
服部 『はじめての日本国債』ではかなり図表を入れるなどの工夫をしました。ただ、やはり金融について書くのは難しいですね。講義では、学生の顔をみて、濃淡つけられるのですが。
後藤 講義だとこの内容はもう飛ばそうみたいなこともできますよね。
服部 はい。あと、書籍がこれだけある中で、飽きさせずに読んでもらうというのは、やっぱりすごく難しいので、各章だけ読んでもある程度理解できるようにしたり、前半に債券や金利の基礎を集中して記載し、最初の2章くらいだけでも読者が得られるものがあるよう工夫しました。
あと、先ほど日銀への注目が高まっているという話がありましたが、日銀の行動は、関心が高いことから3章分使って書きました。日銀の決定会合はどういうものかや、日銀は国債を実際にどのように買っているか、利上げ確率の考え方などです。最後は最近の話題をカバーするため、利上げの話や量的引き締め(QT)の話で終わるという構成にしています。個人にとっては個人向け国債が身近な商品になりますが、個人向け国債の良い導入にもなるとおもいます。
日本国債がわかると、米国債など海外の債券が分かるというメリットもあると思います。イールドカーブの理屈の部分は同じだし、先ほどお話のあった入札方法についても類似性は高いです。個人的には、日本国債の本として向こう10年間くらい読まれる書籍にしたいという思いで書きました。
後藤 これからじわりじわりと債券を学びたいというニーズは増えてくると思います。金利が上がりそうだからということもあるんですけれども、起点はNISAとか株とか為替だったかもしれませんが、それを取り巻く色々なニュースでも関心のアンテナが伸びる人は増えていると思うんですよ。だんだんそういうのを学んでるうちに、株で儲けるために学ぼうではなくて、ニュースをつなげること自体が楽しくなってくるような知的好奇心が出てくると思うんですよね。であれば、日銀のことを何となく物価が上がってるから利上げしなきゃいけないけど、でも、利上げしたら、景気が悪くなって大変だよね、くらいなところまでは理解できている。しかし、国債はわかんないんだよなと。でも、何かわかりやすいのがあったら知りたいというニーズは結構広がってくると思うんですよね。いい意味で経済に関する国民の知的好奇心が今までにないような高まり方を見せ始めているので、そこにはまるような教材があるといいですよね。株式に比べ、国債は専門知識もあって、きちんと説明できる人って、かなり少ないので、その意味では貴重ですね。
取材・構成:日野秀規 撮影:内藤サトル
(後編は1/22水曜日公開予定です)
プロフィール
服部孝洋(はっとり たかひろ) 経済学者。東京大学公共政策大学院特任准教授。2008年野村証券入社、2016年財務省財務総合政策研究所を経て、現職。著書に『日本国債入門』(金融財政事情研究会)、共著に『国際金融』(日本評論社)。SNSやホームページでも、一般の読者に向けての情報発信を積極的に行っている。
後藤達也(ごとう たつや) 経済ジャーナリスト。1980年生まれ。2022年に日本経済新聞社の記者をやめ、独立。SNSを軸に活動中。経済ニュースを「わかりやすく、おもしろく」をモットーに、経済や投資になじみのない人を念頭に、偏りのない情報の発信を目指している。著書に『転換の時代を生き抜く投資の教科書』(日経BP)など。